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第二十一話 帰郷、そして

 出発の時はひどい雨が降っていましたが、逆にそれが隠れ蓑となってくれて、私たちはアヴェレーナ子爵領へと入ることができました。ジェイクのお体も心配でしたが、風邪がぶり返すことはありませんでした。よかった……。本当に激しい雨だったので、お体に障るのではないかと思い出発の時期もずらそうかと考えていたほどでしたから。


 ここまではさすがにヘルクレスの手のものがやってきていないようで、父たちが護衛に入ったこともあり安全な旅路となりました。

 

「久しぶりのように感じるね、ロイド」

「いえ、本当に。あの舞踏会からさほど時間がたっているわけではないのに、お二人のご成長を感じる気がします。殿下も、エレナも。お二人とも強くなられた」


 父はそう言いますが、そうなのでしょうか。確かに、少しだけ強くなった気もしますが、それでもまだまだ至らないところは多いと思います。しかし、あまり卑屈になってもいけないので、私は笑みを浮かべました。


「これもジェイク様のおかげです。ですが、まだまだ私は強くなってみせます、父上」

「ははは、心強い限りだ! さて、狭い家ですが、馬を休ませる意味でも少しゆっくりしていってください」

「そうさせてもらうよ」


 そう言って中に入らせてもらいます。なんだかまだひと月もたっていないのに、懐かしく感じてしまいます。この素朴な飾りつけや雰囲気が、私の実家であることを感じ、少し嬉しくなってしまいます。私の部屋はどうなっているかな、と思い入ってみると、今も清潔な状態を保たれているようでした。


「いつ戻ってきてもいいように使用人に掃除はさせておいたんだ。王宮での生活は正直窮屈じゃないかと思ったんだが、要らぬ心配だったみたいだね」


 と父は言いますが、私にとってはそこまで気にかけてくださっていることにむしろ感謝していました。本当にありがとう。言葉にするのもちょっと恥ずかしくて、私は黙って父に抱き着きました。


「おいおい、もう良い年なんだから、あまり泣くなよ」

「な、泣いていません! もう……」


 ちょっとはしたなかったかな……と思いつつ、居間で待っているジェイク様の元へ向かいます。ちょうどキュラーヴァも偵察から帰ってきて、どうやら追手がいないこと報告していたようでした。


「親子のスキンシップはもうよかったのかい?」

「もう、ジェイク様。私ももう父に頼り切りな年ごろではありませんよ。それにそうしてくださったのはジェイク様のおかげなんですから」

「ハハハ、そう言ってくれると嬉しいな。しかし……本当にここへ来たときのことを思い出すよ。あの時は本当に緊張した」


 と、思い出すように天井を眺めながらジェイク様はお茶を口に含みます。私もテーブルに座り、あの頃のこと思い出します。本当懐かしいようで、でもすぐに思い出されます。あの時私が作ったクッキーをほめてくださったことを今でも鮮明に思い出せます。


「もう何年も前のことにも思えますが、ひと月もたっていないんですものね」

「本当だよ。いろんなことが一気に押し寄せてきて、私も退屈せずに済む」

「もう、お命を狙われているのですよ? もっと緊張感を……」

「君と会いに行くときの方が緊張したさ。もし断られたらどうしようかとか、いろんなことを考えていたよ。それに比べればあの兄のやることなど、たいしたことはない」


 そう言ってジェイク様は笑ってみせました。少し強がっているようにも思えるのは、少しの間でもずっと一緒に過ごしていたからでしょうか。彼もまた王のことが心配でしょうし、ヘルクレスの動きも気になる。何より他の兄弟たちのことも気にかけてらっしゃるのでしょう。

 時には小動物のように可愛らしい姿を見せられる一方で、こう真剣な時は王族であることを思い出させます。私も引き締めていかねばならないと思い、父に尋ねました。


「父上、ここから先はどういう風に進みますか?」

「さすがに長居をするとまずいだろうし、かといって通常のルートでは遅すぎる。早馬が使う近道をまた馬で駆けてもらうのがよいだろう。殿下とエレナの馬はこちらでお預かりするとして、新しい馬をご用意いたします」

「助かる。それと、もしできるのであれば私の別荘へ様子を見に行ってほしい。エマネのことだ、うまくやってくれているとは思うのだが……」

「承知いたしております。必ずや無事を確認してまいりましょう」

「ありがとう」


 ジェイク様はそう言って安心したかのようにため息をつきました。エマネさんも無事であられるといいのですが……。しかし、あの方も自分の身を投じて私たちの安全を確保してくださったのです。あの方の期待を裏切るわけにはいきません。


「必ず、王宮に戻りましょう。王宮に戻りさえすれば、あの人だって手を出せないはず」

「……そうだといいんだけれどね。ともかく、うまくやるしかない。兄上たちも心配だが、まずは私たちの安全を確保せねば」


 言い聞かせるようにジェイク様は頷きました。私もまた同意するように頷きます。しかし、ここで疑問が出てきました。ヘルクレスはどうしてああいう強硬な手段をとるようになったのでしょうか。それを知る必要があると思うのですが、ジェイク様はご存じなのでしょうか……。聞いてもいいものなのでしょうか。私は迷いましたが、思い切って切り出すことにしました。


「あの、ジェイク様」

「ヘルクレス兄上のことだろう?」


 と、見透かされていました。どうやら顔に出ていたのかもしれません。ジェイク様は苦笑しながらも、思い出すように言います。


「今でも忘れられないよ。ヘルクレス兄上が、自分が王になるんだと言った時の表情を。子供の頃だったから、冗談かと思っていたのだけれど、その時はまるでいつもの飄々とした雰囲気ではなく、自分が第二王子に生まれたことへの悔恨、他の兄弟への憎悪を感じた」

「どうして、王になりたがっていたのでしょうか」

「それはわからない。だが、自分の境遇を恨むかのように国から離れているときもあれば、自分こそが王にふさわしいと言わんばかりに行動を起こす。……ツヴァイヤ兄上が第一王子だと言っただろう? あれは正確に言えば第二王子なんだ」

「え……?」


 私は言葉を失いました。もしかして、もしかすると、恐ろしいことが待っているのではないかと思い体を震わせました。


「オルガネ王子という方がいらした。私も少ししか会ったことがないが……『事故死』されたそうだよ。それによって父上は王太子を決める事を避けるようになった。一説によれば、その事故はヘルクレス兄上が仕組んだものじゃないかと噂もあった。しかし真相は闇の中だ」

「そんな……そんなひどい。兄弟なのに……どうして」

「君の妹もそうだっただろう? 人は権力にとらわれれば、なんだってするようになる。相手を魅了の魔法で意のままにし、姉であろうとも幸せになることを妬む。だから私は権力が怖いんだ。自分が変わってしまいそうでね……」


 そういって、ジェイクは体を震わせます。本当に、権力は人を変えてしまうのでしょうか。それとも人が権力を欲した時に、人が変わってしまうのでしょうか。それはわかりません。ですが、ジェイク様はお優しい方です。王になるにしろ、ならないにしろ、私は変わらずに接していたいし、変わらず支えていきたい。

 権力の怖さを知っているからこそ、彼は強いのだと思います。だから、私はこの一言を言いました。


「大丈夫です。きっと、ジェイク様なら大丈夫」

「……まるで私が継承するかのような口ぶりだな?」

「ああ、いえそういうわけではありませんが。でも、ジェイク様ならこの先も幸せになれると信じています。いろんな大変なことがあると思いますが、私はそれをはねのけられるように努力しますし、ジェイク様もはねのけてみせると思っております。信じております」

「……ありがとう。君がそう言うのであれば、私は答えなければならないな」


 その時のジェイク様の覚悟を決めた瞳を私は忘れられません。ともかく、私たちは王宮へと向かうため、アヴェレーナ子爵領を出る事にしましたが……その前に、父に伝えました。


「この領のどこかにメレーナが生きているという話があります。……おそらく彼女は私たちのことを許さないと思いますが、私は生きていてほしいと思っております」

「わかった。そっと便宜を図ろう。……心配せず、殿下をお守りしておいで」

「はい!」


 改めて私はジェイク様とともに王都へと向かいました。


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