5話:「そんな問題じゃねぇよっ!!」
ポートリシャス大陸連合警備隊冒険者管理局サラムコビナ支部の飛龍離着陸場には、前線基地へと向かう人員輸送する飛龍、大量物資輸送する飛龍、そして前線基地から交代要員を乗せて帰還した飛龍の
姿がある。その付近には、誘導員係の職員が合図の旗を振って指示をしている。
前線基地から帰還した職員の半分の表情は疲れ切っているのがわかる。中にはよろめくように飛龍から下りている者もいる。
ラインヴァルトとベルナルドを乗せた飛龍は、サラムコビナ支部の飛龍離着陸場に近づいていた。
「サラムコビナ支部飛龍管制塔。こちらフォックス・ロード。着陸要請を要求する。繰り返す、
サラムコビナ支部飛龍管制塔。こちらフォックス・ロード。着陸要請を要求する。どうぞ」
人員輸送飛龍の騎手がヘルメットに仕込まれているマイクで応答する。
「(こちら・・・サラムコビナ支部飛龍管制塔・・・・着陸を許可する・・・誘導員の指示に従え・・」
雑音混じりの声がヘッドホンから聞こえてくる。
人員輸送飛龍は、サラムコビナ支部上空周辺を旋回してから、着陸場に降り立った。
他の職員らが五段の搭乗梯子を使って下りていくが、ラインヴァルトとベルナルドがまだ下りていない。
「ラインヴァルト、到着したぞ?。眼をさませ」
ベルナルドがラインヴァルトの身体を揺する。ラインヴァルトは熟睡しているのだろう。眼を覚まさない。気持ちよく寝ている。
「ラインヴァルト、寝過ぎだ。起きろ」
ベルナルドは再び身体を揺するが、起きそうにない。疲れ切っているのだろう。よく寝ている。
「それじゃあ、眼を覚まさないわよ、ラインヴァルトは」
ベルナルドは声が聞こえた方に向く。そこにはプラチナブロンドの髪とエメラルド・グリーンの瞳を持ったすっきりとした背の高い美人の女性職員がいた。
「―――む、フィーナか。そっちも帰還したのか」
「そこの色男に逢いたいためにね。ベルナルド」
妖艶な微笑を浮かべる。
「なら、俺はさっさと下りよう。恋人同士の秘事を覗く趣味はないからな」
ベルナルドは何かを察して、そう言う。
「悪いわね」
「気にはしていない」
ベルナルドはさっさと飛龍から下りていく。その様子を見送るとフィーナという女性職員は、
まるで猫のようなしなやかな動きでするりと、眼を覚まそうとしていないラインヴァルトの正面に回り込み膝をつく。ファスナーを開こうとしたやさき、ラインヴァルトが彼女の手首を掴む。
「フィーナのお嬢さんよ、あんたは、今ね、ナニをしようとしたのかな?」
不機嫌な声で尋ねるラインヴァルトが尋ねる。
「―――目覚めたの?、これから気持ち良く覚ましてあげようとしたのに。その前にあれだけ熟睡していたのに、良く眼を覚ましたわね」
「不審な気配を感じたからな。その前にしなくて良いっ。しなくてっ!!」
「大丈夫よ、食いちぎらないし、潰したりしないし。ラインヴァルトは、溜まったものを出せばいいだけよ」
「そんな問題じゃねぇよっ!!」
「これでも、テクニックはあるから。気に入るかはわからないけど」
「―――俺の話を聞いてくれないか」
「ヤリながらでも良い?」
ベルナルドはラインヴァルトが、人員輸送飛龍から下りてくるまで時間を潰すため、すぐ近くの物資運搬用飛龍へと向かう。そこでは大量の木箱に収納された物資類を飛龍へと乗せている。
その付近に、トールの姿を見かけてベルナルドが声を掛けた。トールもそれに気づき警備隊式の挙手の敬礼をする。
「これから前線基地に向かうのか?」
掠れた声で尋ねる。
「ええ、「179-14」迷宮、遺品回収課「指定最高危険地下迷宮」の地下9階ですよ・・・」
トールは深い溜息を吐く。
ポートリシャス大陸連合警備隊冒険者管理局では、管理している迷宮や遺跡に冒険者実績の低い冒険者パーティが足を踏み入れる事をできるだけ推奨しないようにしている。
迷宮や遺跡によっては、上級者の冒険者ですら命を落とす危険な場所も存在する為、冒険者管理局発行の駆け出し冒険者パーティ向けのガイドブックでは、ポートリシャス大陸各地域の遺跡や迷宮をランク付けし、「指定重要危険迷宮・遺跡」と指定された場所への駆け出し冒険者の足の踏み入れをなるべく制限している。
ただし「指定安全迷宮・遺跡」と認定された場所でも油断をすれば命を落とす事はある。、あくまでも駆け出し冒険者パーティにとってはある程度安全といったレベルの、比較論としてのランク付だ。
「指定重要危険迷宮・遺跡」に入ることは上級冒険者にとっても生命の危険を意味し、さらにその上の「指定最高危険迷宮・遺跡」に立ち入ることは、吟遊詩人の奏でる英雄譚に出てくる未知の魔物―――太古の飛龍や巨人、最も凶暴で、最も強く、最も狂った―――最強、最狂、最凶最悪の最上級の魔族、魔王、魔神、魔神王といった魔物との闘いを覚悟しなくてはならない。ごく限られた冒険者以外が立ち入って無事に脱出する事は不可能に近い。だが、それらの魔物と闘い勝利すれば、伝説の刀剣や防具、財宝が手に入る事も確かな事実だ。
―――連合警備隊冒険者管理局遺品回収課は、その様な場所にも遺品回収に向かわなくてはならない。
以前紹介した「冒険者条約」が決められているためにだ。
「指定最高危険迷宮・遺跡」や「指定重要危険迷宮・遺跡」に駆け出し冒険者足の踏み入れをなるべく制限しているのは、その遺品回収に支障きたす可能性があるからだ。1パーティ、2パーティならまだ回収範囲には入るが、それが10以上の駆け出し冒険者パーティとなれば・・・最上級の魔族を筆頭に太古の飛龍や巨人といった魔物が群れを作り、広大な遺跡や迷宮内を徘徊して回っている中を遺品回収に当たらなくてはならないし、それに連合警備隊冒険者管理局は、迷宮内や遺跡内での魔物との交戦は禁止している。
上層部の幹部の1人が「命を落とすのは自己責任だが、遺品類の回収するのは冒険者管理局だ。それに、凶悪な冒険者や一般市民による犯罪行為の取り締まりもしなくてはならない。「指定最高危険迷宮・遺跡」という生き残る可能性が低い所に、優秀な職員を大量に送り込む事は出来ない」
と言っている。ようするに優秀な職員を失いたくないらしいのだが、「冒険者条約」の前では、無力であることは確かだ。
「それは・・・ご愁傷様だな。トール」
ベルナルドが同情した表情を浮かべる。
「同情するなら変わってくださいよ」
「諦めてくれ。それは出来い相談だ」
トールはがっくりと肩を落としながら、大量の木箱を見て呟く。
「最後の頼みは、これらの武器と防具か」
大量の木箱の箱には女性子供が喜びそうな、可愛らしい猫と兎の画が描いた木箱が積んである。
一つは、王冠を頭に被り玉座に座った三毛猫の画が描かれた木箱と、リュックを背負いヘルメットを頭に被った灰色の兎の画の木箱だ。
王冠を頭に被った三毛猫の上には「トリオカ武器商店」というの文字が書いてある。
「む、その画は・・あの「トリオカ武器商店」の武器が入っているのか?」
少し驚いた表情をベルナルドを浮かべる。トールはにいっと笑みを浮かべながら木箱を指さす。
「極東の武器メーカー「トリオカ武器商店」製造、対魔族・巨人武器「シンデン」が入っているんですよ。というか、これぐらいの武器でも「指定最高危険地下迷宮」での回収作業は難しいですけどね」
「トリオカ武器商店」は、ポートリシャス大陸極東ヤマト王国を拠点に冒険者や連合警備隊極東本部に武器を提供販売している商店だ。大陸全土に販売ルートを持っているほどの大規模な商店ではないが、技術は非常に高く性能が良い武器を販売しているため、極東の冒険者や連合警備隊極東本部、はては、西のアルフレア大陸、北のヴァリアウィング大陸の冒険者からも評判が良い。だが、販売ルートが大規模ではないために、なかなか他大陸の冒険者や、ベルナルドやラインヴァルトのいる地域では、今現在、お目にかかることも手にすることも難しい状況であるが、近い将来には流通ルートが確保される予定である。
「トリオカ武器商店」製造、対魔族・巨人武器「シンデン」はポートリシャス大陸連合警備隊冒険者管理局が管理している「指定重要危険迷宮・遺跡」と「指定最高危険迷宮・遺跡」に棲息する中級魔族や巨人、魔神、魔神王と言った上級魔族に対する特殊固体ロケット兵器である。
発射する特殊魔術効果の砲弾が持つのと同じ運動量を持たせた物体や爆風を砲後部に放出することにより、作用反作用の法則を利用して、発射時の反動を軽減し、駐退復座機構や頑丈な砲架を省略した特殊固定ロケット兵器だが、「トリオカ武器商店」は、個人運用可能な肩担式の携行武器だ。
製造の簡単な個人用使い捨て武器とするため、製作陣が血の滲む努力で開発されたため、照準器に空けられた四角い穴を照門、穴から見える弾頭の頂点を照星とする簡素な構造となっている。照準器は安全装置を兼ねており、畳まれた状態から射撃位置に引き起こすことで撃発が可能になる。特殊魔術がかかっているため、追尾と推進力も備わっている。発射筒は使用後に遺棄される使い捨て特殊ロケット武器だが、「トリオカ武器商店」は再装填で約20回の発射が可能である。
飛龍の鱗よりも堅い巨人族の魔物や瞬間治癒能力を持つ中級魔族や上級魔族にそれなりにダメージを与えることは可能だ。
なお、現在、「トリオカ武器商店」は、西のアルフレア大陸、北のヴァリアウィング大陸の6つの大手の武器商店と共同制作作業で上級の魔族、魔王、魔神、魔神王を倒せる武器を幾つか死に者狂いで製造中である。すでにその一つの武器が試作品として完成したと言われているのが
「シンザン」という名前の対魔族・巨人武器だ。使い捨ての個人装備である「シンデン」のように、実戦経験の低い冒険者、特に力では戦士系には劣る魔術師系の冒険者でも使用できる兵器だ。
次は、「レンザン」という名前の対魔族・巨人武器だ。
照準用の雲母製透明小窓の付いた防盾が装着されて、1発射機に対して7発の特殊魔術効果付き追跡型ロケットだ。それには、地下迷宮用と遺跡用があり、これにあわせて調整できる照星も用意される。こちらの武器は、主に上級冒険者向けに販売予定されている。
武器製造技術の関係者いわく、「 「レンザン」が全大陸の市場で流通したとき―――英雄志願で命知らずな冒険者諸君よ、思う存分に、「指定最高危険迷宮・遺跡」で暴れ回るが良いっ!!」との事。
そして―――前人未踏の史上空前にして絶後の凄まじい破壊力のある対魔族・巨人武器―――「フガク」と
その後継武器「ストラト」だ。
こちらは、身長は1,850mmと従来の対魔人・巨人兵器にに比べて極端に長くなるらしく、砲身を前後で二つに分割し、分解と組み立ては素早く行えるように設計する兵器らしく、特殊魔術効果のかかった特殊固体ロケットに点火し飛翔させる。
「シンザン」 「レンザン」、「フガク」、「ストラト」の武器は、従来の単体の魔物にしかダメージを与えることしかできない武器ではなく、大多数の魔物の群れに大打撃を与える事が可能な武器だ。
関係者の1人は「失敗したら、この全大陸の武器製造技術がもっている経験技術をはるかに逸脱した無謀なプランだって言われるかも知れないが―――五年・・五年以内に試作品を製造し大量製造に踏み込む」
と言っている。以上の兵器は現在制作中なため、市場に出てくるのはもう少し先の話だ。
それと、以前に紹介した「ドラゴン・スレイヤー」を開発した武器ギルド関係者の言葉は、「指定重要危険迷宮・遺跡」と「指定最高危険迷宮・遺跡」に棲息する飛龍の事を指している。
さて、もう一つの木箱・・・リュックを背負いヘルメットを頭に被った灰色の兎の可愛らしい画の木箱には「シラトリ防具店」と書かれている。
「そっちは、「シラトリ防具店」か」
ベルナルドが信じられない物でも見たような表情を浮かべながら尋ねる。
「極東の防具メーカー「シラトリ防具商店」製造、連合警備隊冒険者管理局専用新型ボディーアーマー
「ハルナ」と「ユキカゼ」です。こっちの「ユキカゼ」は、我々特種能力者用のボディーアーマーらしいですよ」
トールは書類を見ながら穏やかに言う。
別名「シラトリ・マジック・アーマー鉄工所」と言われているメーカーである。
こちらの商店も、ポートリシャス大陸極東ヤマト王国を拠点だが、冒険者や連合警備隊極東本部に防具類を販売提供している。
「シラトリ・マジック・アーマー鉄工所」と言われるのは、頑丈な防具設計と魔物の対特殊能力と対魔術重視に代表される徹底した冒険者や警備隊職員の生命重視などを実現し、古代の飛龍や巨人、上級の魔族の攻撃を喰らっても破壊もされない所からきている。
「シラトリ防具店」も同じく、大陸全土に販売ルートを持っているほどの大規模な商店ではないが、
「シラトリ・マジック・アーマー鉄工所」と冒険者や連合警備隊職員から言われるほどの特種防具類を販売提供しているため、「トリオカ武器商店」と並んで人気が非常に評判が良い。
「シラトリ防具店」も、現在の防具レベルでは、古代の飛龍や巨人、上級の魔族の攻撃で約60%ぐらいまでしか軽減できていないため(それでも、この世界では高水準の守備力を持っている防具だ)、それを100%まで軽減できる防具を開発するべく、現在、西のアルフレア大陸、北のヴァリアウィングの30社の中小防具店と共同制作作業で、現時点で創り出せる事が出来る最強の防具を制作している。
「ムサシ」、「シナノ」、「キリシマ」と名付けた防具だ。
3種類とも、全ての特種能力攻撃を無効化、魔術攻撃の軽減、そして自然治癒能力を備えた防具らしいが、こちらもいまだ市場には出回っていない。
この2つのメーカー、「シラトリ防具商店」と「トリオカ武器商店」は、副業と言っていいのかわからないが、お年寄りや女性、子供に人気の和菓子類も販売している。
「トリオカ武器商店」は饅頭、「シラトリ防具商店」は和菓子。なぜそんなものを販売しているのか?
それはわからない。売っているものは売っているとしか言いようがない。防具や武器の利益より、こっちの方が利益があるとも言われているが・・・・。
「婚約者が「シラトリ防具商店」の和菓子が好みなんだ」
「俺の彼女は「トリオカ武器商店」の饅頭が好きなんですよ。一度食べたことあるんですけど、美味しいですよねぇ」
「今度、ラインヴァルトに極東のヤマトまで研修という名目で、買いに行ってもらおうか」
「待てこら、なんで極東まで俺が行かなきゃなんねぇんだっ!!、それと、武器や防具類があるのに、
なぜ和菓子類の会話になるんだ?、それにベルナルド、お前も起こせよっ!!」
2人の後ろから、ラインヴァルトの声が聞こえる。2人が振り返る。
「ラインヴァルト、もうヌイいてもらったのか?、それとも早く終えたのか?」
ベルナルドが、別の意味で驚いた表情を浮かべる。
「ラインヴァルトさん・・・帰還してさっそく女性職員と一発したんですか。どんだけ飢えているんですか・・・」
トールは感心というより、かなり呆れている。
「お前等、何でもかんでもナニの話に結びつけるなっ!!。それとヌイいてもらってないし、ヤッてもいないっ!!」
と怒鳴るように言うラインヴァルト。
「いつも、「男の価値は、女をどんだけ食い物にしたかで決まるもんだ」って言っているラインヴァルトが言ってもな。信用できない」
ベルナルドが言う。
「俺は、そんな台詞言った覚えはないぞっ!!、ベルナルド」
「え?、俺はラインヴァルトさんに、「連合警備隊では、実戦の数と経歴の数がものを言うんじゃないぞ。女とどれだけヤッたかで、価値が決まる」って言われましたよ」
「トールっ!!、それも言った覚えはないぞっ!!」
「どうやら中途半端に終わったから、イライラしているのか?」
「・・・・まだ続けて言うのか、お前は」
ラインヴァルトは、大きく息を吐く。
名前を考えるのが面倒なので、武器や防具の名前は、軍艦と爆撃機、そして戦闘機の名前にしました(笑)