居住区画
『この先 居住区画』の文字を横目に、白いタイルが貼られた通路を進んでいく。最初のトンネルとは違い、しっかりと電気が点いており、通路の先もはっきりと見えていた。
「今回は短くてよかったです……」
「暗くも、ないから、安心して、通れる」
「何とかあのトンネル以外の帰る手段が見つかるといいな」
私たちはもはやトンネルや長めの通路に若干のトラウマを抱えていた。通路を進み、突き当たりの自動ドアを抜けると、今度は3本に枝分かれした廊下にたどり着く。
「分かれ道ですか……」
「調べるの、めんどくさい」
「仕方ないだろう。それに、研究所のことだけでなく、貴様の過去の手がかりもあるかもしれん」
「! じゃあ、やる」
カティさんの言葉を聞き、ロズさんは真っ先に正面の廊下へと駆け出していく。
「待て、狼。いったん話を聞け」
呼び止められたロズさんは、若干不服そうに、グルルル……と不満そうに喉を鳴らしながらも、小走りで戻ってくる。
「あてもなく突っ込んでいったら時間がかかる。……一つ聞くが、貴様らは多少は戦えるか?」
「うん、わたしは、戦える」
「私も一応は」
「狼はともかく狐は戦えそうには見えんがな……」
……私からしたらカティさんも戦えそうには見えないけど……
「まあ、それならば、別れて探索しても大丈夫そうだな。この先は手分けして調べよう。狼は正面から見て左側、狐は正面、我は右側の廊下を調べる。しばらくしたら再びここへ集合する。それでよいな?」
「……わかった」
「はい、とりあえず、それで行きましょう」
それぞれうなずくと、三人バラバラに、居住区画を探索し始めた。
………………
…………
……
静まりかえった廊下を一人で進む。
「ちょっと怖いなぁ……」
ついさっきまで他の二人といたからかもしれないが、やはり一人で探索するのは少し心細い。そんなことを考えていると、廊下の壁にきらびやかなポスターが貼ってあるのが目に入った。
『祝、研究施設50周年!』
「なんだか、森に隠された研究所、っていう場所にはすごく場違いなポスターだなぁ……」
森の中に隠された研究所に似つかわしくない、派手なポスター。少なくとも、この研究所はできてから50年以上が経過しているようだ。
コツ、コツ、と自分ひとりの足音が響く中、慎重に探索を進める。ここまで多くの部屋を見てきたが、どこにも手がかりになりそうなものはなかった。
(もうすぐ廊下の突き当りだし、もう何もなさそうだなぁ……)
そう考えていると、視界の先、廊下の壁に大きな穴が開いているのが目に入る。
(嫌な予感がする……)
この研究所内の壁はすべて真っ白なタイルでおおわれており、耐久性に優れている素材で作られているようだった。それにこんな大穴を開けるって、一体何が? 気配を探りながら、息を殺して慎重に近づいていく。そして、大穴を覗くと、
「……これ、は……」
そこはだれかの個室だった。部屋の中には吹き飛ばされた壁の残骸が落ちている。大穴の位置にはもともとドアがあったようだ。しかし、それよりも異様な光景が目に入る。部屋の壁に、床に、しぶきを上げるように、大量の赤黒いものがこびりついていた。
「多分……血の跡だよね」
探索するために、恐る恐る部屋の中へと入る。落ち着いて、少し回りを見回してみる。シンプルな机に椅子、タンスなど、部屋の中には必要最低限な家具しか置かれておらず、いろいろと調べてみても、めぼしいものは見つからなかった。最後に、机の引き出しに手をかける。すると、何冊かの本が出てきた。
「研究日誌……?」
うっすらとかぶったほこりを払い、内容を確認する。過去の大戦争の考察、未知の種族の調査、時を止める魔術、新兵器開発……どれもこの研究所についての記述は特になし。流し読みをしながら次々とページをめくっていく。そして、
『凶暴化する森の動物について』
それらしい見出しを見つけ、内容に目を通す。
『この森では以前から、本来温厚な動物が狂暴化する現象が起きていた。国は森を開拓するために、動物の凶暴化の原因を調べるため、我々研究員がこの場へと派遣された。凶暴化した動物は、体内に赤黒い結晶が埋め込まれていた。それが動物が凶暴化する原因だという結論が出た。この結晶はどこから来たのか。体表、体内ともに埋め込まれた際の傷跡などはなく、体内に自然に生成されたものだという仮説が立てられる』
なんとなくで要約しながら内容を読み進めていく。
『研究課程で、健康体である動物に、森の動物から摘出した赤黒い結晶を埋め込むと、その動物も同じく凶暴化すること、凶暴化した動物は理性を失うのを代償に、異常なまでの身体能力、魔術への適正を得ていることが分かった。これを見た国の軍部が、生物兵器としての運用をしたいと持ち掛けてきた。研究予算の増額を対価に研究所はそれを承諾し、さらに数多くの生物実験が行われた。制御可能な個体を作り出すために、ついには国の罪人たちを使った人体実験すら行われ始めた』
「人の体を使ってそんなこと……」
かつてここで行われていたことに驚愕しながらも、さらに読み進めていく。
『実験は多岐にわたった。被検に利用された多くの個体は理性をなくし、埋め込んだ結晶を再度摘出しても、理性のかけらもない廃人になった。実験のたびに廃人と化した人は増え、次々と処分されていく。そんな中、理性を持ったままの二つの実験体が生み出された。彼女らは国の牢獄で生まれた双子だった。いまだ成長段階にある人体だったためか、結晶の持つ力に耐性を得たと推測される。彼女らは『実験体2-Ra』、『実験体2-Ro』と名付けられ、成長しきるまで施設内で育てられることになった』
「子供すら実験体に……」
『成長するにつれ、二つの実験体に差が生まれた。実験体2-Roは体内の結晶の体積が増加したのに対して、実験体2-Raは何の変化もなかった。失敗作とはいえ、危険な生物であることに変わりなく、野放しにするのは危険だという研究所の判断により、実験体2-Raは処分されることとなった』
「処分……」
日誌の最後のページには、明日、実験体2-Roの実験が行われる、と書かれていた。日誌はここで終わっている。
「この現状を見るに、おそらく実験は失敗したんだろうなぁ……」
この部屋の惨状も、おそらくその実験体の仕業だろう。今もその実験体がこの研究所内にいるとなると、この場所は想像以上に危険な場所なのかもしれない。
「早く戻らないと……」
この研究所の危険性を他の二人に知らせるべく、元居た場所へと走っていく。