第三話 王都へ
「さっそく準備をして。私と一緒に王宮へ来てほしいんだ」
今でもまだ私は今の状況が現実のことなのかわかりませんでした。
まるで夢でも見ているのかのような気分でしたが、私が慌てて部屋に戻ろうとしてドアに激突した時に痛みがあったので夢ではないのでしょう。鼻が引っ込んでしまうような痛さでした。……本当に痛い。
「大丈夫かい、エレナ。気を付けないと」
ああ、ジェイク様は本当に心配してくださっています。
こんなこと、リードオール様の時はなくて、ちょっと感動してしまいました。
いいえ、こんなことで感動してはいけませんね。もっと堂々としなければ。とにかく私は何とか女性らしい格好をしなければと思いましたが……どれも使い古したものしかありません。
貴族の娘はその格式を重んじるため、少なくともこの国では同じドレスや装飾を着る事はないのです。しかしそれはお金があればの話。
しかも私の場合、大柄なために使う布が大きくなってしまいます。それだけお金がかかってしまうので、ドレスを毎回作り直すことはできず、お茶会などでも馬鹿にされたことがあります。
こんな服でいいのか、と迷っていると、ひょこっとジェイク様が覗いてきました。
「これはロイド殿がエレナのために作ったドレスかい?」
とても興味津々です。童顔のためか笑顔も相まって幼く見えてしまいます。
私はなんて言えばわからなかったのですが、「父が私のために作ってくれた」と仰ってもらえたのは嬉しかったので、私は笑みを浮かべて頷きました。そうすると、目を見開いて瞳をきらきらとさせながらそのドレスを手に取ってくださいました。
「美しいドレスだ。生地もしっかりとしていて、エレナにぴったりだよ。それにいい匂いもする」
「に、匂い? そんなちゃんと洗っておりますが……」
「ああ、違う違う。エレナのラベンダーのような良い匂いがすると思っただけだ」
「そ、そうでした……か?」
私は納得しかねるような表情を浮かべてしまった。
それを見ておかしかったのか、ジェイク様はふふっと笑ってみせます。そういう時は年相応なお顔をされます。
「それでは、このドレスを着てもらいたい」
「わ、わかりました」
「では失礼するね。外で待っているよ」
ジェイク様に頬へキスされて、私は心臓の鼓動が止まらなくなりました。ドクン、ドクンと鳴りやみません。私は本格的にあの方に魅せられているのでしょうか。
いけません、こんなことでは。私はただあの方の邪魔にならないようにすることを考えなければ。
使用人にドレスをすぐに着せてもらって、家を出ます。するとそこには王族が使っている馬車があり、そこにはすでにジェイク様が乗っておられました。
「エレナ、こっちだよ!」
ジェイクが手を振ってきます。私も手を振り返し、その馬車に乗りました。ふわふわな座り心地のソファー。高い天蓋は私がかがむ必要がありません。
「エレナ、おめでとう」
「おめでとうございます、お嬢様」
父と使用人の方々が私を祝福してくれています。
ヴァルロード公爵に嫁いだ時もそうでしたが、今日はなんだか一際喜びも大きい気がします。
でもそうですよね、王家と繋がりができるなんて、子爵家では考えられないことです。
それでも父は純粋に喜んでいるきがしました。私は少し涙ぐみながら、父に手を振ります。
「馬鹿、泣くやつがいるか。堂々と行ってきなさい」
父は苦笑しながら言ってくれました。それを合図に馬車と一行は出立していきました。
その後私とジェイク様は一緒の馬車でいました。ジェイク様は外が珍しかったのか、アヴェレーナ領地のあの花はなんだ、あの畑で育てているのはなんだ、と私に質問してくださいました。私は一つ一つ答えていき、その度にジェイク様は楽しそうにしておられました。
しかし一か所だけあまり良い顔をしませんでした。そう、メレーナと母が暮らしている別宅です。父と私の家よりも大きく、目立つ場所にあります。
「あれはなんだ?」
「私の母と妹の別荘です。母は私のことが嫌いのようで、顔を見たくないから別荘で暮らしてらっしゃるのです」
「なんと、産んだ母が自分の子を嫌いだと……」
「珍しいことではありません。私は特に……この体つきですから」
「では、特別あいさつに行く必要はないな。そのまま王宮へ向かってくれ」
隣を歩く兵士にそう伝えると、馬車は別荘に向かう事なく、アヴェレーナ子爵領を抜け、あっという間に王都へとたどり着いてしまいました。
◆
王都は賑やかな様子でしたが、王家の馬車が通るとなると人々が横にそれて、頭を下げていきます。私は今更ながらことの大きさに気づいてしまい、なんだか恐れ多いような気がしてきました。
「王都は私の庭のようなものだ。今度案内するよ。美味しいパン屋やスケートができる場所がある」
「パン屋に、スケートですか?」
「そうだよ。私はちょっとした悪童なのでね。よく王宮を抜け出しては気ままに楽しんでいるんだ」
「な、なるほど」
そうか、十年前も勝手に抜け出していたのですね。やんちゃなところはお変わりがないようです。
そうして、私たちは王都を抜け、王宮にたどり着きました。エントランスホールで馬車を降りると、ジェイク様はさっそく私を父上に紹介しよう、と言って公務室へと向かいました。
そんな、仕事の邪魔になるのではと言い掛けましたが、ジェイク様のお顔がとても喜びに満ち溢れていたため、何も言うことができませんでした。私もなんだか楽しくなってきてしまいました。
「父上、失礼いたします!」
公務室に遠慮もなくジェイク様が入っていきます。私は後ろに控えて、なるべく姿勢をよくします。気を付けないと猫背になってしまうので……ここはピンと背筋を伸ばさないといけません。
「む、ジェイクか。この悪童め。今日はなんの悪戯だ」
国王様も何の気にすることなく、予測していたかのようにこちらを見てきます。さすがに私の方へ視線を送った際には驚いていたようですが。そうですよね、こんな巨女いませんからね……。
「父上も人聞きの悪いことを。今日は以前から申していた想いの人を連れてきたのです!」
「おお、そうかそうか。あんなに縁談を断ってわしらを困らせていたジェイクがやっと婚約をすることにしたか。それで、どこの家のものだ?」
「アヴェレーナ子爵の長女、エレナ嬢です」
「アヴェレーナ……?」
さすがにあんな小さな領のものなど憶えていないのでしょう。当然です、数百の臣下を抱えている国王様が、私たちのような弱小貴族を覚えているはずがありません。
「子爵の娘か……少々家柄が低いようだが、大丈夫か?」
国王様のお言葉に、私は少し強張ってしまいます。やっぱりふさわしくないのではないかとどうしても思ってしまいます。しかしジェイク様は首を横に振り、明らかに機嫌を悪そうにして言いました。
「家柄の差など関係ありません! 私の妻にはエレナでなければならないのです!」
「むう、エレナとかいう娘よ。お前はどう思う?」
「え?」
まさか私に話が振ってこられるとは思いもせず、私は素っ頓狂な声をあげてしまいました。その場にいる人々の視線が私に集まってきます。
私は手が震えてくるのがわかりましたが、思い切り握ってそれを抑えようとします。
「お主は、ジェイクに相応しい嫁になれると、そう断言できるか?」
「父上!」
「お前は黙ってなさい。アヴェレーナで思い出した、その巨体、巨女の令嬢と呼ばれている者だろう? お前がジェイクに嫁ぐことでこやつの名を傷つけることもあるかもしれない。それでも、ジェイクの想いという我儘だけで王室に入る覚悟はあるか?」
そうだ、これはジェイク様の我儘でもあります。でも、私は家を出るときに決めたのです。だから、私は胸を張って言いました。
「私がふさわしいかはわかりません。もしかすれば今は相応しくないのかもしれません」
「ほう」
「しかし、必ずや王家のため、ジェイク様のために相応しい女になってみせます。そのための努力なら惜しみません」
「エレナ……うん」
ジェイク様もうなずき、国王様へと言いました。この時のジェイク様の勇ましい表情はいつまでも忘れらないことでしょう。
「私も約束します。私とエレナが王家の名誉に傷つけることがないことを。そして永遠の愛を」
「かっかっか! そこまで言うか!」
「お認めになられますか?」
「そうじゃな……一カ月後に結婚式を行うとして、それまでにおぬしらの気持ちが変わらぬというのであれば認めよう」
私とジェイク様は頷きあいました。まだ自信はないけれど、私はジェイク様に尽くすと誓ったのですから。