狩人の置手紙
「……で、わたしが、今ここにいる」
「そう、だったんですね……」
口では淡々と語っているが、ロズ……いや、ラズさんの表情は暗く、しっぽも耳も垂れ下がっていた。病気の治療と称して騙され、大切な人を失って。記憶を取り戻したことによって、それらすべての悲しみ、苦しみに一斉に襲い掛かられているんだろう。
「さて、狼よ。無事に記憶を取り戻したわけだが、貴様はこれからどうする?」
カティさんがそう問いかけると、「わたしは……」とだけ言い、うつむいてしまった。
部屋に沈黙が訪れる。何かしゃべろうにも、何を言うべきか全くわからない。カティさんは、ラズさんの返事を待ち続けている。
と、そこで、ラズさんが突然立ち上がった。
「……ラズさん?」
私の声に返答せず、もくもくと部屋の中のものをかき集める。外套、弓、矢、罠……姉と慕っていたアリアさんが昔使っていたであろう、狩人の道具を続々と床に並べていく。
「アリア姉さんも、あの子も……ロズも、まだ、ここにいる」
「……え?」
ラズさんは、道具を並べる手を止めずに、口を動かす。
「二人とも、まだ、ここにいるの。そう、感じる。だから、わたしはまだ、進む」
「決心は固いんだな」
「うん」
カティさんの問いかけに対して、一瞬だけ手を止め、まっすぐ目を見つめながら、はっきりとそう答える。と、カティさんがチラッと私の方を見る。多分カティさんも、私と同じことを考えているだろう。小さく頷き返し、
「私も手伝います!」
「我も貴様に手を貸そう、狼よ」
二人でラズさんに宣言する。せっかくここまで一緒に来たんだ。使命のことがあろうとなかろうと、きっと私は同じ選択をするだろう。
「……ありがとう。でも、ここから先は、わたしだけで、行く」
しかし、ラズさんはその申し出を断った。
「何でですか!?」
「多分、ここから先は、すごく危険な目に合う、ことになる。だから、二人は、ここで、待ってて」
ラズさんはそう言って、再び道具を並べる作業に戻っていく。
「……貴様がそれを言うのか」
カティさんが口を開く。
「さっき貴様は言っただろう? アリアという者に置いて行かれて、寂しい思いをしたと。我らは今、それを感じている。狼よ、貴様にはその悲しみが理解できるだろう? 親しい者に置いて行かれる悲しみを」
「……それでも、わたしは、一人で行く」
カティさんはため息をつくと、近くのソファに座ってうつむく。私たちの同行を拒むときのラズさんの目は、自分の主張を曲げない、という決意に満ちていた。きっと何を言っても、ラズさんは私たちの同行を拒むだろう。
「……ラズさん」
………………
…………
……
ココもカティもすごく優しい人だ。アリア姉さんみたいに。
……だからこそ、二人を連れては行けない。記憶を取り戻した今ならはっきりと分かる。あの日に感じた、赤い狼の気配が、実験区画のほうから感じられる。そして、ロズとアリア姉さんの気配も、そこにある。
二人を助けるためには、そこへ向かわなければならない。でも、きっとあの狼と戦うことになる。あの日に見たように、あの狼は恐ろしく強い。正直、わたしだけじゃあ勝てる気がしない。でも、ロズとアリア姉さんを助けるためには、そこに行くしかない。
私の身勝手で、そんな危険な場所に、ココとカティを連れていくわけにはいかない……違う、わたしが連れて行きたくないんだ。失うのが怖いから。目の前から親しい人がいなくなっていくのがいやだから。
「……」
椅子にかかっていたコートを手に取る。確か、アリア姉さんが外に行くときに使うと言っていたものだ。微かに、アリア姉さんの優しい香りが残っている。なつかしさと同時に悲しみがこみ上げ、胸がきゅうっと締め付けらる感覚がする。思わずコートをギュッと抱きしめると、コートのポケットから折りたたまれた紙が落ちてきた。折りたたまれた紙を広げてみると、
『ラズ・ロズ テーブル下』
小さく、そう書いてあった。文字の感じからして、アリア姉さんが書いたもので間違いないだろう。
「テーブル、下……?」
部屋の中央に設置されているテーブルをずらし、下に敷いてある絨毯をどかすと、小さな床下収納があった。
「こんなの、あったんだ……」
開けてみると、木製で、飾りや装飾が一切ない、シンプルな小さな箱が一つだけ入っている。慎重に開いてみると、中には二つの小さな髪飾りと、一枚のメモが入っていた。
『ラズ・ロズへ
このメモが読まれているとき、おそらくあたしはその場にはいないだろう。多分今頃あたしは、研究施設にいる奴らをぶん殴っていると思う。なんてったって、お前ら二人を傷つけたやつらだからな。一発ぶん殴らなきゃ気が済まん。まずは顔面をぶん殴って……じゃなくて。
改めて、お前らは無事に外に出られたか? 多分あたしの知り合いがそこで待ってるはずだ。そいつの指示でうごけ。困ったことがあれば、そいつに聞け。あたしと同じで少しガサツなところもあるが、悪いようにはしないさ。してたらぶん殴る。
さて、研究施設とは違って、外の世界では、お前らは自由だ。好きなことをして、生きろ。
それに先立って、外での暮らしに関して、二つほど、言っておきたいことがある。
一つ目は、二人の名前だ。研究施設で勝手につけられた名前なんて、お前らもいやだろう? というわけで、あたしが二人の名前を考えておいた。
ラズの名前は『ラザリア・ウィルタ』、ロズの名前は『ロザリア・ウィルタ』だ。気に入らなかったら自分たちで名前を考えてくれ。家名に関してだが、二人とも、あたしの妹……家族みたいなもんだからな。あたしの家名をお前らにやるよ。そうしてくれた方があたしとしてもうれしい。
……なんか、らしくないこと書いちまったな。
さて、二つ目だが、必要ないかもしれないが、アドバイスだ。いっつも一人でいるあたしが言えたもんじゃないが、友達を作れ。
友達ってのは、生きるのに大切なもんだ。楽しいときも、嬉しいときも、感情を共有しあって、よりうれしくなる。つらいときも、悲しいときも、気持ちを分かち合って、すべてを一人で背負って押しつぶされることもなくなる。不安なときも、怖いときも、勇気を出し合って、前に進める。
もう一度言うぞ、友達ってのは、大切なもんなんだ。本当に信頼できるやつがいたら、そいつを信じて、ともに進め。そうすれば、きっとなんでもうまく行くさ。
箱の中の髪飾りは、あたしからの餞別だ。お前らに似合うと思って、用意しておいたんだ。大切に扱ってくれよな。
長い文章を書くと、読んでるうちに頭が痛くなってくるかもしれないから、これくらいにしておく。
それじゃあ、また会えるといいな。
ラザリア、ロザリアの姉 アリア・ウィルタ』
「アリア、おねえ、ちゃん……」
気が付くと、目から涙があふれていた。今まで抑え込んでいたものが、次々とあふれかえってくる。アリア姉さんからの手紙に涙が零れ落ち、シミを作っていく。
「うぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ん!!」
………………
…………
……
「ラズさん!?」
「どうした!?」
小さな箱の中のメモを読んだとたん、今までの態度からは想像もできないほどに感情を表に出し、泣き出してしまった彼女のもとへと駆け寄る。
「大丈夫ですか……はわっ!?」
優しく声をかけると、ラズさんは突然私に抱き着いてきた。小さい子供が親にするように、泣いて抱き着いてくるラズさん。
「わ゛たしが、もっど、じっがり、してればぁ゛……」
一向に泣き止む気配がないラズさんの頭を、ゆっくりと、優しくなでる。
「大丈夫、大丈夫ですよ……」
気の利いた言葉が見つからないが、ラズさんを助けたい一心で、頭をなで続ける。これ以上傷を広げないように、自分を責め続けないように、苦しみを分かち合うように。
ただ、ゆっくりと時間が過ぎていった。




