第四話 王宮での出会い
目が覚めると、ふわふわとした寝心地のベッドに寝ていることに気づきました。しかし私の体には少し小さいのか、足ははみ出してしまっています。
そうでした。私は王宮に招待され、王様と謁見をしたのでした。遅い時間だったのと緊張からの疲れのため、案内もそこそこにそのまま倒れこむように眠ってしまったのを思い出しました。今考えれば、はしたない行為だったと思います。
しかし、永遠の愛を誓われ、私は私でジェイク様に相応しい女になってみせますと活きこんでみたのは良いのですが、ジェイク様に相応しい人というのはどういう人なのでしょうか。今の私にはわかりません。ともかく、これから受けるであろう教育をこなしていくしかないのでしょうが……それでジェイク様に相応しい人になれるのでしょうか。
わかりません、わかりませんが、行動するしかありません。私はベッドから起き上がり、寝間着から着替えようと思いました。しかし、その前に目の前にある姿見の鏡が気になりました。
今の私はどういう顔をしているのでしょう。姿見の前に立ってみましたが、やはり大きさから言って首のあたりで切れてしまいます。私は少しかがんでみました。
すると、私の顔が映し出されます。男装とちぐはぐにならないよう短く整えられた茶色の髪に、自信の無さげな藍色の瞳。女性的な顔立ちではあるものの、男装すれば男性にも見えるような中性寄りのもの。これが私の顔なのだと、はっきりと映し出されます。
これが今の私。今の自信のない私。でも、それでもいいと思えるようになりました。
ここからが始まりなのだと。
「エレナ、起きているか?」
と、ドアがノックされました。ドアの向こうから聞こえるのはジェイク様の声でした。私は慌てて返事をします。
「お、起きております! 今寝間着なので……」
「そうか! それはちょうどいい!」
ちょうどいい? どういうことなのでしょう? 私が困惑していると、ドアが勝手に開いてしまいました。鍵がかかってなかったのでしょうか……? しかし、入ってきたのはメイドと仕立屋のような方。どちらも女性の方でした。ジェイク様はドアの向こうで待っておられるようです。
「失礼いたします。ひとまずお服のほうの寸法を直すのと、こちらの王宮の仕立屋があなたのドレスを作ります。なので、寸法を計らせていただきます」
なるほど、それは確かに必要なことなのかもしれません。私はドレス一着でやってきたのですから、着替えがありません。いつまでもあの格好をするのはあまりに不潔でしょう。そう考えると、男装の格好でもとりあえず持ってきたほうがよかったでしょうか……?
そう考えている間にも寸法が測られていきます。私は自分の身長などが知られてしまうのが恥ずかしかったですが、ここは我慢です。
「終わりました。しばらく寝間着でお過ごしください。失礼いたします」
寸法を終えた二人は少しため息をついてこの部屋から出ていきました。やはり、この体型に合わせるのは大変なのでしょうね……。私は少しの申し訳なさと、それでも王宮の仕立屋の仕事というものに期待感を募らせてしまいました。
「じゃあ、また来るよ、少し待っていて、エレナ」
そう言ってジェイク様も立ち去っていく音が聞こえてきました。しばらく一人でいる時間はなんとなく考えをまとめるのにもよかったですが、それ以上に寂しさや不安な気もしてしまいます。特に大きかったのは不安でした。
◆
しばらくして、再びドアがノックされました。今度は仕立屋がいなくて、使用人の方が服を用意してくださったみたいです。私はさっそく着させてもらうと、それは薄茶色のブラウスとそれに合わせた紺色の二段スカートでした。
「二段スカートにしたのは、長さがどうしても調整できなかったためです。二つのスカートを縫い合わせることで処置いたしました」
「ありがとうございます。とても素敵です」
「……いいえ、とんでもございません。では」
使用人の方は無表情のまま簡単にお辞儀をするとその場から離れていきました。やはりお忙しいのでしょう。お時間を割いてくださりありがとうございます、と心の中でお礼を言いながら、私はお辞儀をしました。
使用人の方と入れ違いで、今度はジェイク様が入ってきました。ジェイク様は私の周りをくるくると回って見渡してきます。な、なんだか恥ずかしい気もします。顔が火照っているのが自分でもわかりました。
「うん、少し地味だけれどいいだろう! これぐらいはしてもらわないとね」
「私は地味なほうが好きです」
私が恥ずかしながらそう言うと、ジェイク様は目を見開いて喜びながら言いました。
「そうか! じゃあ尚更いいな! しかし、こんな美しい姫を婚約破棄してしまうなんて、本当にリードオールは見る目がないな?」
「そんなことを仰ってはいけません。あの人はあの人の真実の愛という者を見付けたそうですから……」
「そうなのか。まあいい」
ジェイク様は少し不機嫌そうにしておられますが、そんなお顔もかわいらしく思います。私のために仰ってくださったのでしょう。私は心の中でありがとうございます、とお礼を申し上げました。
「それでは、今日は王宮の中を案内しよう! 王宮は私の庭のようなものだからな、どこでも連れていけるぞ!」
ジェイク様はそう言って胸を張られます。すごい自信です。私も思わず笑みを浮かべてしまいました。するとジェイク様は私の手を引っ張って外に連れ出そうとします。
「まずはこっちだ!」
あわわ、そんなに急がなくても。でも嬉しそうな表情のジェイク様を見ているとこちらも嬉しくなってしまいます。
ジェイク様はまず王宮の中を案内してくださいました。王宮にはどこも見たことのない装飾や美しいシャンデリアが見受けられました。赤いカーペットも踏み心地がよく、あたりは良く清掃されているのがわかるほどピカピカに光っていました。王宮では当たり前のことなのでしょうが、私には驚きの連続でした。
「どうだ、ヴァルロード公爵家とは違うだろう?」
「ええ……なんというかその……すごいです」
「誇るわけではないが、やはり王家となればこのぐらいのものは当然用意しなければいけないんだ。私にとってはちょっと息苦しいがな!」
「息苦しいのですか?」
「うむ。やはり市井のものと遊ぶ方が楽だ」
「ええ、ということは……」
と私が言いかけたところでジェイク様に軽く口をふさがれました。背伸びをしている姿がなんとも愛らしいですが、それはさておいて。前から一人の女性とお付きの方が現れました。女性はきりっとした妙齢の方で、その雰囲気から威厳がひしひしと感じられます。私は咄嗟に跪きました。
「なんだ、この娘は」
「母上、こちらは私の嫁のエレナ・アヴェレーナです。ほら、エレナも立ち上がって挨拶してよ」
「いえ、しかし……」
「構わない。面を上げよ」
尊厳のある言葉遣いで私に声を掛けてこられました。私は覚悟を決めて立ち上がり、しかし縮こまりながら頭を下げます。
「アヴェレーナ子爵の娘、エ、エレナと申します。ジェイク様のお母上様にお会いできて光栄です!」
「……ふむ、噂の巨女令嬢とはそなたのことだったか」
遠慮のないジェイク様のお母上様のお言葉に、私はちくりと心に刺さるものがありました。それでも私は表情を変えないことを努めました。
「こんなことを言われて悔しくないのか? よっぽど根性が捻じ曲がっていると思える」
「あ、いや……その」
「母上、そのようなことはありません。エレナは優しい人なのです」
「いいや、その表情はただ悔しいことを言われてもなお言い返せないという表れだ。……どれ」
お母上様の次の一言は生涯忘れないことだったでしょう。あまりにも衝撃的すぎて、そして突然すぎて。私は一生の思い出となったと思います。
「私、アレヴェスが鍛え直してやる。武道場へとくるがよい」
「え、えええ!?」
まさかお妃さまに武道場などと言う場所へ連れていかれそうになるなどと、誰が想像したでしょうか。




