第二十二話 国王の病気
王都へとたどり着いた私たちはまっすぐ王宮へと向かいました。王宮の国王陛下の寝室に私たちは勢いよく入ります。
「父上!」
ジェイク様はすぐさまベッドで寝かされている国王陛下の元へと駆け寄ります。周りにはオリヴィア様のほかオリバー様、そしてヘルクレスの姿がありました。ツヴァイヤ様の姿だけは見られません。どうされたのでしょうか……。
ヘルクレスは腕を組んでジェイク様をにらみつけます。
「騒がしいぞ。遅れておいて、よくそんな態度をとれるな?」
ジェイク様もにらみ返しますが、何も言いませんでした。私もヘルクレスの顔をじっとにらみつけます。ヘルクレスは腕を組んで首を横に振って見せますが、その表情の中には何かおぞましいものが感じられるようでした。
私はジェイク様のお隣に並びます。ジェイク様は陛下がゆっくりと刺し伸ばした手を握り、悲しみに暮れた表情を浮かべていました。
「父上……」
「そう悲しい顔をするでない。壮健そうでなによりだ。最近は顔もあわせていなかったからな……」
国王陛下は小さく笑みを浮かべますが、すぐにせき込みました。ジェイク様は申し訳なさそうにうつむき言いました。
「私のわがままのせいでご心身に負担をかけてしまったと思います。本当に申し訳ございません……それしか言えない私が悔しくてたまらないのです」
「何を言うか……こうして元気な姿を見せてくれる。わしには見る事ができないが、お前たちの結婚式も行うのだろう? 良いことではないか」
「父上、見ることができないなど言わないでください。私たちの晴れ舞台をぜひ父上にも見てもらいたいのです」
ジェイク様の言葉に、私も頷いてみせます。是非とも、陛下にも私たちの結婚式を見てもらいたい。そのために、何としても元気になってもらいたいと思っております。それは一種のわがままなのかもしれません。ですが、陛下も私の父同然なのです。だから、私の父と一緒に私たちを祝福してほしい、そんな気持ちがあるのです。
「はは……良いな。お前たちの結婚式の晴れ姿を見てみたいな……」
「ええ、ええそうでしょう。だから……」
「おい、ジェイク。話しすぎだ。父上もお疲れなのだから、そのへんにしておけ」
ヘルクレスがそう言って会話を遮ります。まるで、これ以上の会話は許さない、約束は許さないと言っているかのようでした。ジェイク様は悔しそうに唇をかみますが、陛下に「今はお休みください」とお伝えになると、その場を立ちました。私もジェイク様に続いてベッドから離れます。
「父上、お薬のお時間です。……他の者は部屋か出ろ。治療の邪魔になる」
「兄上、それは……!」
「いいえ、出ましょう。では失礼いたします」
そう言ったのはオリヴィア様でした。彼女は私たちの手を引いてその場を後にしていきます。部屋を出た後、彼女は毅然とした面持ちでその場を後にしていかれました。オリバー様も悲しい顔をしていましたが、カセナさんがやってくると無理したような笑みを浮かべ、そのまま二人とも去っていきました。カセナさんと仲良くされているようでよかったのですが、私たちはどうするべきだったのでしょうか……。今からでも部屋に戻るべきなのか、それとも……。
「部屋に戻ろう。少し様子を見るしかない……」
ジェイク様はそう言って歩き出しました。その表情は複雑で、怒りとも悲しみともとれるような表情でした。私は一度部屋の扉を見た後、ジェイク様の後を追いました。
◆
ジェイク様は自室のベッドの端に座り、何か考え込んでいらっしゃったようでした。私は何も声を掛けることができず、ただ時間だけが過ぎ去っていきます。
すると、ドアがノックされました。
「お茶を持ってまいりました」
メイドの方のようです。ジェイク様はやはり動かなかったため、私が応対することにしました。
扉をゆっくりと開くと、私は驚いてしまいました。恰好こそメイドそのものでしたが、そのお顔はオリヴィア様のものだったのです。別のメイドもつれて、顔が目立たないようにしているようでした。
「しっ」
オリヴィア様は先んじて静寂を促しました。私は扉を開き、お二人を入れるとすぐさま扉を閉めます。そしてお茶を置いたオリヴィア様は窓のカーテンも閉めます。
ジェイク様も驚いた様子でオリヴィア様を見ていました。彼女はモブキャップを脱ぐと、もう一人のメイドに手渡します。
「彼女は私の付き人です。信頼できる人なので警戒しなくて大丈夫ですよ」
「しかし……オリヴィア様、わざわざメイドの格好をしてどうなされたのですか?」
ジェイク様が訊ねます。私も同じ思いでした。
オリヴィア様はメイドに椅子を用意させ、そこに座ります。そして少し深呼吸をした後、私たちに言いました。
「私の夫、ツヴァイヤ様が大怪我を負われました」
「え!?」
ジェイク様と私は思わず声を上げてしまいました。オリヴィア様は唇に人差し指当てて続けます。
「しっ、大きな声は無用。私の確かな情報網からは、命に別状はないとのことでした。しかし、動くことができないため、王宮とは離れた場所に静養されています」
「しかし、ツヴァイヤ兄上がそのような状況になっているとは、聞いてもいませんでしたが……」
ジェイク様がそう言われます。オリヴィア様は平然とされているようですが、どこか不安な色も見られました。
「皆には黙るようにと私が指示を出しました。そして、あの場にて、ツヴァイヤ様が事故死されたと、私は話しました」
「そんな……何故、そのような嘘を?」
私は言葉を失いそうになりましたが、オリヴィア様はあくまで真剣なまなざしで私を見つめてきます。次いでジェイク様も見つめました。
「あの男……ヘルクレスの動向を探るためです。陛下のお部屋でジェイク様とヘルクレスが憎みあっているのを見ました。それに以前エレナはヘルクレスに襲われそうになったとか……」
「そうです……あの時、彼は自分が王になると……!」
私は恐ろしいことに気づいてしまいました。あの時の言葉が本気だったとすれば、彼が何をしでかしているのかを。ジェイク様も怒りを露わにして立ち上がります。
「もしや、私だけでなくツヴァイヤ兄上のことや、もしや父上すらも……!?」
「少なくともご兄弟を暗殺しようとしたのは確かでしょう。国王陛下に関しては確証がありませんが……自分が後継となることを考えれば、邪魔なものはすべて排除しようとするのではないでしょうか」
「許せない……! なぜそこまでして! 実の父にまで手をかけてまで……!」
「権力という誘惑に囚われてしまったのでしょうね。そういう男がいることを何人もいることを歴史は語っています。しかし、今回はそうならないようにしなければなりませぬ」
オリヴィア様はそう言ってこぶしを握り締めます。ご自分の旦那様が、ツヴァイヤ様がなおも危機的状況であるのに、気丈にふるまってらっしゃるのは本当にすごいことだと思います。
「王位は年功序列で後継者を選ばれるのがこの国の基本。そして仮にツヴァイヤ様が死んだとなれば、自分への継承は間違いないと油断していることでしょう」
「……なるほど、もう父上の病気を止められないのであれば、ヘルクレスがボロを出すことで彼を排除し、この国を守ろうとする、ということですね?」
ジェイク様の言葉にオリヴィア様は頷きました。ジェイク様は一度うつむいて何かを考えておられましたが、決心をしたようにうなずきます。
「わかった、私はオリヴィア様とツヴァイヤ様の味方に付く。父上を助けたい気持ちもあるが、国を守るのが我々の役目でもある」
「ジェイク様、しかし……」
「エレナ、わかってくれ。私だって父上が回復されることを祈りたいし、そうあってほしい。だが……わかってしまった。あの手を握ったとき、もう長くはないと……」
ジェイク様は涙を流していました。内心では救えなかったことへの悔しさでいっぱいなのでしょう。私はゆっくりと彼の元へ歩み寄り、彼を抱きしめました。
「大丈夫です……。陛下が愛したこの国を一緒に守っていきましょう。私たちも一緒に」
「ああ。そのために、力を貸してくれ、エレナ」
「はい。もとよりそのつもりです」
私はジェイク様が安心してくださるように笑みを浮かべました。ジェイク様も少し陰りはあるものの、笑顔を取り戻されました。
ここからが私たちの勝負となるのです。




