足跡の主
階段を下って地下へと進むと、後ろからパタンという音が鳴る。
「……ロズさん、後ろの扉、閉まってます?」
「うん、いま、勝手に閉まった」
どうやら、開けてから時間がたつと自動で閉まるようになっているようだ。
「一度入ったら出られない、とかではないですよね……」
「入口に、小さいボタンが、ついてる。中から、開ける用、だと思う」
ほっ、と安堵の息を漏らすとともに、進むべき道を見る。階段の先には、先が見えないほどに長いトンネルが続いていた。上の診療所とは違い、よほど頑丈に作られた場所のようで、壁にはひびや傷一つなかった。
「暗すぎて、まったく、見えない」
入口付近は地上の光がわずかに漏れているため、多少の視界は確保できそうだが、トンネルの先は光一つ見えない暗闇が広がっている。私たちは一応夜目が利く種族だけど、さすがに一切の光がない場所では目は見えない。
「こういう時は……『光よ、我が道行きを照らせ』」
魔術の詠唱をすると、目の前に光を発する球体が現れる。
「……これで大丈夫ですね」
「これ、すごいね」
目の前に現れた光の玉に興味深々で、耳としっぽをせわしなく動かすロズさんを横目に、周囲の状況を確認する。ここも長い間使われていないようで、足元にはほこりがたまっており、同時に、診療所内で見た足跡が続いていた。
「足跡の人、この先に、いるみたい」
「あんな見つけにくいスイッチをよくもまあ見つけられたものですね……」
よほど熱心に部屋を調べたのか、それとも偶然見つけたのか。どちらにせよ、この先に人がいるのは確かだ。
「私たちはロズさんがすぐに仕掛けを解いてくれましたからすぐにここへと来れましたが、足跡の人はおそらく上の部屋でそれなりに時間を使ったはず。そろそろ追いついてもおかしくないと思いますけど……」
「ちょっと、急ごう」
少し速足で、薄暗いトンネルを進んでいく。
ーー黙々と進むこと数十分ーー
「長いですね……」
「そう、だね」
どこまで進んでも、トンネルが終わる気配がない。前を見ても暗闇、後ろを振り返っても暗闇。もはや前に進んでいるのか、後ろに進んでいるのかわからなくなってくる。頭がおかしくなりそうになりながらもなんとか足を前へと進めていく。すると、
「……! ヒトの匂いがする……!」
トンネル内のカビっぽい匂いとは違う匂いを嗅ぎつけ、ロズさんが一目さんに走り出していく。
ちょっ、止まってぇぇぇ!
手をつないだままだったため、ロズさんに引きずられる形で暗闇へと突っ込んでいくこととなり、私の叫び声がトンネルの中を虚しくこだましていった。
………………
…………
……
ドドドドド……
暗闇が支配するトンネルの中、地面を踏みしめる音とともに、すさまじい速さで光とともに進む。
「……! いたっ、ヒト!」
ロズさんの声に、引きずられっぱなしの体制を何とか直しつつ前を見ると、確かに、壁にもたれかかって座っている人影が見えた。
「……って、ロズさんストップぅぅぅ!!」
ギギギギギギッ!
地面と靴の摩擦の音が響き、急激に速度を落としていく。舞い上がるほこりで視界をうっすらと白く曇らせつつも、目を細めて前を見ると、見事に人影の直前で止まっていた。
「し、死ぬかと思った……」
「ごめん。で、この人は、生きてる?」
目の前には、力なく壁に寄りかかり、地面に座ってピクリとも動かない人がいた。
その人は探検家のような深緑の衣類を身に着け、大きなベレー帽のような帽子を目深にかぶり、自分の体の二倍ほどの大きさがあるであろうリュックを背負っている。体系からして20歳くらいの……女性、かな?
「大丈夫、そう?」
手を当てて状態を確認する。心臓も動いているし、息もしている。どうやら意識を失っているだけらしい。
「これ……」
詳しく触診していると、血が染みた包帯が足にまかれていた。うっすらとアルコールの匂いがする。診察室で見つけた包帯とアルコールの瓶はこの傷の治療に使われたのだろう。この人が血痕と足跡を残した人で間違いないと確信する。
「大丈夫ですか?」
ぽんぽん、と肩をたたきつつ、声をかける。
「ぅ、ぅぅぁ……」
私の問いかけにうめき声をあげ、反応を示した。
「! 大丈夫ですか! しっかりしてください!」
「……? 誰か、い、るの、か?」
だんだん意識がはっきりしてきたようで、私たちの存在を認識したようだった。
「はい、私たちはここにいます!」
「うん、いるから、目を覚まして」
倒れていた人は、眩しそうにしながら、徐々に細目を開いていく。そして、私たちと目があう。
「よかった、どうやら大丈夫そう……」
「……迎え……か」
……? 迎え?
「こんな場所に普通の人がいるはずがない。ならば、貴様らは天の国から我を迎えに来たのだろうな。よかろう、我を連れていけ」
「何を、言ってるの?」
「とぼけなくともよい。どうせ我はここで人知れず朽ち果てる身。温情などいらぬわ。はよう終わりにしてくれ」
「ええっと、私たち「あぁ、我の旅はここで終わり、か。こんなことなら里を飛び出さねばよかったわ……せめて何かうまいものを食ってから死にたかった……」
……なんなの、この人
………………
…………
……
「あっはっは、すまんな、子狐と狼よ! 礼を言うぞ!」
「それは、どうも……」
「騒がしい、人だね」
「そういう貴様はずいぶんと寡黙だな!」
あっはっは、とトンネルに大きな笑い声がこだまする。何か食べたいと言っていたから、風呂敷の中から、ミコト様に『おやつじゃ』と言われてもらった金平糖をあげると、あっという間に会話ができるほどに回復した。この人は「カティ」、世界中を旅している旅人らしい。旅の途中でこの悪夢の森の話を聞き、興味本位でこの場所を訪れたそうだ。森の外から入った途端に赤黒い生物の攻撃を受け、負傷しながらも安全な場所を探しているうちにこの場所へとたどり着いたとのことである。
「して、貴様らはなぜここにいるんだ?」
カティさんがそう問いかけてくる。
「実は……」
ーー説明中ーー
「ふむ、つまり、貴様らはこの森を調べていたのだな」
「まぁ、最初はそれが目的でした」
「で、血の跡を、見つけて、それを、追ううちに、ここに来た」
「我は偶然助けられたのだな。いやはや、我ながら本当に運がいい!」
あっはっは、と笑い声が響くトンネルの中、休憩がてら金平糖を食べながらこれまでのことを説明する。
「して、さらに偶然にも、その狼の記憶の手がかりがこの先にあるかもしれないというわけだな」
「わたしは、狼じゃない、ロズ」
「うむ、自己紹介は先ほども聞いたからわかっておる、狼よ」
「むぅ……」
怪我人を見つけることはできたし、当初の目的は達成したが、ロズさんの記憶の手がかりがあるかもしれない場所へとたどり着いたため、このまま探索を続行することにした。すると、カティさんが口を開く。
「ふむ、突然の申し出ですまんが、我も貴様らについて行ってもよいか?」
「え゛……」
「なんだ、露骨に嫌がらなくてもいいではないか、さすがに傷つくぞ」
「べつに嫌ではないですけど……」
「なんというか、えーっと、そう。カティと、話してると、疲れる」
ロズさんの話を聞くと、カティさんはキョトンとした顔をしてピタリと動きを止める……
……が、再び大きな笑い声が静寂を裂いた。
「あっはっは、それは申し訳ない! これが我という生き物でな」
「まぁ、こんな場所に一人おいていくのはかわいそうですし……」
「うん、仕方ない、から、ついてきて、いいよ」
「さすがに我の扱いが少し酷くないか?」
「……じゃあ、三人で、いこう。よろしく」
「よろしくお願いします」
「無視か!」
紆余曲折ありながらも、私とロズさんは、新たな目的であるロズさんの記憶の手がかりを探しに、カティさんと共に、さらにトンネルの奥へと進んでいくのだった。