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第二十四話 堕ちた第二王子

 その時、静寂が部屋の中を包み込みました。ヘルクレスも呆然としている様子で、何か言葉を発そうとしましたが、言葉にならないのか、笑いしか出てきていません。

 私も驚きました。まさか、ジェイク様が次期王に選ばれることになるとは。オリヴィア様はため息をつきつつも、こちらを見つめ、祝福をしてくださっている眼差しを送ってくださいました。


「ジェイク第三王子。何か言う事はありませんか?」


 アレヴェス様がそうジェイク様に尋ねます。ジェイク様も言葉を失っているようで、どうすればいいのかわからなかったようです。私は、ジェイク様の両肩を叩いて気合をいれました。ジェイク様は驚いた表情をこちらに向けてらっしゃいましたが、すぐに気を引き締めなおしました。


「一つご確認があります」


 ジェイクは言葉を発しました。オリヴィア様の方を向き、続けていきます。


「オリヴィア様の夫、ツヴァイヤ第一王子はご存命です。暗殺されかけましたが、その犯人も見つかり、確保したうえで、第一王子は療養をされておられます。それゆえに、年功序列で言えばツヴァイヤ第一王子が適任かと思われますが、父のご意思をご確認したい」

「ええ、そのことは知っております。陛下も同じように。そのうえであなたを選んだのです、ジェイク第三王子」


 ツヴァイヤ様が生きていると知って、ヘルクレスは明らかに動揺を見せていました。そして部屋から出ていこうとしたのを、私が素早くドアの前に立ちふさがり、逃がさぬようにしました。


「どきたまえ」

「どきません。まだお話は終わっていないのですから」

「どけっ!」


 私を突飛ばそうとしますが、私は意地でも転ばず、ヘルクレスを抑え込みました。ヘルクレスは苛立った様子で私に手を向けようとします。しかし、私はそれにも屈さず、ドアをふさぎました。


「ヘルクレス、話は終わっておりませんよ」

 

 アレヴェス様の凛とした、しかし冷え切った声がここまで届きました。ヘルクレスは凍り付いたように固まり、私に向けていた手のひらを止めました。そして、踵を返して陛下のベッドのほうへ歩き出します。


「あなた……王の薬に毒を盛ったのですね? それも魔術による呪いをかけた」


 アレヴェス様は怒りを表して立ち上がり、ヘルクレスに詰め寄ります。ヘルクレスは困惑したような表情を浮かべました。まさか、毒を盛っていたなんて……それが事実だとすれば、ひどすぎます。


「な、何のことです。私がそのようなことを……」


 ヘルクレスは後ずさり否定します。しかしその表情には焦りが見えて、冷や汗がだらだらと流れていました。ジェイク様は懐から手紙と、何かの粉が入った瓶を取り出しました。


「アヴェレーナ子爵領にいた魔術師とアヴェレーナ子爵とは別居中の妻が真実を吐いた。魔術師からは毒と魅了の指輪を、子爵の妻からは資金と暗殺者をもらっていたようだな?」

「そ、そんな話嘘に決まっているだろう? 何を根拠に私がそんなことを……そうだ、罠に決まっている! その二人が私を陥れようとした……!」


 ヘルクレスは頭を抱え、演技かかったような動きで部屋をせわしなく歩いて見せます。そしてジェイク様に近づこうとしたときに彼は何かを取り出そうとしました。


「危ない!」


 私は思わず叫びました。しかしジェイク様は倒れ、その体にはナイフが刺さっていました。ヘルクレスはふふ、と笑い、そして大笑いを始めます。


「ヘルクレス、貴様っ!」


 アレヴェス様が叫びます。オリヴィア様はすぐさま悲鳴を上げたオリバー様をかばい、私はすぐさまジェイク様の体を支え、必死に呼びかけます。ですが、ジェイク様は目を覚まさず、ヘルクレスは狂乱したような笑い声をあげていました。


「毒入りナイフの味はどうだよ、ジェイク! このクズが!」


 ついに本性を現したかのように、口悪く叫び散らしました。私は彼をにらみつけます。


「もう王とか巨人の血とかどうでもいいや。この国もどうでもいい。このまま隣国に行って、保護してもらうとしよう。そうだ、もう王もそのガキしかいないんだし、この国は終わりだなぁ!」

「逃げられると思っていますか?」

「もちろん。扉の向こうには兵士たちを配備しているんだろう? だったら、こっちから逃げるまでだよ!」


 ヘルクレスは窓の方へと走っていきました。このまま飛び降りようとするのでしょうか。

 ですが、その時。彼の頭にナイフが突き刺さった本が投げつけられ、ヘルクレスは大きく倒れます。痛みで悶絶し、一瞬の隙を見せたところを私は叫びました。


「衛兵!」


 その合図をもとに部屋に兵士たちが押し寄せてきます。ヘルクレスは言葉にならない叫び声をあげながら暴れますが、縄で縛られ、動けなくされました。


「まったく、本を仕込んでおいて正解だったね。こういうことがあるというのは予想していたが……心臓に悪い」


 ジェイク様は立ち上がり、自分の体に傷がないことを確認します。私は涙が出そうになりながら、ジェイク様の体に顔をうずめました。生きている、生きてらっしゃる。それだけで私はよかった。


「すまない。本性を現すには私が殺される必要があったと思ったからね。こんな強硬な手段をとってしまった」


 ジェイク様はウィンクしながら、しかし冷や汗をかいて、悪びれていない顔をしていました。私はバカ、と一言文句を言ってから、続けました。


「もう……刺される場所が違ったりしたらどうするつもりだったのですか!」

「その時は私の運がなかったという事になるね。でも、大丈夫だ。私には幸運の女神がここにいるんだからな」

「そんなこと言っても嬉しくありません!」


 ジェイクは私の体を抱きしめ返してくれます。ヘルクレスは床に押し付けられたまま、こちらをにらみつけてきました。


「全部、全部罠だったのか!」

「最初はしかけられなかったけれどね。しかし、ここ数日私が何もしていないとでも思ったのか? それだったら見込み違いだ。ヘルクレス、お前とは違い、私にはここに愛する者がいる。遠くに信頼できるものもいる。お前のように利用することしか考えていない者とは違うんだ」

「うるせぇぇ! 上からものを言っているんじゃねぇぞ! 弟のお前が、兄である俺を! 呼び捨てにするんじゃねぇ!」


 ヘルクレスは怒りに満ちた声を発してきました。私はその姿が哀れに思えてきました。これが、これが王族の男なのでしょうか。


「……人を利用し、ただ物としか見ていないあなたに、王の器などありますでしょうか。恥を知りなさい!」


 私も叫びました。ヘルクレスは悔しそうに顔をがんがんと床にぶつけます。もはやここにいるのはただのならず者なのでしょう。兵士たちはヘルクレスを立ち上がらせ、連れていきます。その間も何かを叫んでいるようでしたが、もはや言葉になっていませんでした。

 部屋に静寂が戻って、アレヴェス様が口を開きます。


「ヘルクレスは今この時を持って王家から追放いたします。しばらくは牢の中で過ごすことでしょう。そして、ジェイクよ。今この時を持って、あなたは王となるのです」


 アレヴェス様の言葉を肯定するように、国王陛下もうなずきました。ジェイク様はまだ迷っていらっしゃるようです。そうでしょう。彼の心を私も聞いてしまったのだから、王になることへ戸惑いや迷いがあるのは当然だと思っています。


「……私は」


 ジェイク様はぐっとこぶしを握って、私を見つめました。そして頷いてみせると、そのまま口を開きます。


「王への継承を、受け入れます」


 それは彼にとって人生最大の決断になったことでしょう。しかし、ジェイクの顔から迷いが消えていました。彼は王となることを決意し、この国をよくしていこうと考えているはずです。だからこそ、私も支えていかなければならないと思っております。

 あたりから、拍手が飛び交いました。ジェイク様を祝福するように。兵士もメイドも、執事たちもオリヴィア様も、オリバー様も。


 そしてその場は解散となり、私とジェイク様は二人で庭園を歩いていました。


「実はな、あの情報をよこしてくれたのは君の妹だったんだ」

「え、メレーナが?」

「手紙の端に書いてあったよ。『押しつけでも借りたものを返さないのは気持ち悪いし、あんな姉に借りを作りたくない』とね。まったく、素直じゃない言葉だと思ったよ」

「……そうでしたか。あの妹が」


 私は少し嬉しくなりました。彼女もどこかでこの空を見ているのでしょうか。


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