12話: 「――――無理もねぇな。なんせ、こんなに裸の女が沢山いるんだ。答えにくい質問がやがて始まるだろうよ」
サラムコビナ地域フィルドライナ市郊外にある邸宅―――
その邸宅は外から見たところは少しもけばげはしさしはなく、並木道に沿って思い思いの住宅が並んでいる街の一角に収まり鉄の扉は開け放たれアスファルトの馬車道が中へと続き、前庭の芝生の側の花壇でホビットの庭師が1人ひっそりと花の手入れをしている。
様々な種類の並木が庭の景観を作りながら、建物を囲み街路から視野を遮えぎり、そしてさらに外周を特殊結界を施した鉄柵を囲って屋敷を外部から隔てている。
庭師のホビットはやけに辺りを注意を払いすぎており、そして庭師にしては若い。それに正面の入口に近すぎる場所にかまえている。おそらくそのホビットは庭師を装った見張り番だ。
邸宅のガレージ付近で歪みが発生した。ちりちりと焦げるような電流がその場に広がり、空間が陽炎のように揺れて弾けぶれるような残像が一つのドアを結像させる。
そのドアから出てきたのは、紅蓮色の長髪を一つに束ねた女性が姿を現す。鼻筋が通り切れ長な目元という繊細な顔立ちの左半分、左眼から頬にかけて無惨に引き攣らせた火傷痕を負っているクラウディア・ウォーレンが姿を現した。彼女は口元にヴァリアウィング大陸フライシュッ王国産の高級葉巻を咥え黒いサングラスを掛けている。服装も無個性のグレースーツ姿ではなく、特殊高度魔術が施された漆黒の野戦戦闘服を着込みその上から軍用トレンチコートを羽織っている。クラウディアの両手には、五芒星の魔法陣が書かれた白い手袋をつけている。
口に銜えていた高級葉巻を地面に落として、履いている軍用ブーツで揉み消す。紐も上まで締めており汚れてはおらず艶がある。
「標的組織の高級娼館を焼き払えとはどういう命令だ?、女のあたしに何て事をさせるつもりだ?」
クラウディアは、脇の入口から大きな邸宅に入り、不機嫌な表情を浮かべながらまっすぐクラブルームへと向かう。来訪を告げるチャイムのひもを引いてしばらく待つと背の高いエルフの女性が現れる。
燃えるような緑色の絹の細いスラックスをはいている。スラックスの横にはこの上なく効果的なスリットが走っている。美しい貌からとってつれたような笑顔が消えた。
「ちょ・・と!、いったい―――」
エルフの女は何か喚こうとするがクラウディアはサングラスを外して、左半分――――無惨に引き攣らせた火傷痕の左眼をエルフの女性の眼と合わせた。
「中にいる女達を外へ出せ」
クラウディアは、地の底から聞こえてくるような低い声で言う―――その声は明らかに命令口調でもある。
エルフの女性は一瞬、立ち眩みをしたかのように身体を蹌踉めかせ、クラウディアをゆっくりと見る。
エルフの女性の表情は何処か虚ろだ。
「これから火事になる。女達を全て外に出せっ、今すぐに!!」
クラウディアはエルフの女にさっさと出て行けという仕草をして、左手の掌を上に炎の固まりが回転して出現する。エルフの女は急いで階段を駆け上がっていく。
クラウディアはエルフの女に特殊な暗示を掛けたのだが、クラウディアの暗示は普通の暗示の力とは較べものにならないほど強力な物だ。普通の暗示の力では、睡眠不足や過労状態にあるとき特にかかりやすくなるほか、先天的気質によってもかかりやすい人とそうでない人がいるが、クラウディアの暗示は誰でもかかるし、他の者ではクラウディアの暗示は解ける事はできない。かけるのも解けるのもクラウディアだけである。その他にも特定の事項を忘れさせたり偽りの記憶を植えつけたりする暗示もかけることもクラウディアには出来るため、エルフの女に偽りの記憶を植えつける暗示も抜かりなくかけた。エルフの女性の記憶にはこの場に来たのは女ではなく、別のギャング組織の戦闘部隊が少数で押し掛けてきたという記憶しかないはずである。
「特殊魔術の補助魔法が施されている古い建物でも、火のまわりは早い」
クラウディアは独り言のように言うと詠唱呪文を唱えずに、左手の掌の上に炎の固を出現させその炎の固まりをカーテンの下の床に投げ込むと、一瞬にしてクラブルームは火の海となった。
普通の魔術師経験者などは詠唱呪文を唱えるのが常識なのだが、クラウディアは詠唱呪文を唱えずに一つの炎の固まりを出現させた―――その意味は、この世界の魔術師経験者の中で驚異的な魔術レベルの持ち主と言うことであるが――――――クラウディアの放った炎の威力は生半可な代物では無いことは確かである。
クラウディアは右手の指で左眼を少し擦すると再びサングラスをかけて、入った時と同じ戸口から抜け出してテレポート・ゲートへと向う。その途中でポケット型トランシーバーを取り出す。
「クラウディアから各メンバーへ、標的建物に第1波攻撃を仕掛けた。繰り返す、標的建物に第1波攻撃を仕掛けた。現在標的建物は延焼中だが、第2波攻撃必要あり」
そのポケット型トランシーバーからの連絡を受け反応したのは、標的の建物敷地内にある小高い築山で待機していたラインヴァルトだった。
ラインヴァルトは、頂上の地面で寝そべり、じっと監視態勢に入っていた。
女達が悲鳴をあげて走り回っているのが見える。ほとんど全ての女が裸に近い格好である。
ラインヴァルトはライフルのスコープをゆっくりと覗く。スコープの視野に燃える様な衣服を着込んでいるエルフの女性の姿が飛び込んで来た。ラインヴァルトは少しだけ口を歪めて笑った。
エルフの女はこれで連合警備隊に挙げられる事になるのだが、ラインヴァルトはエルフの女に同情はまったくしてはいない。そして古い建物はもはや燃え落ちようとしていた
「ご愁傷様だが、俺達のやっているのは戦争だ。面白くも楽しくもないけどよ」
独言のように呟く。
庭師を装ったあの若いホビットの見張り番が喚きながら女達の間をのろのろと歩いていた。ホビットの手には大型の拳銃が握られている。遠くの方で消防自動車のサイレンが聞こえ、ラインヴァルトは小さく息を吸い込む。次の瞬間、消防主任の車が馬馬車道を飛ぶように現れて、ざっと芝生を一回りして入り口のすぐ内側に車体を揺すりながら停車する。制服のノームの男が車から飛び出して、すぐ後ろから入ってきた梯子車に手を降り何ぞ指示を与える。
「消火活動なんかしなくてもいいぞ」
と呟きながら口元を歪めて凄まじい笑みを浮かべる。ホースが解かれる頃には標的の家は完全に焼け落ちていた。エルフの女と他の女達がトラックの廻りに集まっていた。消防士達は燃えている家よりも、女達ばかりに関心を示しているらしかった。ノームの消防主任はもう一台やって来た消防車を門の所で追い返し、自分は車に乗って建物のあった方へ向かった。
ラインヴァルトは先ほどまでの凄まじい笑みを浮べてはおらず、無表情で待機をした。
裸同然の女達が不安そうに動き出していく様子が見えた。裸足の女が1人馬馬車を外に向かって走り出していく。
「――――無理もねぇな。なんせ、こんなに裸の女が沢山いるんだ。答えにくい質問がやがて始まるだろうよ」
連合警備隊の車が一台現れて逃げようとする女を拾い上げて、芝生に固まっている女達に近寄って行った。エルフの女性は人間の警備隊員を相手に何か喋っているのが見える。ラインヴァルトはスコープで貌を調べると、エルフの女性は人間は明らかに顔見知りの間柄であるらしかった。エルフの女の言葉に人間の警備隊職員は笑いながらしきりに頷いていた。
消防士は燃え落ちた家を為すすべもなく眺めている。若い女たちのほとんどが芝生に腰を下ろしている。ノームの消防主任は連合警備隊パトロールカーに寄りかかって若い女達に見とれている。
一台の補助魔法を施した高級リムジンが門を入ってくると、習慣を破れないとでもいった様子で馬車道を途中で突起に前輪をかけて停まった。
ラインヴァルトはポケット型トランシーバーを取りだして連絡する。
「ラインヴァルトから各メンバーへ、標的が現れた。これより第二波攻撃を展開する。以上」
ラインヴァルトは連絡を終えると、すかさず車の中にいる標的にスコープを向けた。車内には4人いるようだ。補助魔法を施しているので安全だと思い込んでいるのだろうが、ラインヴァルトが召喚する全重火器類は超高度の補助魔法を施していようが安全ではない。召喚出来る数多の重火器類には特殊魔術魔道法儀が施され加工された弾丸を使用している。その弾丸は上級魔族類や上級飛龍類、この世界の地上や迷宮や遺跡などに棲息する全生物・この世界で現在使われている車両や航空兵器類を全て撃破する事が可能な弾丸である。その様な代物をラインヴァルトが製造したのか?、否――――召喚した時点でその様に施されているが、なんでそんな事がたがが1人の人間が扱うことができるのだろうかと疑問に思われるだろうが、ラインヴァルトが特殊能力者だからである。それ以上もそれ以下もない。
フロントシートの右側に座っているのは人間で、運転しているのはムークの様だが、後ろにいる2人はラインヴァルトの位置からは貌が見えないが――――――車が停まった瞬間、ラインヴァルトは車の両輪を撃ち抜き、そしてすかさずフロントガラスの2人の男の間辺りにもう一発撃ち込む。
さらに車の屋根に向けて引き金を引きながら、ラインヴァルトは、標的の1人、人間の男が驚愕と恐怖に満ちた貌がスコープの視野を横切るのを確認する。
後部ドアがぱっと開いて大柄のドワーフが転げ出てくる。ドワーフの男は血に染まったこめかみの辺りを押さえている。ラインヴァルトは罵り声を思わず上げる。ラインヴァルトの第二波攻撃の最初の強襲
では誰1人殺害もしないし怪我も負わせないさせない計画だった。
今回召喚した対獣人系の大型ライフルには消音器は装着していないため、音は芝生を越えて遠くまで大きく轟く。
警備隊職員が車から飛び出して燃えている建物に向かって走り出す。
付近にいる人の注意は全て燃え尽きようとしてなお盛んに燃えている建物に集中している。
対獣人系の大型ライフルを門の近くの車に向ける。運転しているムークの男はひしゃげたタイヤのまま車を動かそうと焦っている。ラインヴァルトはボンネットの上に標的を想定する。その下にはキャプレターがあるはずなので、そこに素早く2発撃ち込むと車はたちまち動かなくなった。
ボンネットのフードが大きく跳ね上がり、ねじ曲がって隙を残して閉じる。
車のドアが一斉に開き、弾かれた様に車内にいた男達が転がり出た。彼等は数メートル離れた木陰を目指して走った。ラインヴァルトはそれを待っていた。対獣人系の大型ライフルの銃弾を人間の男の足に撃ち込んで銃口をさっさと連合警備隊パトロールカーに向けた。連合警備隊職員はホルスターから銃を抜き出すと、燃えている車に向かって駆けていく。
火事場の混乱がラインヴァルトにとって非常に有利であったことは言うまでもない。
銃弾と築山とを結びつけて考える者は誰もいないようだが油断は出来ないため、ラインヴァルトはこの混乱を利用出来る限りは利用する事にした。ラインヴァルトはパトロールカーに2発撃ち込んでパンクさせた。たちまち女達が飛び出し恐怖に駆られて逃げ出す。その間に消防主任の車の2つの車輪が平らになっていた。ラインヴァルトは立ち上がり築山をもと来た方に滑り下りていく。たった今使用しいていた。
対獣人系大型ライフルは姿形もない。まるで煙の様に消えている。ポケット型トランシーバーを取り出すとラインヴァルトは連絡をする。
「ラインヴァルトから各メンバーへ、第二波攻撃を終了した。繰り返す、第二波攻撃を終了した。これより別の戦域へと移動する。通信終わり」
柵の付近に構築されているテレポート・トンネルへと向かっていく。
サラムコビナ地域のオーリンズ市内にある金融会社付近――――
ラインヴァルトとクラウディアがフィルドライナ市郊外にある邸宅を襲撃しているほぼ同時刻、
金融会社の入口から油をつけぬ黒髪がゆるやかにウエーブして荒下刷りながら彫りは深く、高級な背広を着込んだ長身の男性が来店し、ぴったりとドアを閉め鍵を閉めてブラインドをしめた。
受付のホビットの女が驚いて貌を上げた。
その長身の男性は、魔道変装装身具「モノマネ」で変装を施したベルナルドである。
今現在ベルナルドは、誰が見てもいかにもギャング組織の一員にしか見えないため、誰も見破る事は
出来ないだろう。
ベルナルドは、プラスチックのカードに名前を彫った身分証明書を受付のホビットの女の目の前に突き付けた。
プラスチックのカードはヘイデンが用意したギャング組織の一員であることの身分証明書である。
巧妙に偽造した身分証明書なため、ギャング組織がその人物を捜し出そうとしても無理だろう。
なにせ本物の人物はすでにこの世にはいない。すでに始末されている。
「今日はこれで閉店だ」
ベルナルドはいつもの掠れた声ではなく、野太い声で言い放つ。恐らく声の口調も変えれるのだろう。
ベルナルドは、商談用の木とプラスチックで囲ったスペースの奥の閉じたドアに眼を走らせる。
「中に誰かいるのか?」
ベルナルドは気短に尋ねる。
「あの・・・トーマスさん1人ですけど」
ホビットの女はどもりながら答える。
金網の仕切の裏からドワーフの女が貌を出した。ベルナルドはすぐにドワーフの女の方に向かって尋ねる。
「君がここの出納係だな?」
「はい・・・そうです」
ベルナルドの身体から発する凄まじい鬼気迫る雰囲気にドワーフの女は、すくみ上がって答える。
「今日の集計は終わったのか?」
「はい、丁度済んだ所です」
ドワーフの女は頷いて答える。
ベルナルドは仕切の中へ入り込んでいた。
「帳簿類を前部まとめて現金と一緒にトーマスのオフィスへ運びな。全てな」
ベルナルドは受付のホビットの女を椅子から丁重に引き起こし、そっと奥のオフィスの方へ背中を押した。
「中に行ってトーマスに抜き打ちの監査だから帳簿を全部揃えるように言ってくれ!!。全部デスクの上に出しておくようにな?」
ベルナルドは出納係の仕切を揺すって怒鳴る。
「入れてくれ、手を貸そう」
受付のホビットの女はきっとして振り返り尋ねてくる。
「あの・・・わたし、貴方のお名前を忘れてしまったんてすけど・・・・」
「セルジオ・フレンキの所の者だって言えはいい。さあ、早く!!、ぐすぐすしている暇はないんだっ!!」
ベルナルドは鋭く言う。実際ベルナルドにとって余裕はない。この襲撃工作にはあまり時間をかけるわけにはいかない事情がある。なにせ、このほぼ同時刻にラインヴァルトとクラウディアがフィルドライナ市郊外にある邸宅を襲撃をしているはずだからである。少しでももたつく事があれば、この襲撃工作の失敗する確率が跳ね上がる。
「(・・・・襲撃というより強盗だな。)」