第十九話 ひと時の休息
ジェイク様の別荘にたどり着いたその次の日。私たちは各々のんびりとした一日を送ることにしました。
まずは乗馬ができるという牧場があるので、そこへと出向くことに。牧場にたどり着くと、馬たちが放牧され、寝そべっていたり、やんちゃなものは走り回ったりいたずらしたりと平穏な風景が広がっておりました。
「うわぁ、馬がたくさん……これもジェイクのものなのですか?」
「いや、私の馬もいるが、ほとんどは近辺の村が管理しているものだ。そこに私の馬も入れさせてもらっているという状況だね」
そう言うと、ジェイク様は指笛を吹きます。すると、一頭の馬がこちらにやってきて、柵越しにジェイク様の顔に頭をこすりつけてきます。白毛の馬で、美しい毛並みが健康さを表しています。こんなに美しい馬は見たこともありませんでした。
「これが私の馬だ。すこしやんちゃだが、良い子だ」
「わかります。なんだかジェイクにそっくりですもの」
「どういうことだ?」
ジェイク様は首をかしげますが、私は笑ってごまかしてしまいました。
と、そんなところに麦藁帽を被った壮年の男性がやってきます。どうやら牧場の主のようでした。
「これはジェイク様。お久しぶりですね」
「ああ、あまり顔を出せなくて申し訳ない。こいつも元気にやっているようだし、本当にありがとう」
「なんのなんの」
男性は豪快に笑ったあと、私の方を物珍しそうに見ました。
「やたらと大きな方がいらっしゃいますが……」
「ああ、そこは気にしないでくれ。私の妻となる人だ」
「お、おお……それは失礼いたしました。ご無礼をお許しください」
男性は麦藁帽を外し、私に謝罪しました。私も悪気があっていったことではないというのはわかっていたので、首を横に振って笑みを浮かべてみせます。少しは妻としての貫禄が出てきてくれればいいのですが。
「今日は少し乗馬を楽しみたい。エレナに合う馬はいないか?」
「そうですねぇ。少々お待ちを。ああ、中に入って構いませんよ」
そう言って男性は厩舎のほうへと走り去っていきました。ジェイク様は放牧場へと入ると、そのまま白馬とじゃれあい始めます。本当に久々だったのでしょう。白馬の方は嬉しそうにジェイク様に体をこすりつけます。
私も牧場の中に入り、ジェイク様のそばで男性が戻ってくるのを待ちます。空を見上げれば、雲がゆったりと流れていって、平和なひと時であることが感じられました。いつまでもこうしていられればいいなぁ、と思ったところに、先ほどの男性が戻ってきました。
「お待たせしました。少し大きい馬ですが、おとなしいやつなんで大丈夫だと思います」
そう言って男性が連れてきたのは少し臆病そうな眼をした大きな栗毛の馬でした。なんともまあ、私に似ている気がします。気が弱いところとか。でもみんなと遊びたいと思っていて、輪に入りたいと思っているところも。
「おいで」
私はあえて近づかず、その馬に声を掛けます。馬はブルルと鳴くと、ゆっくりと足を動かし、私の元へと歩み寄ってきました。そして匂いを嗅いできます。私はゆっくりとその馬の顔を撫でてみます。最初はびっくりしたようですが、すぐに私に体をゆだねてくれるようになりました。
「おやぁ、こんなに心を開くのは初めてだ。正直、私が付き添って乗ってもらおうと思っていたんですが、大丈夫そうですね」
男性は驚いた様子で私を見ていました。どうやら、この子と私は相性がいいようです。似た者同士、ということでしょうか。
私とジェイクはそれぞれの馬に乗り、牧場を一回りしました。最初は馬から緊張を感じていましたが、すぐに走ることを楽しみだし、ぐるぐると牧場を駆けていきます。
「そんなに馬術が得意とは思わなかったぞ!」
ジェイク様が嬉しそうな表情を浮かべ、手綱を操りながら叫んできます。私は嬉しくなってきました。すると、馬のほうもそれを感じたのか、少し速度を上げました。
「競争か、かまわないぞ! あそこの木の場所まで勝負だ!」
ジェイクはそう言って「ハイヤ!」と叫び白馬を駆り立てます。私も手綱をしっかり握ります。すごいスピードで駆けていく私たちを見て、驚く馬もいました。しかしそんなこと気にも留めず、私は目の前の木へと集中しました。頑張れ、頑張れ! と馬を応援するように手綱を握って。
両者互角のまま、木を通り過ぎました。木の上ではキュラーヴァがいて、リンゴを食べながら私たちに言います。
「殿下の勝ちー」
「悔しいですね……!」
私は馬を落ち着かせつつ、ジェイク様の元へと歩ませます。
「いや、いい勝負だった。私が先に仕掛けた分早かったのだろう。その馬も良い馬だ。いっそ買い取って、エレナの専用にしようか」
「いいえ、この子はいろんな子と遊びたいと思っているようです。私だけの馬にしては、寂しがってしまうでしょう」
「そうなのか。では、買い取るのはやめ、ゴホン……」
と、ジェイク様は突然せき込みました。私は少し驚いて、ジェイクの方を向きます。
「どうなされましたか?」
「いや、なんでもない。それよりもだ、少し汗を掻いたな。水浴びでもしに行くか」
「殿下、そうやって女性の裸を見ようという魂胆ですかー?」
「そういうわけではないよ! ……近くに湖に流れる川がある。このままそこに行こう」
そう言ってジェイク様は馬を走らせて行きました。私とキュラーヴァは首を傾げつつ、後を追っていきました。
川にたどり着くと、そこには透き通ったきれいな水が流れていました。時々トンボも飛んでいて、秋らしい季節を感じさせています。
水はひんやりとして浴びるには少し寒いような気もしますが……大丈夫でしょうか?
「ジェイク、あまりお体の調子が悪ければ無理に浴びないほうがよろしいかと」
「大丈夫だって。タオルも持ってきた。それを水に浸せば体を拭けるだろう?」
そう言うと、ジェイク様は川の向こう側へと行ってしまわれました。私とキュラーヴァはひとまず服を脱ぎ、タオルに水を浸して体をふきます。やはり冷たいですが、運動で火照った体にはちょうどいいかもしれません。
ジェイクの馬と私が乗ってきた馬もおいしそうに水を飲んでいます。気持ちよさげで、私もうれしくなってきますが、それ以上にジェイクのことが心配でした。
「なんだか様子がおかしいね、殿下」
キュラーヴァもそう言います。私も同じことを考えていました。何事もなければいいのですが、ともかく私たちも体が冷えきれる前に体を拭いて着替えを済ませます。そしてジェイク様を呼ぶと、彼も着替えを終えてこちらへやってきました。
「うー、冷たいな。少し失敗した」
「そりゃもう冬になりますから。殿下、調子悪いんですか?」
「いや、そんなことはないぞ」
キュラーヴァが問い詰めようとしても、ジェイクはいつもの調子で返してきます。本当に大丈夫なんでしょうか……。
「そんな心配そうな表情をしないでくれ! 私はほら、元気だ! さて、今度は狩りにでも行こう。今日の夕食をとるぞ!」
ううん、やはり無理をなさっている気がします。私はここで無理やりにでも別荘に戻った方がいいと言った方がよいのでしょうか。しかし、私の勘違いであれば、せっかくののどかな時間も台無しになってしまいますし……。
そうして、森に狩りへ出かけ、鹿を仕留めたジェイク様は夕方になって別荘に戻ります。エマネさんが出迎えてくれて、早速鹿を調理してくださいました。おいしい料理でしたが、ジェイク様は少し残されていきました。
やはり悪い予感がする。と思いつつも、大丈夫だと念を押してくるジェイク様に何も言うことができず、私は悪い予感が外れるように願っていました。
しかし、悪い予感というものは当たるというもので。ジェイク様は次の日、風邪をこじらせてしまったのです。




