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第八話 クッキー大作戦

 キュラーヴァとともに私はまず彼女と仲の良い女騎士様の元へと向かいます。彼女からだんだんと仲良くしていけばいいだろうとの提案だったので、私もそれに賛同しました。

 騎士様はレーナと言う名前らしく、武道場にいらっしゃるということでした。武道場はちょっと近寄りがたいといいますか、まさかとは思いますがお妃さまがいらっしゃるということはないでしょうか……。あの時の様に勝負を挑まれては、私はどうしていいかわからなくなります。


「おーい、レーナ。って王妃様も!」


 いてしまいました。どうやら稽古をして汗を流していたようです。幸いなのは御傍にポーラ様もいらっしゃることでしょうか。三人は私たちの元へと歩み寄ってきます。私は思わず顔をこわばらせてしまいました。笑顔、笑顔。


「これは奇遇ですね、エレナ。勝負をする気になりましたか?」

「王妃様、なんでも腕に物を言わせようとするのは悪癖ですよ。自重なさってください」

「むう……ポーラがそういうのであれば仕方ありませんね。それで、何の用ですか?」

「私たちが用事のあったのはレーナなんですけれども……」

「……わたしか?」


 レーナ殿は物静かな方な様で口数も少なく私に挨拶をしてくださいました。茶色の髪を無造作に結って、筋肉質な体がとても印象的でした。騎士と言うからには相当鍛えてらっしゃるのでしょう。

 キュラーヴァは私の背中を押してきます。ここからが私の出番ですね。頑張らないと。


「あの、日々お仕事お疲れ様です。クッキーを焼いてきましたので、よければ一つ」

「クッキー……」


 レーナ殿は無表情のままお妃さまのほうを見つめます。お妃さまは肩をすくめつつ、うなずきました。


「では……一つ……」


 ゆっくりとレーナ殿はクッキーをかじります。サクサクと食べ、そのまま残りの欠片も食べてしまわれました。私はドキドキと反応を待ちますが、レーナ殿の表情が少しだけ綻んだように見えました。


「うん……美味しいです……ありがとうございます」


 レーナ殿は私にお辞儀をしてくださいました。私は嬉しさのあまり飛び上がりそうになるのを抑えつつ、お花を渡しながら次の言葉を出します。


「いつもこの国を守ってくださり、ありがとうございます。私にはこんなことしかできませんが……頑張ってくださいね」

「はい……この名に誓って……」


 レーナ殿は臣下の礼をしてくださいました。私もそれに応えるように深々とお辞儀をします。よかった、うまく行ったようです。

 そんなところにお妃さまが私の傍まで歩み寄ってきました。え、どうかしたのでしょうか。


「そんなに美味しいのですか、では私も一つ……」

「王妃様? つい先日ドレスがきつくなったと聞きましたが?」

「あ、いやその……それは筋肉がついたからであって」

「ではこのような稽古も必要ありませんね。公務にもどりましょう」

「あー!」


 ポーラ様は悲鳴を上げているお妃さまをお連れになってそのまま武道場を後にしていきました。私は唖然としていましたが、レーナ殿とキュラーヴァは慣れてらっしゃるのかあきれた様子でした。


「いつもあんな感じなのよね、あの二人」

「……王妃様も……愉快な方……」

「それ、本人の前で言わない方がいいよ」


 いや、多分どこでも言わない方がいいと思うのですが……とりあえず聞かなかったことにしました。

 そしてキュラーヴァと私は王宮を廻っていきました。メイドの方や執事の方、兵士の方とお菓子をふるまっていくと、緊張がほぐれた様子で私とお話ししてくださった人もいれば、受け取るだけ受け取ってその場を去っていく方もいました。


 しかし、それでよいと思います。


 すべてがすべてこの一度で解消するはずもないのですから。こういったのは時間をかけていくのが良いと思いました。少しずつ理解を深めていければいいと思うのです。


「クッキー美味しいです! 甘くて、でも甘すぎなくて食べ心地もよいです!」

「それはよかった……一生懸命作った甲斐がありました」

「何をしているのです?」


 と、掃除をしていたメイドの方々にクッキーをふるまっていたら、奥から厳格な声が帰庫てきました。妙齢の女性で、他の方と同じメイド服を着ていますが、いかにも厳しそうな目つきをなさっています。


「この人がメイド長のサーニャ殿ですよ。多分一番厳しい方です」


 そう小さな声でキュラーヴァは教えてくださいました。教育係の方よりも鋭い目つきでこちらをにらみ、そのままメイドの方々を向きます。


「貴方たち、休憩している暇があるならば床の一つでも拭きなさい。ほら、ここがまだ汚れているではありませんか! 何をしているのですか!」

「も、申し訳ございません」

「でもエレナ様に……」


 そう、私が悪いのです。だからこそ、私が真っ先に謝罪しなければならないでしょう。私はお辞儀をして、シャンと背筋を伸ばしメイド長と対峙します。怖い、とも思いますが、ここで負けてはいけません。


「私がクッキーを焼いたものですから、皆様に味見をしていただいたのです」

「味見? ああ、他のメイドも申していましたが、クッキーひとつで丸め込もうとするとは浅ましい考えをお持ちの様で」

「……浅ましい考え、ですか?」

「ええ、そうでしょう? たかがクッキー一つで認められようなどと、さすがは子爵の娘、考えていることが安直と申しますか。あら、失礼、私としたら思わず口を滑らせてしまいましたわ」


 私はしり込みしそうになるのを必死に抑え、感情に任せた反論も控えました。ただ一つ、言いたかったことがあります。


「たかがクッキー、されどクッキーです。私は皆さまのお力になれたらと思い、一つ一つ気持ちを込めて作り上げました。メイド長殿も、一つお食べください。もし気持ちがこもっていなければ、捨てても構いません」


 拙い言葉かもしれません。こんなこと、「まずい」と言ってしまえば終わりなのかもしれません。でも私は認めさせたかった。


「なぜ私があなたのクッキーを食べなければならないのです?」

「おや、怖いのですか?」


 と、したり顔でキュラーヴァが援護をしてくださいました。その言葉にはさすがにメイド長殿も顔をしかめてきます。そして仕方がないという風にバスケットからクッキーを一つ奪い取るように取ると、それを食べて……すぐに吐き出しました。


「まずい、何ですかこの甘ったるい味は。それに食感も最悪。これならば子供の焼いたものの方がマシというものです」

「そうですか……では、本当のクッキーがどういうものか、教えてくださいませんか?」

「は?」

「メイド長ともあろう方であれば、クッキーを焼くことなど造作もないことでしょう。どうぞ浅ましい私に、教えてもらえませんか?」

「なぜ、私がそんなことを……」

「それは私も気になるな」


 突然背後からジェイク様のお声が聞こえてきました。私が振り返ってみると、彼は笑顔を見せていましたが、その中には怒りが含まれているようにも思えました


「ジェ、ジェイク王子……」

「どれ、私も一つ」


 ジェイク様はバスケットのクッキーを一つ食べ、うん、とうなずきました。


「確かに甘い。だが、優しい甘さだ。決して甘すぎることはなく、口触りもよい。クッキーとはかくあるべきと私は思うのだが、メイド長はそう思わなかったのか?」

「いや、その……」


 明らかに慌てておられます。ジェイク様はコツ、コツと足音を立てて、メイド長に詰め寄ります。


「ならば、私の舌が悪いと言う事になるが……。どうしたものかな?」

「し、失礼いたします! 申し訳ございませんでした!」


 と逃げ出そうとするメイド長の腕をジェイク様がお掴みになられます。その表情に怒りがはっきりと込められていました。


「誰の命令だ。誰の命令でエレナを陥れようとしている」

「そ、それは……」

「なーんて、そんなわけはないな。仕事があるのだろう? さっさと戻れ」

「し、失礼いたしました!」


 メイド長はそそくさとその場を後にしていきました。メイド長が何者かの命令を受けてこのような態度を取ってらっしゃる……? 私には理解が追い付きませんでした。


「まったく……メイド長を変えることも進言するか。君たちも申し訳なかったね」

「い、いえ!」

「私たちも仕事に戻ります! クッキーありがとうございました!」


 その場にいたメイドの方々も散り散りになっていきます。私とキュラーヴァ、そしてジェイク様の三人となったところで彼は大きくため息をつき、うなだれました。


「まったく、大体は想像がついているけれど……。まあでもエレナの強い部分が見られてよかった」

「え?」

「メイド長に恐れず立ち向かっただろう? 少し見ていたんだ」

「そんな、私は……」

「いや、かっこよかったですよ、エレナ様! もっと胸張って!」


 二人に褒められると恥ずかしくなってしまいます。思わず顔を隠してしまいました。


「おや、恥ずかしがっているのかな? どんな顔をしているのかなー?」

「見せません! ジェイクの意地悪!」

「ははは、そうまで言われては仕方がない。そうだ、今度は私とデートと行かないか?」


 デート? とは?


「お忍びで王都へ行くのだ。しばらくはメイド長も動けないだろうしな。願ってもいないチャンスだ」


 ジェイク様の一言に、私は唖然としてしまいました。まさか、二人きりでデートだなんて……。


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