8話:「誤解の招く発言は、できるだけやめてくれ・・・・」
「嗚呼――これで4度目のやり直しだぞ?、全て事実の報告書内容だぞ。ラインヴァルト」
ベルナルドが掠れた声で、すこしうんざりした口調で言う。片手には回収報告書の紙を持っている。
「あのよ、真面目に書け。そのまま報告書を出してみろよ、監査官に取り調べられるだろうが。俺が」
ラインヴァルトは、大きく溜息を吐く。
今、2人がいる場所は、「ポートリシャス大陸連合警備隊冒険者管理局遺品回収課」のオフィスにいる。オフィス内はかなり広く、本棚には捜査資料や分厚い本が置かれている。
一番奥の壁には、ポートリシャス大陸中の連合警備隊冒険者管理局や各大陸の連合警備隊冒険者管理局の大陸指名手配冒険者パーティの情報が書いてある紙が所狭し張られている。
「いたって真面目に書いている」
ベルナルドは真面目な表情のまま答える。
「何処かだよっ!、「遺跡ナンバー「00-991」内での遺品回収中にも関わらず、女性冒険者を口説いていた」とか、「規則で収集する事を禁止されている魔物の財宝などを拾い集め、特に防具、武器、道具、宝石を相場の数十倍で、秘密裏に迷宮内の冒険者パーティに売りつけた」、「ギャングの密売人にからワイロを受け取り、連合警備隊冒険者管理局の捜査情報を渡した」など・・・お前は俺を連合警備隊から追い出したいのか?、それとも刑務所にぶち込みたいのか!?、特に、「ギャングの密売人にからワイロを受け取り、連合警備隊冒険者管理局の捜査情報を渡した」とかは、特に刑務所行きだっ!!」
少しは真面目に書けっという表情を浮かべながら言う。
「また偽造するのか。あまり気乗りはしないが、立派に偽造してやろう。そのかわり――――」
「北のグランクール帝国の「黒のアヒル武器・防具店」の生キャラメル買ってこいや、ヴァリアウィング大陸のアディスバード公国の「プライ魔法道具店」の魔除けの指輪を買ってこいとか言っても、
俺の答えは、「ふざけるな、自分で行け」だからな」
ベルナルドは舌打ちをする。
「なぜ、わかった?」
「熱心に和菓子情報雑誌と、ヴァリアウィング大陸の魔法道具雑誌を読んでいたのは誰だ?」
ラインヴァルトは報告書を書きながら言う。何処か不機嫌な様子だ。
「毎回偽造報告しているんだ。それぐらい良いじゃないか」
「誤解の招く発言は、できるだけやめてくれ・・・・」
ラインヴァルトとベルナルドが報告書の事で、あまりにもくだらない言い合いをしているほぼ同時刻。
ポートリシャス大陸連合警備隊冒険者管理局プラウスエルズ総本部――――――。
冒険者管理局総本部があるのは、ポートリシャス大陸中央部ラーガイル王国首都プラウスエルズに存在し、大陸連合警備隊総本部は、ポートリシャス大陸東部神聖ローズフリード皇国首都ラングルにある。
冒険者管理局総本部の敷地を取り囲む特殊魔術仕込みの金網堀の前に一台の車が停車し、IDカードを
車を運転している人物が、制服姿のラウルフの警備員に見せる。そのラウルフ警備員はIDカードを確認してうなずくと、ゲートを通るように身振りで示した。
車は、予め割り当てられている駐車スペースに車を進めていた。
檜と楓が密生した森が、本部と外界を隔てている。
その木々が作り出している秋の色は冒険者管理局総本部の中核部をおさめている、コンクリートとガラスで構成された建物の明るい光を浴びて微妙な色で輝いている。
車から、栗色の髪で彫りの深い幅広の貌の男性が出てくる。がっしりとした体格の人物で、連合警備隊が支給している高級スーツを着込んでいる。
男性は、正面玄関のガラス扉を開けロビーに踏み込むと、右手の階段を昇ってバッジ支給オフィスへ向かう。
フェルパー族の秘書は、男性の貌とプラスチック・シートにはさまれた写真を二度見較べてから、バッジを渡した。男性はビーズのチェーンに付けられたそのバッジを首からかけた。
「ミスター・ライアンからご伝言があります。ミスター・ヘイデン」
フェルパーの秘書が言ってくる。
「ご出勤になりしだいお目にかかりたいそうです。長官の食堂でお待ちです」
男性の名前――――――ヘイデンと言うのだろう。ヘイデンはほんの少し貌を顰める。
「その伝言があった時間は?」
穏やかな声で尋ねる。
「五時三十分でごさいます」
ヘイデンは頷き、バッジ受領簿にサインして階段を下りてロビーを横切るとエレベーターで14階へ上っていく。「ポートリシャス大陸連合警備隊特殊能力者管理保安部」の保安部長ライアン・クリステンセンは、エルフだ。部下の上級職員達に対して身を持って手本を示し、規律を課している。
彼の直属の部下で、九時に出勤して五時に帰ってしまう職員はほとんどいない。例え大目に見られても
更迭されるだけだ。
「(こんなに朝早く呼び出されるのは・・・他大陸から要注意特殊能力者が入国したのかな)」
と考えた。それとも別の何かだろうかと考える。
エレベーターを降り、長官の食堂へ向かって歩いていく。
その食堂は、冒険者管理局長官、副長官達、組織のピラミット型階級制を構成するさまざまなメンバーたち、そして全ての人種の賓客専用のものだ。
ライアン・クリステンセンは窓際に座っている。彼のテーブルには白いテーブルクロスが敷かれ、
磨き上げられたナイフ、フォーク類がセットされ、新鮮な華の入った花瓶が飾られている。
ライアンは、コーヒーカップの緑越しにじろりと見たが、ヘイデンの存在をほとんど認めていなかった。灰皿で燻っている煙草があるのを忘れてたのか、連合警備隊が支給している新しい煙草に火をつけながら、自分の左側の椅子を指し示し、ヘイデンにそこに座るように合図した。
ヘイデンは辺りをさりげにざっと周囲を見渡した。テーブルの反対側では、面識のない2人の龍人とリザートマンが背を丸めて話し込んでいる。
ヘイデンがここに来るのは、3度しかなかった。通常彼は建物の南の部分のカフェテリアで食事をする。そこは立入制限区域になっているため一般のカフェテリアから隔離されている。他の諸官庁からの訪問者達の検索好きな眼から逃れる事が出来る。
ノームのウェイターが近づいてきたが、ライアンが手を振って断り、テーブルの上のコーヒーポットからヘイデンのカップに注ぐ。
上衣の内ポケットからタイプで打った書類を2つ取りだして、1つをヘイデンに渡す。ヘイデンはその渡された書類をゆっくりと読むが、ライアンは首をゆっくりと左右に振る。その端整な貌はいつも変わることはない。冷淡さと熱意とが入り交じった奇妙な表情である。
「そちらはあとで読んでくれ」
ライアンはにべもなく言う。ヘイデンは言われた様に書類をポケットにしまい込んだ。
「 冒険者管理局長官極秘命令「103」の命令文書だ――――――場所はサラムコビナ地域のギャング組織の一つ」
ヘイデンは一瞬だけ驚いた表情を浮かべ、生唾を飲み込む。
「冒険者管理局長官極秘命令「103」」は、連合警備隊に所属する特殊能力者に対する極秘指令だ。
「「103」」の意味は、「殲滅」だ。
「ポートリシャス大陸連合警備隊特殊能力者管理保安部」の職務内容は、以前に少し紹介した。
以前紹介した職務の他に、この大陸の全ての特殊能力者の情報収集、資産(秘密任務に使える非連合警備隊職員の特殊能力者)の背後関係調査と採用許可に加え、連合警備隊保安条項の違反捜査、連合警備隊全特殊能力者職員の定期的再捜査、連合警備隊の管理下にある全ての支部、私設を護るという責任もある。そしてもう一つは――――――ギャング組織に対する特殊工作。
仕事の内用は、副長官の感知することではない。連合警備隊長官以外には、特殊能力者管理保安部の保安部長のライアン・クリステンセン、ヘイデン・ノヴァック保安調査課長、そして連合警備隊冒険者管理局保安部部長が報告義務を負っている。仕事内用は、ギャング組織に寝返った悪徳連合警備隊職員、ギャング組織の幹部とボスの処刑だ。処刑の実行部隊は、連合警備隊特殊能力者職員。
仕事の内用が内用だけに、身内の連合警備隊の全職員にも極秘である。
「召集メンバーは?」
「「劔使い」ベルナルド・ライアンズ、「銃使い」ラインヴァルト・カイナード、「爆弾使い」トール・クルーガ、「妖魔使い」クラウディア・ウォーレン、「古代魔術使い」エレーナ・カスバート
の五人、全員だ」
ライアンがもう一つの書類を渡す。そちらには実行メンバーの書類が入っている。
「助手を使っても良いですか?」
「きみの部下で一番優秀な職員を選ぶといい」
ヘイデンはしばらく思考して言う。
「それだと、リック・ギレンホールということになりますね」
ライアンは頷いて同意する。
「この件は、言うまでもないが極秘だ。準備も含めてかかりきりでやってくれ。途中経過の報告も頼むぞ」
ヘイデンが立ち上がって出ていこうとすると、ライアンが言葉を足した。
「「銃使い」ラインヴァルトの準備から始めた方がいいだろう。あの男はゲリラ戦が得意の傭兵上がりの職員だ。大多数の一般市民を巻き込む市街戦を実行する可能性がないとも言えない」
「女を与えれば問題ないですよ。特に美女を」
ヘイデンが答えた。