第二話 第三王子ジェイク
ジェイク様といえば、この国ポーレタリアの第三王子であられる方です。そんな方がどうして私たち子爵の家にやってきたのでしょう?
ともかく突然の来客に私たちは大慌てで準備を行い、ジェイク様を迎え入れました。
「うわぁ、ここがアヴェレーナ子爵の屋敷か! 狭いが、とてもきれいじゃないか!」
歯に衣を着させぬ言葉で辺りを見渡しながらジェイク様はお付きの方とご一緒に屋敷に入ってきます。
私たちはひたすら膝をつき頭を下げてジェイク様のことを迎えます。ちらりと見たジェイク様はなんというか、十八歳と聞いたけれど、童顔で身長もそれほど高くなく、無邪気な表情はもっと年齢が低く見えます。不敬かもしれませんが。
ただ、輝くようなアイスブルーの瞳がとても印象的でした。
「頭を上げてくれ、今日はお話があって参ったのだ」
しかし、今の言葉には王族らしい威厳を感じられ、私は気を引き締めなおしました。やはり、王族の名に連ねるお方は私のような下級貴族とは違うのでしょうか。
私たちが頭を上げるとジェイク様はすでにテーブルの椅子に座っておられました。
「ロイド殿、そしてご令嬢のエレナ嬢も席に座ってほしい」
「いえ……そのような恐れ多いこと……」
「むっ、そんな恐れ多いということを申しただろうか?」
あ。明らかに不貞腐れています。貴族が嫌悪を感じるときのような嫌味さがなく、本当に座ってくれないことを残念がっているようでした。
私は少し笑いそうになったのをこらえ、ゆっくりと立ち上がります。ジェイク様の付き人たちが「おお……」と声を漏らして、少し恥ずかしかったですが、椅子に座ります。父ロイドも観念したように隣に座りました。
しばらく沈黙が続きました。その間にもアヴェレーナ子爵側の使用人が緊張した面持ちでお茶などを運んでくれました。あ、私の作ったお菓子も並んでいます……。
ジェイク様はしばらくの間何も言わず、ただお茶やお菓子をもぐもぐと食べていました。
その様子はなんだか一生懸命食べ物を詰め込むリスのようで可愛らしく、思わず笑みを浮かべてしまいそうになりますが、ここで笑ったら不敬罪でどんなことになるかわかりません。私は必死に我慢し、ジェイク様が満足するまで待ちます。
「うむ、美味しかった!」
「殿下、お言葉ですが、いつも申しておりますように菓子を頬が膨らむぐらいに詰め込むのはお行儀が悪いかと……」
「何を申すか。こんなに美味い菓子を食べるのを止められるわけがなかろう! この菓子は誰が作ったのだ?」
ドキッと胸が高鳴りました。その瞬間、使用人や父からの視線が私に集まってきます。
私は冷や汗をかきつつも、観念して手を上げました。お、美味しかったと言われるのは嬉しいけれど、なんでこんな時なんだろうと私は内心困ってしまいました。
「やはりそなたか」
ジェイク様は優しい笑みを浮かべてらっしゃいます。私は顔が熱くなるのを感じつつ、うつむいてしまいます。いけない、猫背も伴って顔が完全に隠れてしまいます。
しかし、なんでしょう、ジェイク様のお言葉に違和感があります。「やはり」というのはなんでしょうか?
「うむ、やはり我が妻となるのにふさわしい方だ! 『また』会えて嬉しいぞ!」
再び違和感。と言いますか、もはや何を仰っているかわかりません。「我が妻」? 「また」? どういうことなのでしょうか。
「つ、妻と言いますと、我が娘を……?」
父が代わりに疑問を呈してくれました。その声は震えています。
きっと父にとっても衝撃だったのでしょう。私だってそうです。
私は顔をあげてジェイク様を見つめました。ジェイク様はにっこりと笑みを浮かべて頷きます。ああ、太陽のようにまぶしい。まぶしくて目がくらみそうです。ひええ。
「聞くところによると、ヴァルロード公爵の後継ぎリードオールから婚約破棄されたという……」
その言葉を聞いて、私は硬直してしまいます。ぽっかりと穴が開いた心が再び冷え切ろうとしています。しかし、ジェイク様の言葉は続きます。
「私は一度諦めていた。エレナ殿が幸せになってくれるのであれば、私の一方的な恋など成就せずともよい。国のためにと思っていたのだが……」
一方的な恋とは一体なんでしょう。私には何のことかわかりません。
「しかし、諦めきれなったのだ。私はこの恋を成就させたいと、ずっと思っていたのだ。だから、縁談もすべて断ってきた」
ジェイク様の言葉に熱が帯びてくるのが私にもわかります。なんで私のためにそんなことをなさったのか分からず、私は困惑するだけでした。
「そう、十年前、私が木から降りられなくなっていたところを助けてくれたのは、そなただ、エレナ」
「そのようなことが?」
父が私に訊ねてきます。私はその瞬間思い出しました。
十年前、私がまだ十三歳のころ、王家主催の舞踏会に参加させていただきました。その時も男装をしていて、私は舞踏会の隅でおとなしくしていました。
たまに私のことを知らないご令嬢がダンスのお誘いをしてきたのですが、私が噂の「巨女」と知るとそそくさと去っていってしまいます。
私は居心地が悪くて、外に出ました。庭園の空気を吸い、ただ静かに双子月を見つめていました。その時です。私のもとに男の子の声が聞こえてきたのは。
「助けてくれぇ」
本当に困っているような声でした。私が辺りを見渡すと、大きな木の枝に座って震えている子供がいました。
格式の高そうな格好をしていましたが、その時私はその子供がジェイク様だということを知りませんでした。
私は少しだけ木を登り、ジェイク様を助けました。
「あまり親御様に心配かけてはなりませんよ」
私はひとまず男の振りをして注意をしました。するとジェイク様は涙ぐみながらも笑顔を見せて私に言いました。
「そなたのような大きく美しい女性を見たことがない。助けてくれてありがとう!」
「じょ、女性では……」
「なぜ隠すのだ? 私にはわかるぞ」
「……失礼いたします」
私はそそくさと逃げるようにその場から離れました。その時の心の鼓動を今でも憶えています。私を女と見てくださった方は父以外で初めてでしたから。
それが十年前の顛末です。しかし、その時のことを憶えてらっしゃるなんて……。
「あの時から私は絶対にあの人を迎え入れようと決心していた」
「し、しかし、もう十年も前のことです……」
「たかが十年だ。今も私の愛は変わらないぞ!」
「……それに私は……」
公爵令息に婚約を破棄されたばかり。そんな女を王室に迎えることなど……。
「婚約破棄がどうした。そなたの魅力をわからなかったものが悪いのだ!」
「しかし、それではジェイク様のお立場が……」
「そんなものは関係ない。もし王室を出ろと言われればそうするだけだ。父上だってわかってくださるはず」
「そんな……私は……」
「そなたはどうしたいのだ? エレナ」
どうしたい、どうしたいのだろう?
私はリードオール様に婚約破棄され、妹にとられ、心にぽっかりと穴が開いた気分でした。私には愛される資格などないと、そう思っておりました。
しかし、こんなにも一生懸命私を愛してくださる方がいらっしゃるのであれば……。
「エレナ」
父が優しく声を掛けてくださります。私は立ち上がって、自分の姿を見せました。この場にいる誰よりも背が高い自分を。
「私はこのように『巨女』です。なのに大した力もありません。しかし、それでも。それでも殿下が愛してくださるというのであれば」
私は決心しました。この方に尽くそうと。
「私は殿下のお申し出を受けとうございます」
「うむ! そう言ってくれて嬉しい!」
そう言ってジェイク様は立ち上がり、私の手を取って、甲に口づけをしてくださいました。
私はこうして、王家のもとに嫁ぐことになったのです。