第七話 王宮での生活
王宮で過ごして一週間が経ちました。実家で過ごしていた時よりもとても緊張しており、また王宮で過ごすものとしての教育を受けているため、とても疲れてしまいます。
それでも私はジェイク様に相応しい女性になると誓ったのですから、それで膝をついてしまっては元も子もなくなります。だから私は負けないと決め、どんなに厳しい教育を受けようともどれだけ厳しい言葉を受けようとも何度も頑張りました。猫背だけはちょっと治らないのですが、なんとかピンと背を伸ばす様にしています。それが自信にもつながると教えていただけたので。
しかし、少し今悩んでいることがあります。それは使用人の方との関係が良くないことです。皆さん私をどう扱っていいのかわからないようで、距離を取られている気がします。中には明らかに不快感を示してくる方もいらっしゃいました。
皆さんと仲良くするにはどうしたらいいのでしょう。せめて距離を縮めることができればと思うのですが。
ここでジェイク様の力をお借りして解決するのは簡単です。しかし、それでは根本的な解決になりません。私自身が動かないといけないと。
客室にあてがわれた私の部屋で、一人机に向かってうんうん唸ってみせますがやはり何も浮かびません。どうしたらいいのでしょうか……。
「こうして机に向かって唸っても仕方がありませんよね……実際に不満を聞いてみたいものですが、それを簡単に打ち明けてくださるわけではありませんし……」
私自身が訊ねてもはぐらかされるだけでしょう……。誰かを仲介したいところですが、こればかりは仕方がありません。そんな人が都合よく表れるわけではないのですから。
とはいえ、そういった方を作るのは必要かもしれません。まずはジェイク様に親しい方を探すのが良いでしょうか。私はひとまずジェイク様に会いに行きました。今のお時間でしたらお部屋にいらっしゃるはずですが……。
「む」
と、私と同時に部屋に訪れた方がいらっしゃいました。ここ最近は見かけていらっしゃらない方ですが……鎧を着てらっしゃいますが、女性のようです。私は恭しくお辞儀をして挨拶をしました。女性の方もお辞儀を返してくださいます。
「その身長の高さ……」
「あ……」
私は思わずたじろいでしまいます。しかし女性の方は目を輝かせて私の手を取りました。
「素晴らしい! あの、私はジェイク様の近衛兵キュラーヴァと申します! その、どうしたらそのような体になれるのでしょうか!?」
「え、ええ!? その、私はその……」
「どうしたんだ、私の部屋の前で」
扉が開き、ジェイク様が中から怪訝そうな表情で顔を出してきました。私とキュラーヴァ様は驚いてすぐに挨拶をします。
そして中に入った後、ジェイク様は大きな声で笑いました。私もキュラーヴァ様も恥ずかしくて顔を赤らめていました。
「キュラーヴァは女性で唯一私の近衛兵を務めている強者だ。少しだけ身長に悩みを持つんだよな」
「それを言わないでください、殿下! 私はまだまだ成長期です!」
確かにキュラーヴァ様の身長は女性の平均のそれです。近衛兵としては小さいのではないでしょうか。とはいえ、そのぐらいが可愛らしいと思うのですが。
「しかし、任務で離れていたとはいえまさか殿下が婚約者をお連れになられるとは……」
「私の昔からの思い人だよ。だからすぐにお連れしたいと思っていたのだ。遅くなってしまったのは本当に申し訳なかったのだけれど……」
「素敵じゃないですか! 私は殿下を応援しております。それに……」
そう言ってキュラーヴァ様は私のことを見つめます。むふん、と言った何か含みのある笑みを浮かべて、じっと見つめてらっしゃいます。どういうことなのでしょうか。再びたじろいでしまいます。
「こんな美人さんでしたら、私だってにゃんにゃんしたいですよ!」
「え」
「あ、勘違いされないでください。私はただ『可愛い女性』と『仲良くなりたい』だけなんですから」
「は、はぁ」
びっくりしました。なんかいろいろとびっくりしました。恐ろしいことを仰ったような気がして、にゃんにゃんという言葉の意味は分かりませんが、あまり深堀しないほうがよいと思いました。
しかし、仲良くされたいというのであれば私としては嬉しいことです。
「キュラーヴァ様、よければ仲良くしてください」
「ええ、もちろん、奥様! よければ私のことはキュラーヴァとお呼びくださいませ」
「わかりました。私のこともエレナとお呼びください」
「よかったな、エレナ! 実は心配していたんだ、使用人たちがお前を避けているようにも見えたからな……。こうして仲良くしてもらえると私もうれしいんだ」
ああ、ジェイク様にもわかってらっしゃったのですね……これは情けない限りです。ご心配をおかけする前になんとかするべきだったのですが……。
「エレナ、何かあれば私やキュラーヴァを頼るといい。何でも自分で抱え込まないようにしてくれよ」
ジェイク様は苦笑してそう言いました。私は俯いて考え込みます。そしてつぶやきました。
「私は自分一人でどうにかしようと考えていました。ジェイク様のお力を借りて解決するのは容易いこと……ならば、私一人でも解決できるようにならなければと」
「しかし、婚約者として頼ってもらえないのは……」
「はい。そう思いなおしました。これからもよろしくお願いいたします、ジェイク様、キュラーヴァ」
ジェイク様もうなずき、キュラーヴァもドンと胸を叩きました。私はふふっと笑みを浮かべました。
「そう、その笑顔が似合っているぞ、エレナ!」
ジェイク様もぱあっと笑顔を見せてくださいました。その笑顔が私にはまぶしくて、大好きでたまらないのです。
「しかし、どうにかして使用人たちからの評価を上げなければ、エレナも居心地が悪いだろう。どうしたものか。エレナの言う通り、私が言えば一時的には解決するかもしれないけれど、それは根本的な解決にはならない」
「そこはこのキュラーヴァにお任せあれ! 私を介して、使用人たちの評価を変えてみせます!」
とても頼もしいです。すごい自信で羨ましいです。私もこれぐらいの自信を身に付けなければなりませんね。
「そのためにはエレナ様のお力が必要です。何か得意なことはありませんか?」
「得意なこと……ええっと、恥ずかしながらダンスとか運動は苦手で……家事やお花のお世話とか、そう言ったことは得意ではあるのですが」
「そういえばエレナの作るクッキーは、本当に美味しかったな。なんというか王都の一流菓子屋のものでも食べているかのようだった」
そんな喜ばれていたなんて初めて聞きました。私のクッキーがそんなに美味しいとは思いもしませんでしたが、それならば自信をもっても良い気がしました。
「では、お花を摘み、クッキーを作りましょう。あ、そのままの意味ですよ? それを皆にプレゼントするんです。ただし、仲良くするという意味ではなく、労りの意味でです。上下関係はしっかりとしないといけませんからね」
「では、二人の頑張りを私はここで見守ることにしよう」
「はい、殿下はこちらでお待ちを。では
キュラーヴァはそう言って、私を連れていきました。ともかく、やれることはやってみないとわかりません。私はそう思い、庭園のお花を摘みに行き、厨房をお借りしてクッキーを作ることにしました。一つ一つ丹精を込めて、おいしくなるように焼き上げます。
うん、いい焼き加減ですし、ジェイク様のお言葉もあってか一層美味しそうに見えます。キュラーヴァに一つ味見をしてもらうと、驚いたような表情を浮かべました。
「これ、本当においしいですよ。なんというか……すいません、語彙が足りなくて表現できないのですが。びっくりしました」
「そ、それほどでしたか」
「それほどです。自信を持ちましょう。これならば貴族のお茶会でもお出ししていいぐらいでしょう」
そこまで褒められると嬉しいのですが、恥ずかしいですね……。
ともかく、うまく行くか。ここからが勝負となります。