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第二十話 風邪

「いや、ごめんよ。情けなくて申し訳ない」


 ベッドで寝込んでいるジェイク様の額に水を湿らせたタオルを置くと、私は苦笑しながら言いました。


「きっとお疲れになられたのです。ここ最近いろんなことがありましたから」

「だといいんだけどね。風邪は移るというから、エレナも部屋を出た方がいいよ」

「私、一度も風邪ひいたことがないんです」


 その言葉はウソではありません。アヴェレーナ子爵領に流行り病が蔓延した時も、私一人は病気にかからずに済みました。おそらくは巨人の血が関係しているのだろうと父は仰っていましたが、はてさて。

 ともかく、もう少しジェイク様の近くにいたかったので、私はリンゴの皮をむくことにしました。シャリシャリとみずみずしい音を立てて、皮が途切れる事なくむかれていき、そして一本でつながりました。私の自慢できる特技の一つです。


「すごいでしょう?」

「おお、すごい。まったく、乗馬といい、君は芸を隠すのが得意だな。運動は苦手なんじゃなかったのか?」

「乗馬だけは別です。子供のころから父に習っていましたから」

「そうなんだ……君と父君は仲が良かったね」


 ジェイク様は天蓋を眺めながらそうつぶやきます。私も、父とは仲良くしていました。母と別居する際も、父は私のことをかばい、育ててみせると言って引き取ってくださったのです。その時メレーナは私と一緒にいたいから一緒に母の元へ行きましょう? と言ったのですが、それは彼女なりのまだあった愛情だったのか、それとも嫌味をぶつける相手を探していたのか。今はわかりません。


「あの男、ヘルクレスは、メレーナが物乞いでもやっているだろうと言っておりました。ぼろぼろになった服、それは彼女が死んだこと見せかけたのでしょうか……」

「……わからないな、ゲホッ……」


 私としたら、いけません。ジェイク様はご病気を患っているのに、こんな話をするものではありませんでした。私はリンゴを切り分け、皿を持っていきます。


「ああ、ありがとう」

「はい、あーん」


 私はニコニコしながら、フォークで一切れリンゴを刺してジェイク様の口元に持っていきます。ジェイク様は少し困惑されましたが、苦笑すると、パクリと一口で食べられました。よかった、食欲はありそうです。


「うん、うまい。この辺でとれるリンゴはやっぱりうまいな」

「エマネさんも仰っていましたよ、丹精込めて作っているって。それではもう一つ」

「いや待て。それ以上は恥ずかしい。自分で食べるから」

「ええ」


 私が寂しい表情を浮かべると、ジェイク様は「もう一個だけだからな」と言って顔を赤らめ、私が差し出すリンゴの一切れを食べられました。そのあとはベッドの横のテーブルにフォークとリンゴの乗った皿を置いて、私は部屋を後にしました。


 部屋の外では何やらニヤついているキュラーヴァと、頭を抱えているエマネさんがいらっしゃいました。何かあったのでしょうか。なんとなくキュラーヴァには下心があるように思えます。なんとなくですが。


「殿下と何話してたんですかー?」


 キュラーヴァは私の周りを歩きながら、ニヤついた顔を向けて訊ねてきます。別に普通のことをしていただけなのですが。


「普通のことですよ。リンゴをむいて、食べていただいただけです」

「なーんだ、つまらない。もっと積極的に行ってもよかったんですよー?」

「せ、積極的?」

「あー、この娘の言う事は真に受けぬほうがよろしいですぞ、エレナ様」


 エマネさんの一言に、シャーっとキュラーヴァは猫のように威嚇をします。本当、積極的とはどういう事だったのでしょうか……? まさか、もっと体を近づけたり、とか? いえいえ、そんなことはできません。私は重いですし。


「そ、それよりも。今後についてお話ししたいのですが……」

「そうですな。坊ちゃまがいらっしゃらない状況ではありますが、我々だけでも考えましょう。キュラーヴァは引き続き警戒をしろ」

「あいあい。私は蚊帳の外ってことねー」

「文句を言うな!」


 キュラーヴァはエマネさんの叱咤を聞く前に、すでに消え去っていました。相変わらずすごい身のこなしです。私では追う事もできませんでした。


 一度咳払いをしたエマネさんは二通の手紙を取り出します。それは、至急王宮に戻って来いという国王陛下からの手紙でした。大事な話があるから、兄弟全員で聞くように……というのが手紙の内容でした。


 そしてもう一通にはオリヴィア様からのお手紙。どうやら国王陛下の体調がよくないらしく、王太子をお決めになられるのではないかという事と、それに伴ってヘルクレスの動きが怪しいということでした。


「このまま素直に帰還するとなると、待ち伏せでもされるかもしれません。ヘルクレス第二王子は権力にとらわれているところがあります。まさか、ツヴァイヤ様まで手をかける事はないでしょうが……」

「心配なのはオリバー様、そしてジェイク様ですね」


 私の言葉にエマネさんは頷きます。お二人にも王位継承権があるとすれば、まずヘルクレス第二王子は狙ってくるでしょう。特に成人されているジェイク様を。私はそれを許すつもりはありませんでした。なんとしてもお守りする。それが私の役目だと思っています。


「オリバー様はとりあえず成人していない以上、手出しをする必要がないのですが、それを潰そうとするのがヘルクレス第二王子という男です。事故死でもなんでも、狙いをつけるかもしれませぬ。そこで私は騎士団に連絡を入れ、警護を強めてもらうことにしました」

「レーナ様ですね」

「そう、よくご存じですな」

「クッキーを食べていただいた仲ですから」


 私は薬と笑います。エマネさんは首をかしげますが、気を取り直して続けました。


「騎士団が動いたとなれば、簡単には手出ししないでしょう。当面の問題は我らの方にあると思われますな」

「地図を拝見しても?」

「ええ。……こちらが我らのいる別荘のある地。ここが王都となります。まっすぐ進めば、すぐに戻れますが、待ち伏せにはもってこいの場所がいくつもあります。盗賊などを装い、襲い掛かれば我々では勝てませぬ」

「……キュラーヴァさん一人では荷が重いですものね……。ん? こちらのほうって……もしかしてアヴェレーナ子爵領では?」


 私は地図の東の方を指さしました。そこは見覚えのある地形が描かれています。間違えるはずがありません。私の故郷です。


「そうですな……そうだ、エレナ様はアヴェレーナ子爵の娘」

「そうです。ならば、父へすぐに手紙を出しましょう。護衛を連れてきてほしいと。そうすればある程度安全が確保されるはずです」

「アヴェレーナ子爵の領地を通り抜ければ、遠回りですが平野が広がっております故、隠れる場所も少ない。うむ、さすがは坊ちゃまの未来の妻となられる方。聡明であられますな」

「いえ……たまたまです。私はジェイク様の」

「力になりたいということだろう? だったら私一人置いてけぼりにしないでほしいな」


 と、部屋の扉が開いて、寝ていらっしゃるはずのジェイク様がそこに立っていました。私はあわててジェイク様の元へと駆け寄ります。


「ジェイク様! 寝てらっしゃらないと」

「寝ている場合じゃないだろう。こんな重要なことを私抜きで決めるなよ」


 ジェイク様は不機嫌そうな表情を浮かべて、すこし拗ねてらっしゃるようでした。その表情はかわいらしいですが、それはそれ、これはこれです。


「これ、キュラーヴァ! ちゃんと見張りをしていたんだろうな!」

「私は止めたんですけどねー」


 キュラーヴァの声もどこからともなく聞こえてきます。どうやら彼女が連れてきたようですね……。


「ともかく、アヴェレーナ子爵へは私が手紙を書く。そうじゃないと不義理だ。それにエレナが書き添えてくれるとありがたい」

「……わかりました。ではその手紙を書いたらちゃんと眠ってくださいよ?」

「わかっているって」


 ジェイク様はそう言って部屋に戻っていきました。もう。無理をなさらないでください。

 でも、一人蚊帳の外だったのは寂しかったのでしょうね。自分自身のことでみんなを危険にさらす、ということもあったのでしょう。

 そう思うと、私はジェイク様の優しさを感じることができました。


 

 そして、父アヴェレーナ子爵からもすぐに返事がやってきて、護衛を用意することを約束されました。それまではエマネさんが通常の道を進み囮となり、私たちは別ルートから馬を使って走り抜けるということになりました。


 うまくいくと良いのですが……。いえ、うまくいくと信じています。


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