2話:「戦友よ、お前はおれをそんなに犯罪者にしたいのか、え、おい?」
丸木造りのその酒場は、ポートリシャス大陸西部の田舎町の酒場をそっくりと移した構えだった。
酒場の名前は、「テフテフ」
ここの店長は、元連合警備隊職員上がりの経営者である。
店内は広いが、一般客の姿は一部しかいない。大半の客層は、――服装と身体の動きからして、命知らずで英雄志願の冒険者から犯罪に走った連中を取り締まっているポートリシャス大陸連合警備隊冒険者管理局の職員の姿が大半だ。女性の姿もあるが、こちらも職員だ。
人間の職員だけではない。ドワーフ、エルフ、ホビット、フェアリー、フェルパー、ラウルフ、そして混血種族もだ。店内に設置されている左側のビリヤード台でガムを噛み、ビールを飲みながら遊んでいるのがわかる。その職員達は、人間、エルフ、ホビット、ラウルフと言った人種がいる。エルフらしい職員が頭を抱えている。人間、ホビット、ラウルフの職員はニヤニヤと笑いながら、ビール瓶で勝利の乾杯をしている。どうやら、エルフの職員が賭けで負けたようだ
4人ほど座れる各テーブルでは、食事やポーカーなどで遊んでいる職員達の姿ももある。
あるテーブルでは、ポーカーゲームで勝ったリザードマンの職員が、ワービースト、ホビット、ハーフエルフの職員を見ながら陽気に笑っている。負けた職員はやってられるかっという表情を浮かべて、なにやら文句を言っている。
タバコやガム、酒類を積んだ棚を背にしている店長は、カウンター席の椅子に座っている不機嫌な表情を浮かべているベルナルドは、注文をしたチーズ入りのサンドウィッチが載った皿を受け取る。
「―――俺は「トリヤ」のステーキセットを食べたかったんだ」
不機嫌で掠れた声で言うベルナルド。
「だから、あそこは冒険者の溜まり場だ。俺等みたいな職員が堂々と行って見ろよ、白い眼でみられるというレベルじゃねぇぞ?、喧嘩売られる可能性があるぞ」
呆れた声で言うのは、ラインヴァルトだ。
「喧嘩売られるのは、お前だけだ」
「なんでだよ?」
「女性冒険者を手当たり次第襲うか、口説くかをしているからだ」
サンドウィッチを食べながらベルナルドは言う。「む、なかなか美味しいな。これは」とも言う。
「そんなことしているわけないだろっ!!、というか、そんなことしたら警備隊から追い出されるわっ」
ラインヴァルトは、大きな溜息を吐きながら、注文したミルクコーヒーを飲む。
「酒は飲まないのか?」
「飲めねぇ事知っているだろ?」
「女は手当たり次第に襲うのにか?」
「戦友よ、お前はおれをそんなに犯罪者にしたいのか、え、おい?」
「いやいや、十分犯罪者というか、山賊みたいな面構えですよ」
後ろから聞こえてきた声にラインヴァルトは振り返った。そこには、口髭を生やした褐色肌で黒髪の男性職員がいた。
「・・・・トール、お前もか。その前に、再会のあいさつも抜きでいきなりそんな事を言うのはどうかと思うぞ。それと、同じ数少ない「特殊能力」持ち同士、少しは気遣えっ!!」
何処か不機嫌な口調でラインヴァルトが褐色肌で黒髪の男性職員―――トールという名前なのだろう―――に告げる。
「いや、俺は「特殊能力」を持っていない。あれは一種の手品だ、タネも仕掛もないな。それと無事帰還したのか」
ベルナルドは掠れた声で尋ねる。もちろんサンドイッチは食べなからだ。
「ギャングの摘発は酷いもんですね・・・それと、、「特殊能力」なら、ベルナルドさんも「特殊能力」を持っているじゃないですか」
トールが穏やかな声で言うが、底冷えするような暗鬱な瞳だ―――ギャングの討伐うんぬんではなく、それ以外の修羅場を潜ってきたに違いない。だが、それは彼だけではなく、ポートリシャス大陸連合警備隊の全職員にも当てはまる事だ。特に連合警備隊冒険者管理局は凶悪な冒険者との闘いは、一つの終わり無き戦争だ。実際の戦場で、三度の食事を摂り、睡眠を摂るような感覚で合法的な闘いが出来るのはこの組織ぐらいだ。だが、勘違いしてもらいたくはないが、凶悪な冒険者には人権はないのかと言われれば、そんなことはない。黙秘権及び弁護士を雇う権利はある。凶暴凶悪な冒険者など皆殺しにしてしまえでは、到底駄目なのである。
この世界のギャングは、迷宮や遺跡などを探索するより、探索する者達を襲えば、簡単に金儲けできると気づいた凶暴かつ暴力的な冒険者が武装して団体になって、犯罪行為をする者達を指す。
主な活動内容は麻薬取引、暗殺、密輸、密造、共謀、恐喝及び強要など・・・。
魔術や剣術などが下手な犯罪者より優れ、頭の切れる冒険者が団体でかつ組織的に、ポートリシャス大陸の都市部や、凶暴な魔物が俳諧する迷宮や遺跡などで暗躍しているのだ。大きな団体となれば、「服従と沈黙の掟」が徹底して組織化し、下位組織を含めると総勢数万に及ぶ。摘発は不可能ではないが、
ただ、困難なだけだ。
職員のトールが摘発に関わったのは、その様な大きな集団ではない。構成員100人規模のギャング集団である。彼等がいるサラムコビナ地域で、確認されている数は、今現在20個ほど。その一つを準備に準備を重ねて摘発したのだろう。そこまで用心を重ねなくてはならない。構成員に鉛を叩き込んで死体にするには簡単だが、法の裁きを受けさせるために、生かして確保しなくてはならないのだ。
その摘発活動には各所属部所から、人員を集められるのがここでは基本である。
「どんなマジックだよっ!、それならお前こそ警備隊なんぞに入隊せずに手品師になれよ、手品師に!」
ラインヴァルトは、何を言ってやがるんだ、こいつは・・という表情を浮かべる。
「そうか、手品だったんだ、あれ・・・知りませんでしたよ」
トールは、初めて聞いたといった表情を浮かべる。
「・・・・摘発で疲れているのか。トール」
「ラインヴァルトは、女性とベットで修羅場を演じるのに疲れるんだったな」
「ベルナルド、お前は黙って飯を食え」
彼等が言っている「特殊能力」とは、魔術関係とはまた違うものである。
一種の召喚魔法みたいなものだが、これを悪用すれば由々しき事態になることは間違いない。
ポートリシャス大陸では、その「特殊能力」を持つ住民は、ほぼ全て「ポートリシャス連合警備隊特殊能力者管理保安部」が把握している。その人数が少数という事もあるために把握できるのだろう。
主な対策は、特殊能力者によるポートリシャス大陸でのテロリズム対策、防諜及び特殊能力者の監視データの分析を担当している。その少数の部類に入るこの3人は、たまたま連合警備隊に所属しているということだろう。
だが、ポートリシャス大陸以外の大陸、西のアルフレア大陸、北のヴァリアウィング大陸の「特殊能力」を持つ人種までは確認できてはいない。あくまでこの大陸だけの数だけしか把握していない。
連合警備隊の規定内に、大陸外活動の調査などは禁止されているためもある。
ラインヴァルトとベルナルドは、ご存知の「銃使い」と「劔使い」だ。
「銃使い」のラインヴァルトは、銃器を召喚させる事ができる。それもこの世界で流通している銃器類とは比べものにならない超高性能な銃器類だ。
「劔使い」のベルナルドは、刀剣類を召喚する事ができる。この世に製造された夥しいほどの刀剣類から、強力な魔物が隠し持っている刀剣類まで何でもござれだ。
その様な特殊能力者が犯罪に走ればどうなるか―――あまり考えたくはないが、その可能性が絶対ないとは言い切れないのがこの世界だ。そのために、「ポートリシャス連合警備隊特殊能力者管理保安部」なるものが存在するのだろう。日夜隠密に身内にも知られずに特殊能力者によるテロリズム対策、防諜及び特殊能力者の監視データの分析に励んでいるのだ。
「お前も信じるな。手品なわけないだろうが。あれが。こいつのあの能力が手品なら、俺の能力はどうなる?、お前の能力は?」
「うーん、花火ですかね」
とぼけた口調で言う、トール。
「・・・・全ての物質を爆弾に作り替える事が出来る、お前の能力が花火か。そうかそうか、花火ねぇ・・・んなわけないだろ」
ラインヴァルトは、何処か呆れた表情を浮かべる。
このトールという職員は、物質を爆弾に変える事が出来る特殊能力者のようだ。彼がその気になれば、街という街の建物などを爆弾に作り替えて、破壊活動が出来るということだろう。
「これからは、「花火屋」のトールって呼んでくださいよ、ベルナルドさん」
「わかった、俺のことは「手品師」のベルナルドとも呼んでくれ。こいつの事は、「女殺し」のラインヴァルトでも、「淫魔」のラインヴァルトでも呼んでやってくれ」
2人は、完全にラインヴァルトの会話をスルーするつもりのようだ。
「俺の話は無視かっ。その前にそんな言い方は認める事はできねぇぞ!!」
ラインヴァルトはミルクコーヒーを飲み干しながら言う。
「いつもいつも、女性職員や女性冒険者、はては歓楽街の売春婦を端から端までヤリまくって遊び狂っているのはだれなんでしょうかね、ラインヴァルトさん」
「トール、お前もそんなこと思っていたのか・・・・俺はそんなことは神に誓ってしていないっ、それに俺は、これでも教会に寄付とかしている人間なんだぞ!」
それを聞いていた近くの職員らが、全員驚愕の表情を浮かべた。
「何か信じられないものを聞いたような・・・」
ドワーフの職員が呻く。
「まさか教会のシスターも口説いているの!、あの人はっ!?」
ハーフエルフの女性職員が信じられない表情を浮かべる。
「連合警備隊の女性職員だけでは物足りないのか・・、あ、処女が良いのか、処女が」
ホビットの職員が何処か感心した表情を浮かべる。
それぞれの反応を知ったラインヴァルトは、その職員達を見ながらゆっくりと凄まじい笑みを浮かべる。
「あとで、訓練所に行かないか、そこの3人。ちょっと自主訓練に付き合ってくれ―――それと、トール、
ラインヴァルト、お前等もだ」
トールとラインヴァルトに視線を移した時、3人の職員は足音を立てずに立ち去っていく。
「俺は無理だ。婚約者に手紙を書いていないからな。それをしなくてはならない」
「自分も無理です。彼女とデートなんで」
トールとラインヴァルトはあっさりと拒否した。