実験体と悪夢の生誕
過去編は今回で終了です。次回から再びものがたりが進み始めます。
広間全体が静まり返る。聞き耳を立てると、小さな声で「一体どうなったんだ」「実験は失敗したのか」などの声が聞こえてくる。
「モニターの映像を変えろ」
検診の人の声が響き、そばにいた職員が目の前の機械をいじると、モニターの映像が切り替わる。今度は、実験を行っている部屋の外から部屋の中を監視しているカメラの映像のようだ。そこには、二足歩行をする、赤黒い毛皮に身を包む大きな狼がたたずんでいた。
「結晶の力を引き出しても体が自壊していない……実験は成功だ! っははははは!」
部屋の一番奥、検診の人の声が部屋全体に響く。
「……中にいた職員はどうなった!?」
一人の職員がそう声を上げると、検診の人は笑うのをやめ、返答する。
「……さあ」
「……は?」
「さっきの爆音を聞いたでしょう。力の開放の余波で死んでしまったかもしれませんね」
検診の人は淡々とそう述べ、さらに続ける。
「嘘を信じさせるために必要なこと、それは、いかに相手に語り掛けるか、なのですよ。信用を得るためには、それ相応の話し方というものがあります。」
「服装、しぐさ、口調、声のトーン、感情、対応の仕方、ありとあらゆる面で、普段通り接する。それが話に信憑性を持たせるのに効果的です。焦りや緊張など、普段とは違う部分を見せてしまっては、話し相手は違和感を覚えてしまいます。ひとたび違和感を覚えてしまっては、話に信憑性を感じなくなってしまうでしょう」
「実験にあたり、彼には命の危険があることを伝えずに、結晶の力の開放する役目を果たしてもらいました。そのことに気を取られていては、信用に足る話し方ができなくなってしまいますからね」
ひとしきりしゃべった後、彼は再び笑い出す。
「誰かが犠牲になる実験だなんて聞いてなかったぞ!」
「そうだそうだっ、ふざけるな! なんであいつが犠牲になる必要があった!?」
検診の人の周囲にいた人たちが彼を非難する。それに対して、検診の人は冷めた目で見つめ返す。
「犠牲を必要とする実験である、という情報を伏せていた理由は、先ほども言った通り、人が犠牲になる実験だと知られてしまえば、この研究所全体が緊張状態になり、環境を変えてしまうことになります。そうなれば、信憑性のある話をすることができなくなってしまいますから。実験に彼を用いた理由ですが、とても単純です。彼は嘘をつくのがうまいと職員の間では評判でした。それに、彼はもともと業績があまりよくありませんでしたので、彼は今回の実験では大きな役割を果たしてもらうことにしました。これで彼の業績はうなぎ上りです」
ちらりとモニターを見て微笑を洩らしながら、続きを述べる。
「確かに、人の命が失われるのは悲しい出来事ですが、これは仕方のない出来事なのです。実験に犠牲はつきものですから。ですが、彼のおかげで、我々の実験は完成を迎えられました。彼も我々の実験の糧となれて喜んでいるでしょう」
そう語る検診の人の表情は、笑顔だった。その背後からは狂気が感じ取れる。
検診の人が話を終えると、部屋全体がブーイングの嵐に包まれた。『ふざけるな』『狂人が』『お前が犠牲になれ』、さまざまな言葉が、怒りが、憎しみが部屋を埋め尽くす。
「なあ、あれ……」
と、一人の職員がモニターを指さして言う。彼が指さすモニターの中では、赤黒い狼がカメラをまっすぐ見据えていた。と、次の瞬間、
『ウォォォォォォン!』
(ッ! あたま、いたい……)
狼が遠吠えを上げると同時に、急に猛烈な頭痛が襲い掛かってきた。痛みに頭を抑えながら、モニターの方を見ると、実験室の中が赤黒い煙で満たされ、中の様子が見えなくなっていた。
「あいつ、一体何をして……」
そこで、検診の人が、慌てる必要はありません、と呼びかけた。
「中で何が起きていても問題ありませんよ。あの部屋はあらゆる衝撃を吸収し、魔法を無効化する魔銅合金を利用していますから。いくら暴れようと、あの完成体が部屋から出ることは……」
『バギャッ』
悲鳴をあげ、実験室の扉がくの字に曲がる。それだけにとどまらず、繰り返し強い衝撃を受けた扉は真ん中で真っ二つに折れ、木の葉のように吹き飛ばされた。その映像を最後に、モニターが再び黒く塗り潰される。
「なっ、そんなはずは……まさかあの結晶はここまでの力を……なんと素晴らしい……」
検診の人はぶつぶつと一人でつぶやいている。
「……俺たち、このままじゃやばいんじゃないか……?」
部屋の中の誰かがそう口にする。部屋全体が一瞬静寂に包まれ、
「うぁぁぁぁぁぁっ!?」「逃げろぉぉぉぉ!」「おいっ、押すなよ!」
部屋の中はパニックに包まれた。検診の人を除いた職員全員が一斉にその場から逃げ出そうとする。部屋全体にこだまする恐怖の声。そんな中、
「ガァァァァァァッ!?」
他の絶叫とは違う声が響く。その方を見ると、ひとりの職員が床に倒れていた。胸を触手のようなものが貫いており、それは、職員から流れ出る血を吸い取っていた。
「ぐぁぁぁぁぁっ!」
「ギャァァァアァァッ!?」
倒れている職員に気付いたものは動きを止め、その瞬間を見計らってか、彼らは次々と触手に貫かれていく。苦痛の悲鳴は次々と増えてゆき、立っている職員は次第に減っていく。悲鳴が響くたびに、部屋に響く声が減っていく。
激しい頭痛でまともに思考ができず、凄惨な様子をただ見つめていると、急に体が浮かぶ感覚がした。
「おいっ、ラズ! 大丈夫か!? しっかりしろ!」
すぐ近くからアリアさんの声がする。どうやらわたしはアリアさんに抱きかかえられているようだ。返事をしようとするも、なぜか体がうまく動かせない。
「……クソッ」
アリアさんがそうつぶやくと、体が揺さぶられている感覚がしてくる。次第に耳に入る悲鳴も少なくなっていく。どうやらわたしはアリアさんに運ばれているらしい。すると、再び、
「ウォォォォォォン!」
今度はモニター越しではなく、直接その遠吠えが聞こえてきた。それと同時に、
「ッ!? がぁぁぁぁぁあぁぁあぁっ!?」
今までとはくらべものにならないほどの頭痛が襲い掛かってきた。じたばたともがき、必死に頭を抑えるが、当然頭痛が収まるはずもない。
「! おいっ、しっかりしろ! ラズ! おい、おいっ!」
アリアさんの声が次第に遠のいていき、視界が黒く覆われていく……
………………
…………
……
(……あれ、わたし、なにして……)
「……ラズ、ごめんな」
ぼんやりとした意識の中で、どこからか優しい声が聞こえてきた。
「なんとしてでも、あたしがロズを助けてくる」
「だから、ここでゆっくり休んで待っていてくれ」
ふわり、と頭をなでられた感覚がした。誰かが遠ざかっていく足音がする。
目を開こうとしても、少ししか開けず、視界がはっきりしない。ぼんやりとした視界の中、その場を去る誰かのシルエットだけが目に映る。
(……まって……)
体を動かそうとしても、意思に反してピクリとも動かない。
(おいて、いかないで……)
そう言葉にしようにも、口は動かない。
(アリア、姉さん……ロズ……)
視界が再び黒く閉ざされていく。
(さみ、しいよ……)
そして、再び意識を失った。
………………
…………
……
目が覚めると、わたしは見知らぬベッドに寝かされていた。体を起こしてあたりを見回すと、木造の部屋だった。ベッドも棚も、部屋中の家具はどれもボロボロだ。
「ここ、どこだろう……」
とりあえず、寝ていた部屋を後にして、外へと向かう。
外に出ると、そこは森の中。背後にはボロボロの木造小屋があった。
「わたし、どうして、こんなところに?」
いったん冷静になり、自分が何をしていたかを思い出そうとする。
「うーん、何も、思い出せない……」
しかし、何も思い出せない。
「そもそも……わたし、誰だっけ?」




