実験体と狩人
先週はなぜか投稿していないことになっていたので、今週は2話分投稿します。すみません。
「もしかして、お前らが職員が言ってたラズとロズか?」
部屋から出てきたのは、狼人族の女の人。ほかの職員の人とは違い、白衣も着ず、半そでのTシャツにズボンといった、とても研究所にいるとは思えない服装である。顔や腕には大小さまざまな傷跡があり、恐ろしさのある見た目をしていた。
「……違ったか?」
狩人の問に、何とか答えようとしても、口が震えて声が出ない。何とか首を縦に振り、肯定の意をあらわすと、
「そうか。まあ、とりあえず入れ」
そういって、狩人は再び部屋へと入っていく。
「お、お姉ちゃん……」
「だ、大丈夫、だよ、行こう」
後ろにロズをかばいながら、部屋の中へ入る。
「ようこそ、あたしの部屋へ。とりあえず、適当なところに座りな」
ど、どうしよう。とりあえず、どこかに座らないと……
「……あー、そこでいいのか?」
入口に近い、部屋の隅にロズと二人で座り、コクリと頷く。ここなら何かあってもすぐ逃げ出せる……はず。
「……ああ、そういうことか」
何かを理解した狩人の人が、そばにあったコートに袖を通し、フードを目深にかぶる。
「怖がらせちまったな、すまない」
そう言って、彼女はわたしたちに頭を下げた。
(悪い人では、なさそうだけど、やっぱり、怖い……)
後ろにいるロズも、わたしの服をしっかりとつかみながら、いつもならぴん、と立っている耳やしっぽを縮こまらせて、ぷるぷると震えている。
「とりあえず、自己紹介するか。あたしの名前は、アリア・ルーヴェルだ。呼び方はお前らに任せるよ。これからよろしく頼む」
………………
…………
……
最初にアリアさんと出会ったときは、怖そうな人だと見た目だけで判断して、常に警戒ばかりしていた。いつでもその場から逃げ出せるように、常に入口に近い位置に座り、彼女の動きを観察し続ける。でも、彼女はそんな警戒心むき出しのわたしたちに怒ったり、呆れたりすることはなかった。
「さて、今日はどうするか……ロズとラズは、何かしたいことはあるか?」
「「……」」
「……じゃあ、ちょっとした昔話でも聞かせようか」
一言も発さず、ただうなずいたり、首を横に振ったり。一向に心を開こうとしなかったわたしたちに、アリアさんは諦めずに、何度も話しかけてくれた。
………………
…………
……
アリアさんの部屋に通うこと数日、アリアさんの素顔にもだいぶ慣れ、今はフードなしのアリアさんと対面している。
普段なら、部屋に入ってすぐにアリアさんが話し始めるのだが、今日はいつもと様子が違う。真剣な表情で、部屋の隅に座るわたしたちに、まっすぐ視線を向けてきた。
「ロズ、ラズ、今日はお前らに見せたいものがあるんだ」
そう言ってアリアさんは、部屋のクローゼットの中から大きな箱を取り出し、わたしたちの前にそっと置いた。
「「……」」
「変なものは入ってないから、安心しろ……て言っても難しいだろうがな」
目の前に置かれた箱をじっくりと観察する。きれいなリボンでラッピングされた箱。怪しい音も聞こえないし、危険そうな匂いもない。
「……ラズ姉ぇ」
「……うん、大丈夫、だと思う」
目の前の箱に手を伸ばし、まかれているリボンを慎重にほどいていく。さりげなくアリアさんの様子を伺うと、なぜだかは分からないが、彼女も少し緊張しているようだ……と、アリアさんと目が合う。
「……ん? そんなに警戒すんなって。そこまで疑われちゃあ、さすがのあたしも悲しくなってくるな……」
そう言って、彼女は緊張の面持ちを隠すように、わざとらしく悲しそうな表情をして見せた。そんな彼女から視線を目の前の箱に戻す。リボンはすでにすべて解かれ、あとは蓋を開けるだけだ。
(……大丈夫。何が出てきても、ロズはわたしが守る)
恐る恐る蓋を外し、ロズと一緒に箱の中をのぞくと……
「ふぁぁぁ! なにこれ!?」
「すごい、可愛い……」
中に入っていたのは、二匹の赤毛の狼のぬいぐるみだった。小さくデフォルメされたそれは、ふわふわで触り心地がよく、何よりとても可愛かった。
「……よかった」
「「!?」」
アリアさんがいることを忘れて、ロズと二人で思い切り叫んでしまった。狼のぬいぐるみを抱きながら、慌てて二人で部屋の隅へと逃げる。
「ふふっ、すまなかった。あたしのことを警戒しているお前らに、この渡し方でよかったかな、とは思ったんだが、ただただ手渡しってのも味気ないと思ってな」
「……これは?」
「あたしからお前らへのプレゼントだ」
プレゼント……?
「この間、狩猟道具の整備に町へ出かけたときに見かけたやつなんだが、お前ら二人を見て、ふと思い出してな。物資の仕入れ担当の研究員に買ってきてもらったんだ」
「これ、私たちにくれるの?」
わたしの後ろに隠れていたロズが、ゆっくりと顔を出して、アリアさんに尋ねる。
「ああ、お前らに渡すために買ってもらったものだからな」
「ほんと!? やったー!」
わたしの後ろで、ぬいぐるみを抱きながら、嬉しそうにぴょんぴょん跳ね回るロズ。背後から、すごい勢いでしっぽが振られている気配がする。そんなロズの様子に安堵し、思わず笑みがこぼれた。
「あの……」
「ん? どうした、ラズ」
「……ありがと」
アリアさんからのプレゼントを抱きしめ、感謝の気持ちを述べると、
「……あははっ、お前らってそんな声だったんだな。出会ってから初めて聞けたぜ」
アリアさんは、嬉しそうに笑いながら、そう返事をした。
興奮が収まったところで、ロズと二人でうなずき、アリアさんと向かい合う。
「「……ごめんなさい」」
「? ラズ、ロズ? どうしてあやまるんだ?」
アリアさんは、意味が分からないといわんばかりに、困惑の表情でこちらを見る。
「アリアさんは、優しい人なのに、わたしたちに、いっぱい話しかけてくれたのに……」
「警戒しちゃって、こっちからは、何も、しゃべれなかった、から……」
わたしたちは、アリアさんを誤解していた。見た目だけで、どんな人かを勝手に判断して、こっちに歩み寄ってくれていたアリアさんを拒絶して、傷つけてしまっていた。
「「だからーーー」」
「ラズ、ロズ」
アリアさんが、わたしたちの頭に手を乗せ、わしゃわしゃとなでる。そして、まっすぐわたしたちの目をのぞき込んでくる。
「お前らは何も、悪くないよ」
ゆっくりと、はっきりと、そう伝えられる。
「あたしだって、自分の見た目ぐらいは理解してるさ。昔、狩りの最中にしくじっちまってな。気づいたら、全身傷だらけだった。治りはしたんだが、傷跡は残っちまってな。この傷跡のせいで、外にいたときも、この研究施設内でも、素顔のまま出歩くと、いろんな人に怖がられる。それも、もう慣れちまった」
アリアさんは、だが、と続ける。
「今のお前らは、あたしの素顔を見ても、怖がらないでいてくれる。本当のあたしを、見てくれている。だから、あたしもお前らに感謝してるんだ。ラズ、ロズ。あたしを怖がらないでくれて、ありがとう」
そう、感謝の言葉を伝えられた。目を見て話してくれたからこそ、アリアさんが本心でそれを述べていることが分かる。
「……アリア姉ぇ!」
「……アリア、姉さん」
この人は、優しい人だ。今まで会った人たちの中で、一番。
「……姉さん、か」
「「ダメ、だった?」」
「いや、すごくうれしいよ。いくらでもそう呼んでくれてかまわない……ふふっ」
落ち着いたトーンでそう話すアリア姉さんの大きなしっぽは、これでもかと言わんばかりにぶんぶんと振られていた。
………………
…………
……
それからというものの、ロズとアリア姉さんとの三人で過ごす時間が、一日で一番楽しい時間になった。検診が終わると真っ先にアリア姉さんの部屋に走って行って、ぬいぐるみで遊んだり、本を読んでもらったり、新しい遊びを教えてもらったり。毎日が、本当に楽しかった。
あの日が、来るまでは。




