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9話:「だから、ヤらねぇよっ!!」

ヘイデン・ノヴァックは、過酷な仕事量を消化することでのし上がってきた職員だ。

彼が自ら作ったただ一つの欠点は、他人に権限を委任するのを嫌う事だ。

だから、ライアンから与えられた任務の時間全てを投入するために、現在進行中の調査を課長補佐に任せるのは不本意だった。

ヘイデンはポートリシャス大陸連合警備隊に入隊して十五年ほどなるが、その年数の大部分を神聖グランクール帝国・ラーガイル王国戦役期間の数年間は、「殊能力者管理保安部秘密工作部」のポートリシャス大陸北方課で、ついで、ポートリシャス大陸中央課で過ごし、そのあとで「殊能力者管理保安部」に配属された。

ヘイデンは、デスクの上の品物を並べ直した。オフィスが掃除された後ではその作業が必要で、彼の朝の儀式となっていた。妻と子供たちの写真を元の位置に戻し、マホガニー林のデスクの表面に残っている数本の糸屑を払いのけると、現在、手がけている仕事を部下に割り当てるリストを作り上げる。

受付オフィスへのインターコムを押し掛けたとき、ウェルパー族の秘書ジェシカ・ローランズが感じの良い貌と快活な笑みを浮かべてドアを開けて入ってくる。彼女は「プラウスエルズ・タイムズ」と「ラーガイル・ポスト」を部屋の前部の会議室テーブルの上に置き、郵便物を彼のデスクに運んできた。

「コーヒーをお飲みになられますか?、ミスターヘイデン?」

「いや、けっこう、ジェシカ。リック・ギレンホールにここに来るように言ってくれないか」

仕事の割り当てを書いた紙片を彼女に渡し、付け加える。

「ここに名前を書いてある連中と十一時に職員会議をしたいんだ」

「わかりました」

ヘイデンは、オフィスを出ていくジェシカの姿を眼で追っていた。彼女の様な優秀なウェルパー族を秘書に持っていて幸運を考えていた。知的で有能であるだけではなく、職務が要求する以上の資格を備えているからだ。彼女は夫が魔術師学校を卒業してインターン期間を終了するまで働く計画を立てているため、少なくとも、あと4年間はヘイデンの秘書でいてくれるはずである。

ヘイデンは、座り心地が良い革製の回転椅子から腰を上げ、窓まで歩いていくと、カフェテリアの屋根とその向こうの駐車場を見下ろした。

ホビット族のリック・ギレンホールがオフィスに入ってきた時には、工作方法を頭の中で組み立てていた。リックはゆったりとした大股でたちまちのうちにヘイデンに近づいた。

「おはようごさいます。ヘイデン」

ヘイデンは向き直って頭をうなずかせた。「おはよう」そして、自分のデスクの前に並んでいる二脚のアームチェアの一つを身振りで示した。

「かけてくれ。しばらくの間、君とわたしでティームを組んで特別プロジェクトを組むことになる。

我々が話し合う内用、我々が取る行動、これら全てはこのオフィスの中でのことだ。報告は私を経由して、直接ライアンに行う」

リックは、いつも以上の真剣な表情を浮かべた。

「重要な任務のようですね」

「重要だ」

ヘイデンは、ライアンから受け取った報告書内の情報を基づいて、若手の工作担当官に状況説明をする。リックは5年前、神聖ローズフリード皇国サザン・メディスト妖術大学を卒業後まもなく採用された。職業情報官訓練を受けた後、アルフレア大陸連合警備隊の研修勤務の間に学業を継続し、アルフレア大陸ザルフレフス公国グラーツ魔道大学の魔導師学士号を取得した。最近、保安部に配属されたのだが、ポートリシャス大陸連合警備隊特殊能力者管理保安部」の本部の戦列に復帰させることが出来る優秀な職員の代表的な存在である。

頭脳明晰で直感力があり、強い使命感をもっている。

ヘイデンは、より年長で経験豊富な部下たちの間から助手を選ぶこともできたが、リックの積極性と粘り強さを高く評価していたのだった。リックは、ポートリシャス大陸南西部の裕福な一家の1人息子だったが、一家が経営している銀行・投資業に入ること嫌い、連合警備隊に職を求めたのだった。

職業の基本技術習得コースでは素晴らしい成績を示し、幅広い種類の武器類の扱いがもの凄く巧みだった。ホビット族にしては長身でがっしりと体格の二十八歳のその若者を外見では判断してはいけないと言うことだ。色が浅黒く、ハンサムで射るような眼がすばやく動く。

気持ちばかりはやらせて背伸びしている学生のような第一印象を受けるが・・・。

「何か質問は?」

報告書の要点を説明したあとで尋ねた。

「召集メンバーの経歴は?」

実行メンバーの書類をリックに渡す。

「まず召集メンバーの1人「古代魔術使い」エレーナ・カスバートだ」

リックは、その書類文書に眼を通す。

エレーナ・カスバートの書類には以下の様な事が書かれている。

「エレーナ・カスバートは、ポートリシャス大陸極東地域のシャーマン―――極東地域で信仰されている古代の神に仕える巫女であった。

ホウライ共和国で神を自らの身体に神を宿す、いわゆる「神降し」や「神懸り・神憑り(かみがかり・神霊の憑依)」の古代儀式を掌っていた。

極東地域外の巫女でありながら、超人的な能力を要している巫女は恐らく彼女しかいない。

高度な古代魔術使いであると共に、ナイフ使いの名人でもある。

ホウライ・ムツ戦役期間で、古代魔術とナイフの腕を芸術の極地まで高めた。

彼女が特殊能力者として覚醒したのは、ホウライ・ムツ戦役の初期で、もっとも激戦だったと言われる

「クリハラ渓谷の闘い」である。

ホウライ・ムツ戦役当時、ホウライ共和国軍基地を襲撃したムツ王国軍を追撃するため、ホウライ共和国はムツ王国国境の近くのクリハラ渓谷に戦闘巫女連隊約700名を人員輸送飛龍で派遣した。

(その戦闘巫女連隊の大隊長は、エレーナ・カスバート本人。極東地域外の出身者で隊長まで上り詰めたのは、彼女ぐらい)

ムツ王国正規軍とホウライ共和国軍の戦闘はこれが初めてであったが、ホウライ王国の軍司令部はムツ王国の兵力を把握できていなかった。ホウライ共和国軍基地襲撃の後でだらしなく逃げていくムツ王国の兵士を見て、簡単に攻略できると考えていた。しかし、実際に戦ったはムツ王国兵は陣を整え、山地の中を駆け巡り、予想以上の凄まじい抵抗をした。この小競り合いに始まった戦闘で、ホウライ王国は、この地を完全占領することができなかった。

その戦闘模様は以下の文である。

最初の部隊が現地に到着し、輸送飛龍の着陸地点を確保するが、待ち構えていたムツ王国に雇われた

一個傭兵団に即座に包囲されてしまい、戦闘開始早々、兵力・地理共に不利な状況に陥ってしまった。

しかしホウライ王国攻撃飛龍や同じくホウライ王国魔術師兵団などの優れた後方支援により、包囲されつつも壊滅を免れ、着陸地点を防衛し、増援や補給路を確保することに成功する。

ムツ王国は、ホウライ王国の防衛ラインを突破するために三個傭兵団、狂将マサカド率いるムツ王国正規軍第9騎兵師団(通称戦闘狂いの9師団)を昼夜を問わず戦闘に投入し、その猛撃で一時はホウライ王国の防衛ラインを突破するが、ホウライ王国第4飛龍騎兵連隊の支援攻撃と、戦闘中に特殊能力者として覚醒した彼女の古代魔術の前に壊滅的な大打撃を受けた。

狂将マサカドは「ホウライに優秀な特殊能力者がいなかったら、これほど苦戦はしなかった」と戦闘終結後に語っている」

エレーナ・カスバートの以下の内容が書かれた書類文書を読んで、感嘆した溜息をリックは吐く。

書類の内用を見た限りでは、非常に優秀な特殊能力者であることは間違いないと確信する。それも並大抵の特殊能力者ではない。極東地域外の出身者であの「戦闘巫女連隊」の大隊長まで上り詰めるとなれば、極東地域の稀代の巫女となる。

「希にみる優秀なメンバーですね」

リックは驚きを隠す用に、平常心を保ちながら尋ねる。

ヘイデンはリックの様子を見ながら、次の召集メンバーの書類に促す。

「次は、「妖魔使い」クラウディア・ウォーレンだ」

クラウディア・ウォーレンの書類文書にリックは、眼を通す。

そこには以下の文が書かれている。

「クラウディア・ウォーレンは、ポートリシャス大陸北方フライバルト王国の武装親衛隊の元大隊長である。

無数の重火器の扱いに彼女は卓越した能力を持ち、「妖魔召喚魔道」にも精通している。その実力をいかんなく発揮し、特殊能力者として覚醒した時期は、フライバルト・エルズレイ戦役の「グアスバテスの要塞攻囲戦」と「バイデンの闘い」である。

「グアスバテスの要塞攻囲戦」は、フライバルト王国軍のエルズレイ帝国ガフス山脈地方への攻勢の準備として行われたグアスバテス要塞でのフライバルト王国軍とエルズレイ帝国の闘いである。

包囲したフライバルト王国軍であったが、要塞北面の地峡に多数の要塞砲とトーチカ群が設けられており、工兵が爆破処理するのは不可能であった。そこで、フライバルト王国軍司令部は、新旧・大小問わずの2000門の大砲と150匹のフライバルト王国攻撃飛龍に三個連隊の魔術師連隊を投入し、猛攻撃を加えた。その際、グアスバテス要塞北部への本格的な突撃を指令するため、フライバルト王国国内に残っていたクラウディア・ウォーレンが率いる武装親衛隊を投入し、指令を出した。

8日間の猛砲撃・飛龍攻撃で、要塞北部の陣地は全て破壊され、グアスバテス市街と軍港の包囲が始まった。

だが要塞北面・南面には、従来の特殊魔術の補助魔法以上の魔法で、強化された防御陣地とエルズレイ帝国正規軍、エルズレイ帝国側陣営に雇われた傭兵団が配置されていたが、フライバルト王国軍司令部に攻略をせかされた為、塹壕を敵塹壕まで掘り進み急襲する正攻法を捨て身体をさらけ出して攻めかかる強襲法を採用した。

凄絶な4日間の戦闘で損害を受けながらも、次々と突破しグアスバテス要塞を陥落させた。彼女はこの4日間の闘いで特殊能力者としての半覚醒をした。

その後、武装親衛隊を一時国内に帰還させ休養をとらせる案もあったが、一部の王族と軍令部関係者が反対したため、息つく暇もなく他の戦線へ転属となった。(反対した王族と軍令部関係者と、彼女の間で確執があったためと言われている)

その転属となった戦線が彼女の特殊能力者としての完全覚醒を促した。

それが「バイデルフ攻防戦」である。

「バイデルフ攻防戦」とは、フライバルト・エルズレイ戦役におけるエルデイ川西岸に広がるバイデルフを巡り、繰り広げられたフライバルト王国軍とエルズレイ帝国軍の闘いである。

市内では、エルズレイ帝国に忠実な各種族の男女労働者や義勇兵のほか、エルデイ川方面から組織的に撤退してきた正規軍将兵や傭兵団、さらに戦場から逃れてきた難民も市内に収容されており、バイデルフはエルズレイ帝国南部最後の拠点という性格を有していた。また、もしエルズレイ帝国が反撃に転じた場合は、エルデイ川西岸奪回の策源地にもなりえた。

フライバルト王国軍は連日のように猛烈な攻撃を加えて市街のほとんどを廃墟にするとともに、川を航行する船舶にも昼夜にわたり砲撃と飛龍攻撃、そして攻撃魔術を加えている。フライバルト王国軍令部は、バイデルフは数日の攻撃で陥落できると楽観的に考えていた。たしかにその攻撃数万人の一般市民が犠牲となったが、激しい攻撃がもたらした廃墟と瓦礫は無数の遮蔽物をもたらし、エルズレイ帝国正規軍将兵や、エルズレイ帝国陣営に雇われた傭兵団にとっての要塞となっていく事になる。

フライバルト王国第3軍は正規軍と傭兵団合わせて14個師団の兵力で、猛烈な砲撃及び攻撃魔術攻撃とともに、ツァリー渓谷から市街地への突入を開始し、建物一つ、部屋一つを奪い合う壮絶な市街地戦を展開することになる。

そしてクラウディア・ウォーレンが率いる武装親衛隊は、その地獄の戦場へと投入されることになった。

フライバルト王国軍令部は当初、この戦闘は比較的早期に終結すると予想していたが、飛龍攻撃と火災により瓦礫の山と化した廃墟を効果的に使って防衛するエルズレイ帝国第62正規軍とエルズレイ帝国に雇われた傭兵団の死にもの狂いの抵抗で、冬季にまでもつれ込む事になる。

フライバルト王国軍がコンクリートの塊となった廃墟に突入しても、エルズレイ帝国正規兵や傭兵は頑強に抵抗し、完全に占拠しても地下道や下水道を使って逆襲をかけてきた。地下壕は発見されるや、負傷兵や避難民ごと爆炎魔法で、何もかも焼き尽くされたが、後方の建物にはエルズレイ帝国の狙撃兵がいつの間にか入り込み、フライバルト王国軍将兵に照準を合わせていた。

それはクラウディア・ウォーレンが率いる武装親衛隊も例外ではないが、徹底した持久戦、接近戦、白兵戦を行ったエルズレイ帝国第62正規軍将兵とエルズレイ帝国陣営の傭兵団が、この攻防戦で唯一怖気を震ったのが特殊能力者として完全覚醒をしたクラウディア・ウォーレンであることも事実である。

瓦礫や建物に特殊魔術の補助魔法と機銃や攻撃魔法を駆使して最後まで守り抜くエルズレイ帝国正規兵や傭兵団も少なくはなかったが、武装親衛隊はそれらを悪臭や煙が充満する中で虱にまみれ、建物の影や穴、地下壕を這って一つ一つ奪い、または防衛し、徹底的に苛烈な闘いを続けて味方のフライバルト王国軍将兵や雇われた傭兵団も恐れた事も事実である。

武装親衛隊が市街への攻撃参加以来最大の攻防戦となった、工場地区での闘いが挙げられる。

フライバルト王国軍第8歩兵師団と武装親衛隊、フライバルト王国陣営の4個傭兵団が工場に対する総攻撃を開始した。

工場地区を一時占領はしたが、エルズレイ帝国軍は傭兵団7個、正規軍4個師団を送り込み、激烈な白兵戦が展開された。武装親衛隊は撤退する味方の援護に当たった際には、

エルズレイ帝国正規軍2個師団と傭兵団3個を釘付けにして一歩も引かず、フライバルト王国正規軍の救援が到着するまで持ちこたえた。

武装親衛隊の生存者がたった16人という過酷な戦いになったが、クラウディア・ウォーレンの武装親衛隊は命令通りに、陣地を奪われることなく守り続けた。エルズレイ帝国軍はこの陣地を陥落させるべく、一日のうちに何十回も攻撃を試みた。エルズレイ帝国軍の歩兵や傭兵団が陣地に近づこうとするたびに、クラウディアたちは陣地の中や窓、あるいは屋根の上から強力な砲火や攻撃魔術、そして特殊能力者として覚醒した彼女の「妖魔召喚魔術」で応戦した、死体と召喚した妖魔の死骸の山で覆われるほどになっても、エルズレイ帝国軍はなおここを攻め落とすべく挑戦続けた。

反撃を開始していたフライバルト王国軍の救援が到着したことで目的を果たしたが、その代価として、彼女は、顔の左半分に深い火傷の痕を残す事になる」

リックはその経歴文書を見て、背筋が冷たくなる感覚に襲われる。

クラウディア・ウォーレンが所属していた部隊は、フライバルト王国正規軍の反逆から、あるいは国内の騒擾から王室を守らせるために設けられた特殊戦闘部隊で、正規軍でもなくまた警備隊でもなく、政治的にも信頼でき、フライバルト王国王室に絶対の忠誠を捧げて信頼できる親衛隊員から成る武装部隊だ。

そのフライバルト王国武装親衛隊の中でも恐らく最強と言われる「タナトス」の元大隊長だ。

書類には具体的な隊名は書かれていないが、情報通の者が書類に書かれている戦闘記録を読めば、間違いなく「タナトス」であると判断する。

「二人目は、まさか―――」

「書類に書かれている事以外は知る必要はない」

ヘイデンが答えた。

「(―――この彼女は、あの「タナトス」の元隊長なのか!!)」

リックは、ヘイデンの答えた言葉でこの彼女は「タナトス」の元隊長であること、ヘイデンが認めたことを確認した。

「―――その次は、トール・クルーガだ」

リックは3人目のメンバー、トール・クルーガの書類に眼を通す。

その書類には、以下の文が書かれている。

「トール・クルーガは、ポートリシャス大陸西部ローテンリッツ公国陸軍特殊部隊の元大尉で、重火器

のプロである事、戦闘射撃や早撃ちも非常に高い。

ローテンリッツ公国・マルフビィナス王国戦役で爆破専門家として名声を馳せた。爆薬を扱えさせれば、この大陸では並ぶものはいない黄金の指を持っている事ばかりではなく、戦場に置いても、恐らく魔物が棲む遺跡や迷宮においても、冷静で有能な兵隊であり冒険者たり得ることを身にもって証明している。

特殊能力者と覚醒した時期は、ローテンリッツ公国・マルフビィナス王国戦役期間中にて覚醒。

ローテンリッツ公国・マルフビィナス王国戦役を通じ、ローテンリッツ公国陸軍特殊部隊が一貫して行っていた任務は、秘密裏に不正規・非合法活動を行っていた。

戦役においても活動内容は秘匿性が高く、各部隊が所属している原隊についても作戦内容は一切明かされておらず、ローテンリッツ公国情報部の秘密作戦を行うものだった。

戦役において、ローテンリッツ公国陸軍特殊部隊がどのような任務を行ってきたかは現在でもほとんど一般公開されていない。マルフビィナス王国及びマルフビィナス王国側の同盟国への越境潜入作戦、捕虜の情報収集や救出、マルフビィナス王国側要人の誘拐・暗殺などを行っていた。

トール・クルーガが特殊能力者と覚醒をしたのは、ローテンリッツ公国・マルフビィナス王国戦役の西部戦線におけるローテンリッツ公国の「ファントム作戦」である。

それはマルフビィナス王国占領地域後方への空挺降下による本作戦の支援、マルフビィナス王国軍の攪乱を狙いとする作戦が計画である。

トール・クルーガの率いる特殊部隊「ネルガル」は、ローテンリッツ公国国王の密命でしか動かせない

部隊だけあり、ローテンリッツ公国軍から選りすぐれた素質の持ち主が鍛え抜かれた文字通りの精鋭

で、表向きの特殊な戦技の他に上級レベルの魔術全てをマスターし、非常にレアな魔道光学装身具「プレデター」、特殊魔術結界解除装身具「賢者の指輪」を優先的に支給されるエリート部隊である(2つの魔道装身具は、現在取り扱っている店は、「トリオカ武器商店」、「シラトリ防具商店」、「ジャックフロスト&ジャクランタン複合産業道具店」が非常に高価な値段で販売している)

特殊部隊「ネルガル」は、ローテンリッツ公国国王の「マルフビィナス王国の誘拐と殺害及びマルフビィナス王国王都の各重要施設への襲撃」の密命を受けて、マルフビィナス王国軍の正規軍軍服を着用してマルフビィナス王国語を完璧に話す事も出来る部隊は、他の部隊による後方地域での妨害工作で混乱中のマルフビィナス王国軍支配後方地域に浸透し、それらの混乱などを生かして越境潜入をはたす。

だが、支配後方地域に浸透中に数名の隊員がマルフビィナス王国正規軍によって捕らえられる。厳しい尋問の自白のせいで却って混乱は広がる事にもなる。

彼らは任務について尋ねられた時、「我々の任務は、「マルフビィナス王国の誘拐と殺害及びマルフビィナス王国王都の各重要施設への襲撃が目的だ」と答えたため、、マルフビィナス王の護衛と王都の警備兵は大幅に増員されることになる。マルフビィナス王は安全のため、特殊魔術結界を張られた

官邸に閉じこめられることとなる。その反面、彼らは正直に「部隊の指揮官はトール・クルーガである」と自白をする。

捕らえられた隊員は、正直に言ったほうが効果的だと判断したためもあるが。

現実的に考えればにマルフビィナス王国王都に侵入し、国王のいる場所にたどり着くと言うのはかなり無理のある作戦だが、戦役期で信じられないような作戦を成功させてきたトール・クルーガ指揮しているだけにマルフビィナス王国軍は信じ切った(この時点でマルフビィナス王国側は、トール・クルーガらが魔道光学装身具「プレデター」、特殊魔術結界解除装身具「賢者の指輪」を優先的に支給されている事までは把握していない。捕らえられた数名の隊員は、捕らえられる寸前に魔道光学装身具と特殊魔術結界解除装身具を自らの手で破壊したためもある)

その結果、戦場後方区域やマルフビィナス国内の至る所に検問所及び、王都を含めての国内の重要施設にマルフビィナス王国魔術師師団による特殊結界魔術を張り巡らせる事になり、兵員や装備の移動を停滞させることとなった。野戦憲兵は、マルフビィナス国出身地なら誰でもが知っていると思われる質問、「「トリオカ武器商店」のマルフビィナス国限定販売の和菓子は?」、「マルフビィナス国の有名なブラックフロストキングの好物は?」などの質問を正規軍兵士やマルフビィナス国出身傭兵団に対して厳しい質問と身分証明書の提示を促した。

トール・クルーガらは、マルフビィナス王国王都内まで奥深く潜入を果たすと、マルフビィナス王国軍の正規軍軍服から、通常の軍服に着替えさせた上で魔道光学装身具「プレデター」と特殊魔術結界解除装身具「賢者の指輪」を装着させて、作戦を開始する。

マルフビィナス王国魔術師連盟総本部を襲撃した隊員は決死の覚悟で作戦に臨み、士気は非常に高かった。魔術師連盟総本部に張られている特殊結界を「賢者の指輪」で解除した後、作戦を実行する。

魔術師連盟局長と官邸のマルフビィナス国王辛くも難を逃れたが、魔術師連盟総本部は一時彼等に占拠されてしまうことになる。

トール・クルーガら本隊は、マルフビィナス国王官邸に襲撃をかけるが、こちらはマルフビィナス王国軍側との凄まじく激烈な抵抗に遭遇する事になる。

ローテンリッツ公国魔術師連盟の戦場地域からの脱出用長距離テレポート・ゲートは、暗殺もしくは捕らえられた対象人物付近の場所にゲートを開く事になっていた。だが、トール・クルーガの部隊は、官邸守備隊とマルフビィナス王国正規軍と、マルフビィナス側に雇われた傭兵団との激しい銃撃によって包囲される事になる。魔術師連盟総本部を襲撃した隊員らは、任務を順調に達成し魔術師連盟総本部に展開し安全地帯を確保し、脱出用長距離テレポート・ゲート構築により脱出を果たすことになる。

だが彼等は本来、トール・クルーガの本隊の加勢に向かうはずだったのだが、マルフビィナス王国正規軍や住民により、王都の通りに土嚢を用いてバリケードが築かれ加勢に辿り着けないように阻止されたためである。

トール・クルーガの本隊は、脱出用長距離テレポート・ゲート構築準備もできないまま二日間も戦線を維持することになる。二日間も戦域維持を可能に出来たのも、トール・クルーガが特殊能力者としての覚醒をはたしたことが大きい。付近一帯はトール・クルーガの特殊能力の猛爆が加えられ、民衆もろとも多大な犠牲を払うこととなる。そして、なぜ二日間も戦域維持を強いられたのかは、ローテンリッツ公国魔術師連盟の脱出用長距離テレポート・ゲートの構築の計画や調整は作戦の困難さを考慮しながら行われたため非常に時間がかかり、トール・クルーガの本隊の迅速な脱出を難しくしたためである。二日間の夜に脱出用長距離テレポート・ゲートの構築に成功し、トール・クルーガの本隊、生存者23人がテレポート・ゲートで脱出した事で、闘いは終了する」

リックはトールの書類を眼に通して、慄然とした表情を浮かべながら静かに尋ねる。

「――――――この彼はあの噂の」

「それは知る必要があるのか?」

「―――いえありません」

リックはそう言ったものの、トール・クルーガの書類に書かれている文章を全て見て一つの言葉を思い出す――――――ローテンリッツ公国・マルフビィナス王国戦役や周辺諸国の軍関係者や傭兵から畏敬を込めて呼ばれている――――「ローテンリッツ公国の死神」という綽名を。

「そしてベルナルド・ライアンズだ」

ヘイデンが次の書類へと促す。リックはベルナルド・ライアンズの書類に眼を通す。

そこには以下の文が書かれている。

「ベルナルド・ライアンズは、ポートリシャス大陸北部マイラルド帝国出身の元冒険者である。

冒険者としての必要な迷宮構造学、ポートリシャス大陸や他大陸の遺跡や迷宮の基本構造、迷宮や遺跡に仕掛けられている罠の解除技術及び破壊技術、古代用語語学、迷宮や遺跡の魔物との戦闘における心理学、冒険者格闘技術の分析と基本、中級魔道技術に遺跡・迷宮での高度な白兵戦闘能力に長けている。

特に白兵戦闘能力は、様々な刀剣類の扱いにも熟練し、両手の俊敏な動きで首の骨をへし折ってしまう技術を芸術レベルまで高めている。また、現地で医療措置を行うための高度な冒険者医療魔術技を持ち合わせた高度なスキルと遺跡や迷宮での深部最下層での長期活動を可能とするために、特殊魔術結界技術も擁しているため、生存技術にも長けている。

ベルナルド・ライアンズは特定の冒険者パーティーに所属はせず、特定の武器・防具・道具商店企業とも専属契約を結んでいない。各商店企業の依頼仕事や、「指定重要危険迷宮・遺跡」や「指定最高危険迷宮・遺跡」に立ち入り、兇暴な魔物討伐を行う特定冒険者パーティーからの加勢などには、その都度契約を結ぶという形態をとっていた。

収入は、ベルナルド・ライアンズの遺跡や迷宮での依頼遂行能力と非常にレベルの高い遺跡・迷宮での生存技術で、同業の冒険者よりも数倍の収入を得ていた。

ベルナルド・ライアンズの冒険者としての活動範囲は、主にポートリシャス大陸北部マイラルド帝国を拠点として、ポートリシャス大陸全域、アルフレア大陸東部全域、アディガリア大陸西部全域まで冒険者として活動範囲を広げていた。

ベルナルド・ライアンズの冒険者としての生存能力と探索能力が優秀なため、特にアルフレア大陸東部全域、アディガリア大陸西部全域の仕事依頼は、ほぼ全て特定の武器・防具・道具商店企業からの「指定重要危険迷宮・遺跡」や「指定最高危険迷宮・遺跡」関連の最下層深部での特殊な調査依頼であり、

または、特定冒険者パーティーからの兇暴な魔物討伐の加勢依頼に遺跡や迷宮の最下層深部にやむをえず取り残してしまった冒険者パーティーメンバーにたいしての高度な救難活動という、危険で型破りな依頼仕事が大半であった。

「アルフレア大陸連合警備隊冒険者管理局東部支部」、「アディガリア大陸連合警備隊冒険者管理局西部支部」がそれぞれ管理する「指定重要危険迷宮・遺跡」や「指定最高危険迷宮・遺跡」でのベルナルド・ライアンズの活動は言語に絶する。それぞれの大陸の「指定重要危険迷宮・遺跡」や「指定最高危険迷宮・遺跡」でベルナルド・ライアンズは、各商店企業の依頼仕事では、最下層深部に単独で侵入し、最下層深部に棲息する特定の魔物に関する棲息情報調査・観察という緻密で高度な依頼を幾つも遂行した。ある依頼仕事にて、「指定重要危険迷宮・遺跡」や「指定最高危険迷宮・遺跡」の最下層深部での単独で、37週間という最長期間に渡っての魔物棲息調査・観察では大手商店企業はベルナルド・ライアンズの冒険者としての価値と、彼の信頼度を高めることによって得られる利益を痛感し、大手商店企業のベルナルド・ライアンズに対する彼の有用性と立場を強化したことは言うまでもない。

それは特定冒険者パーティー側も同じである。特定冒険者パーティー側の仕事依頼は、魔物討伐の加勢や迷宮や遺跡内の最下層深部にやむを得ず取り残したメンバーの救難依頼が多く、その救難依頼の中でも、アディガリア大陸西部地域の「指定重要危険迷宮・遺跡」の最下層付近にて取り残され、自分自身で全てのやりくりする事を強いられていた50人以上の冒険者を接触し救助をして、地上に帰還させた事は有名である。そしてもう一つは、「指定最高危険迷宮・遺跡」での魔物討伐の加勢では、8ヶ月連続の魔物討伐の加勢を行い、特定冒険者パーティーの魔王、魔神、魔神王といった上級の魔族を討伐するという結果をもたらしている。その8ヶ月連続の魔物討伐の加勢中にベルナルド・ライアンズが特殊能力者としての覚醒をはたした。覚醒を促したのは、ベルナルド・ライアンズが8ヶ月目の、上級魔族討伐を目指す特定冒険者パーティーに協力している時で、その討伐目標の上級魔族の待ち伏せにあったため撤退する冒険者パーティーの援護に当たり、上級魔族を特定冒険者パーティーが安全地域まで撤退するまでたった1人で釘付けにした。その闘いの最中にベルナルド・ライアンズは特殊能力者として覚醒を果たす事になる」

ベルナルド・ライアンズの書類文書を読み終えると、リックはこの彼は、アルフレア大陸東部全域、アディガリア大陸西部全域で活動している冒険者や商店企業に、その綽名で轟かせたあの史上空前の冒険者であると判断する。その冒険者は、世間一般には知られていないがマイラルド帝国の四大選帝公家のある公家の出身だ。その公家出身の事も冒険者家業を続けている中で発覚する事になるが彼が育ったのはマイラルド帝国内の孤児院施設だ。

「 ――――――彼は、あの「魔神殺し」の冒険者ですか?」

呟くように尋ねるがヘイデンは何も答えない。その沈黙が全てを語っている。

「―――最後は、ラインヴァルト・カイナードだ」

ヘイデンの表情が一瞬だけ変化したのに気づいたが、リックは気づかない振りをしてラインヴァルト・カイナードの書類文書に眼を通す。そこには以下の文が書いてある。

「ラインヴァルト・カイナードは、ポートリシャス大陸西部スタンブルク出身の元傭兵である。

ラインヴァルト・カイナードはポートリシャス大陸西部全域の戦役や局地紛争で名を馳せ、スタンレリア会戦(ホムトム王国・バーシアス皇国戦役での激戦地場所)で相手陣営バーシアス皇国正規軍と傭兵団に包囲され壊滅を喫するまで傭兵団「ワイルド・ハント」の特殊部隊隊長であった。

この部隊の任務は純粋な軍事作戦とは異なり、相手陣営側の傭兵団や正規軍の幹部の誘拐、脅迫、暗殺など多くの非合法作戦を行っていた。 非合法作戦は契約した陣営側にも味方の「ワイルド・ハント」に所属する傭兵団員にも機密であったため、保全の完全な団員が先発選抜されていた。

同機密作戦は、スタンレリア会戦(コステア王国・スバルゴア王国戦役で、もっとも激戦だった地域)で、スバルゴア王国正規軍と傭兵団に包囲され大敗を喫するまで継続されていた。

約25日間の包囲戦闘の結果、傭兵団「ワイルド・ハント」は、、死傷率80%を超えた「ワイルド・ハント」団長本隊を筆頭に壊滅的損害を受けて敗退した。損害のうち少なくとも6割は攻撃魔術によるのである。この会戦で、傭兵団「ワイルド・ハント」の団長及び各指揮官は軒並み戦死する。

だが、傭兵団「ワイルド・ハント」の犠牲でスバルゴア王国正規軍とスバルゴア王国陣営に雇われた傭兵団側の損害も決して楽観できるもでもなかった。戦死者は5千人を超えている。

スタンレリア会戦後、スバルゴア王国正規軍75師団長ベイラー少将は武装解除して、降伏しようとする「ワイルド・ハント」所属傭兵団団員を捕虜とせずに射殺するよう命令し多数が虐殺された。

ラインヴァルト・カイナードは、「ワイルド・ハント」特殊部隊を指揮し(生存部隊人数400人。この中には、傭兵業界で半伝説化し「悪魔の3人組」の異名で、恐れられていた筋金入りの傭兵でベテランの「冷獣」パトリック・フォード 、「眠りの狂獣」ジャレッド・バトラー 、「戦場の鬼姫」アリシア・ファリス がいた)

スバルゴア王国正規軍とスバルゴア王国陣営側の傭兵団の追撃を振り切りながら、中立地域まで逃げ込みやがで傭兵ギルドの仲介でアルフレア大陸へと活動を移す事になる。

ラインヴァルト・カイナードは、新たな戦場での活動を望んでアルフレア大陸に渡ってきた生存者団員

で、「スリーピングスコーピオン」という傭兵団を編成し活動を始める。

「ワイルド・ハント」時期よりも小規模となったが、所属傭兵はみな実戦経験豊富で戦闘に望む志気は極めて高かった。「スリーピングスコーピオン」での活動範囲は、アルフレア大陸全域を筆頭に、ポートリシャス大陸中央部地域、ヴァリアウィング大陸東部地域、トリールハイト大陸南部全域の紛争や戦役の高度な秘密戦争を行う。「スリーピングスコーピオン」の依頼仕事は、純粋な軍事作戦とは異なり相手陣営戦線後方の深部偵察を行い、相手陣営幹部の誘拐、脅迫、暗殺、拠点橋の爆破、捕虜の救出、地域の事前偵察、観測、調査、味方陣営側の飛龍攻撃部隊のための地図の作製及び地上戦闘支援に飛来する飛龍攻撃部隊の誘導などの高度な作戦を行い、各大陸の紛争地域や戦役で敵味方陣営を震え上がらせた。傭兵ギルドの推定では各紛争地域や戦役の敵陣営側傭兵や正規軍兵士及び関係者40000人以上殺害したという。

ラインヴァルト・カイナードが特殊能力者として覚醒したのは、トリールハイト大陸クライニング王国・ザインボルフ皇国戦役で、ザインボルフ皇国北東部の都市ラビガナル攻略を目指した「ラビガナルの闘い」である。

ザインボルフ皇国北東部スタンイオリ地方に位置し、クライニング王国支配地域イオリカナルから近い

ラビガナルは、ザインボルフ皇国正規軍の主要拠点の一つであった。ここを攻略すればザインボルフ皇国北東部前線の正規軍及びザインボルフ皇国陣営の傭兵団を著しく弱体化できると考えられていた。

クライニング王国軍令部は、ラビガナル攻略作戦の準備命令を下達したが、作戦計画は極めて杜撰であった。

川幅約600mのドウィン川を渡河し、その上で標高2000m級の山々の連なる急峻な山系のジャングル内を長距離進撃しなければならないにもかかわらず補給が全く軽視されていることなど、作戦開始前

から一部の軍関係者から、問題点が数多く指摘されていた。

さらに軍令部は、都市ラビガナルの攻略だけでなくザインボルフ皇国奥深くに侵攻することまでも企図していており、この攻略作戦の成否を一層危ういものにしていた。だが、最終的にクライニング王国国王の認可されることになる。その背景には戦局を一気に打開したいというクライニング王国国王の思惑が強く働いていた。この上層部の思惑を前にこの攻略の危険性を指摘する声は次第にかき消されていく事になる。作戦にはザインボルフ皇国支配地域とザインボルフ皇国国内を混乱させて、後方戦略を撹乱する目的が含まれていたことから、クライニング王国陣営に雇われていたラインヴァルト・カイナード率いる「スリーピングスコーピオン」も作戦に投入され、退却戦に入るまでザインボルフ戦線後方の深部で、クライニング王国正規軍や同じくクライニング王国陣営に雇われていた他の傭兵団にも一切知らせれず極めて秘匿性の高い高機密の作戦を行った。

クライニング王国陣営の退却戦が開始されると陸と空からザインボルフ皇国軍の攻撃を受け、飢えに苦しみ退却するクライニング王国正規軍と欠乏した補給に次第に身動きが取れなくなっていた各傭兵団の

撤退する時間をいくらか与えるため、巧みな後退戦術で空輸による補給、増援を受け追撃するザインボルフ皇国陣営側の傭兵団と正規軍の追撃を抑え続けた。

それも偏に、この最悪な戦場の中で特殊能力者として覚醒を果たしたラインヴァルト・カイナードの働きが大きい。またラインヴァルト・カイナードは脱落した正規軍の将兵を見捨てず収容に努め、多くの将兵の命を救った。クライニング王国陣営側に雇われた傭兵団が戦況悪化で、次々と離脱もしくはザインボルフ皇国陣営側に寝返る傭兵団が出る中、ラインヴァルト・カイナードの「スリーピングスコーピオン」は契約期間最後まで留まる」

リックは、ラインヴァルト・カイナードの書類文書を読み、凄まじい衝撃を受けた。

この書類文書に書かれているのは、ほんの一部の傭兵としての経歴だ。彼の傭兵団は、各大陸の国々の情報部からの極めて秘匿性の高い高機密工作依頼―――――決して世間は知ることのない世界情勢の奥深い暗闘―――も遂行している。いったい幾つの非合法作戦依頼をラインヴァルト・カイナードが行い、幾人の要人を闇から闇に葬ったのか――――リックは知りたくもないし、知ろうとも思わなかった。例え知ろうとしても、高機密工作内用の事など各国の情報部が残しているはずがないし、教えてくれるはずもない。

だが、ラインヴァルト・カイナードの2つの綽名は、各国の情報部や傭兵団は知らないはずはない。

「―――最後の彼は・・・「閃光のラインヴァルト」ですか」

「・・「戦狼」とも呼ばれていたが、別に特別な傭兵上がりの職員というわけではないさ」

苦笑いとも言える表情をヘイデンが浮かべた。その表情を見て、ニックはこれ以上ラインヴァルト・カイナードの話題を追求しなかった。

「―――さて、このメンバーを召集する前に事前準備をしなくてはいけないことがある。目標ギャング組織の構成員メンバーの情報収集、公的にも私的にも親密にしている者の名前、家族関係、血液型、嗜好、趣味、性格、口癖、身分特徴などの情報」

「それらに関しては、冒険者管理局保安部に極秘に取り寄せましょう。誰が要求しているのか疑問を起こさせないようにね」

「その組織のメンバーの名前には付箋を貼って置いてくれ。それから組織のビジネス関連するプリントアウトも欲しい」

「今すぐに取りかかります」

ニックはアームチェアから腰を上げて、ドアに達すると、そこで躊躇した。

「課長と私は、しばらくサラムコビナに出向している事になるでしょうね」

「夕方までに予備報告書と目標ギャング組織調査方法をライアンに届けるつもりだ。今夜にはテレポート・ゲートを使ってサラムコビナに出向つもりだ」

ヘイデンは、若い工作担当官がもの凄く気のない眼つきをしているのに気づいた。

「何か都合の悪い事でもあるのかね?」

ニックは静かに首を左右に振った。

「妻が・・・わたしたちの最初の子供を・・・。予定日がもう来ているんです。検査の結果男の子だそうです」

「それは・・・おめでとう。私にも娘が2人いる」

「妻の母親に付き添ってもらうよう手配します・・・。」

ヘイデンは何処か同情するような微笑みを浮かべた。

「それがいいだろう。いくらか運が良ければ、男の子が歩き始める前にこの一件を片づける事ができるだろう」



自由都市サラムコビナから車で2時間ほどの北にあるノバーグ市は、活気のない小さな町で、人口二万人のその小さな町に、特殊能力者専用作戦基地が置かれている。

道路や列車などの陸路で自由都市サラムコビナにたやすく行けるし、近くのミハイ川を経由する事も可能だ。サラムコビナの曲型的なベッドタウンに較べるとずっと田舎で人目につかずひっそりと暮らせる事が出来る。

ジメジメとした夜の下をベルナルドが運転する黒い車が、特殊能力者専用作戦基地に向かっていた。助手席には不機嫌な表情のライヴァルトが乗っている。2人とも服装は背広である。

「ライヴァルト、この町の酒場で時間を潰しているか?、来ても美人な女性もいないし、酒も出ない。

お前に取っては拷問だぞ?」

ベルナルドは掠れた声で言う。ライヴァルトはさらに不機嫌な表情を浮かべる。

「あのな、俺も召集されたんだ。それと俺は酒は飲まないし、美人な女性がいても何もしない」

「ただ、一発ヤるだけだな。同意がなければ犯罪だぞ」

「だから、ヤらねぇよっ!!」

車は、まもなく特殊能力者専用作戦基地の前に停車した。そこはノバーグの田舎の眼につかない邸宅であるが、敷地内には警報のワイヤーや感知装置に、特殊結界魔術が張られている。

寝室が8部屋ある邸宅の部屋全てに、武装した連合警備隊特殊能力者管理保安部の警備員がずいて、監視モニターを絶え間なく見ている。

「―――まだ間に合うぞ?。ここから3ブロック先に酒場がある。ライヴァルトが飲む酒代ぐらいなら出してやろう」

そう言いながら、財布を取りだして金を出そうとする。

「門が開くから、馬鹿な事はするな」

半分呆れた口調でライヴァルトが答える。

「―――本当に酒も美女もいないぞ?、お前に取ってはとてもつまらなく拷問の様な時間だぞ?」

本当に良いのか?という表情をベルナルドが浮かべる。

「あ―――もうっ!!、しつこいぞ、ベルナルド!!」



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