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第十六話 わがまま王子オリバー

 あのピアノ対決の後、私はすこしうきうきした気分で廊下を歩いておりました。なんだか良いお友達ができた気がしてとても嬉しかったのです。オリヴィア様は厳しい方ですが、お話すればするほど面白い方だと言う事がわかります。

 今度はお茶会もしましょうと仰ってくださいました。もちろん私の振舞などを観察するためでしょうけれども、私は純粋に楽しみで仕方ありませんでした。


「オリバー様、お待ちください!」

「やだね!」


 と、廊下の曲がり角の奥からなにやら騒ぎ声が聞こえてきます。この声はオリバー様のお声だと思いましたが、ああ、やはり走ってこちらにやってくる姿は彼のものでした。


「へへ、ラッキー」


 オリバー様はそう言うと、私にしがみつき、私が何かを言う前に肩に上ります。そして髪を引っ張るとこう言いました。


「ほら、乗り物! 僕を乗せて逃げろー!」

「オオオオオリバー様! なんと失礼なことを!」


 追いついたメイドの方がぎょっとした表情を浮かべてこちらを見て、すぐに頭を下げてきました。オリバー様は勝ち誇った顔をしているようですが、私はさすがに苛立ち、しゃがんでメイドの方にオリバー様を差し出します。


「あ、こら勝手に動くな!」

「私はオリバー様の乗り物でもなければ、従者でもありません」


 私は毅然とした態度を取りました。ここで甘やかしてはオリバー様のためにもなりませんし、調子づいてしまうでしょう。それに対し、オリバー様は憤慨したかのように顔を真っ赤にしています。


「なんだとぉ! 生意気なことを!」

「ほら、オリバー様! お勉強のお時間です! 戻りますよ! エレナ様、大変申し訳ございませんでした!」


 メイドの方は大きく頭を下げ、半分引きずるようにオリバー様を連れていかれました。その時、オリバー様は私を見ていましたが、恨めしそうな表情を浮かべています。どうやら敵愾心を抱かれてしまったようです。



「オリバーは末っ子で、しかも妾であるセレナ様が甘やかしているんだ」


 と、語るのはジェイク様です。ジェイク様も頭を悩ませているようで、表情は曇っているようでした。彼も困り果てているのでしょうか。


「そういうことで、王家としての教育も真面目に受けようともしないし、メイドたちの言う事も聞かないし、兄弟としての仲もあまり良くなくてね……どうしたものかと悩んでいるんだ」

「なるほど……」


 私は少し考え込みました。さきほど私も被害を受けましたが、それでもなんというか、どこか寂しさを感じるような気がしました。なぜでしょう。兄弟愛を受けていないからなんでしょうか。まるで自分で遊び相手を探しているかのようなそんな印象を受けました。なぜそんな印象を受けたのでしょうか……? 


「もう少し落ち着いてくれればいいのだが、ずっと言っているのに、あいつの悪童ぶりは治らないんだよ」

「なるほど……なぜ彼はあんなに反発的なのでしょうか?」

「うん?」

「いえ……なんとなくなのですが……」


 その時でした。上から水が振ってきて、私たちにかぶってきました。びしょぬれになった私たちは一瞬唖然としていましたが、上を見ると、窓からバケツの水を落としたオリバー様の姿があります。ぶるぶると震えるジェイク様は顔を真っ赤にして叫びました。


「オリバー! 貴様、今回という今回は許さんぞ!」

「へへん、悔しかったこっちに来てみろー!」

「このっ……」

「お待ちください、ジェイク様。このままだとお風邪を引いてしまいます。まずは御着替えをしましょう」

「え、あ……ああ。わかった」

「なんだよー、追いかけてこないのか! この臆病者―! ただのでくのぼー!」


 オリバー様はいろんな言葉を使って私たちを挑発してきますが、私は構わずジェイク様の手を引いて部屋へと戻っていきます。


「なんだよぉ……」


 最後に聞こえてきたオリバー様の声は、どこか寂し気なものでした。まるで構ってくれないことを悲しむかのように。いっしょに遊んでくれないことを寂しがっているかのように。

 それで、私は確信を得られました。彼に必要なものは教育でもなんでもないと。おそらく、一緒に遊ぶ相手が必要なんじゃないかと思うのです。



 着替えを終えた私はジェイク様と執事長と相談することにしました。ジェイク様も怒っていらっしゃいますが、納得している表情でもあります。執事長も考え込んでいらっしゃるようでした。


「確かに、遊び相手がいなかったのはあるな。私はまあ、そういう相手に恵まれたし、兄上たちもああいう性格だから事足りる。しかしオリバーに関しては妾の子というだけで違う目で見られているし、孤独と言うのはあるのかもしれない。だけどなぁ」

「とはいえ、ジェイク王子も昔はああいった時期がございましたよ」

「……そうだったか?」

「そうですね」


 意外な話を聞いてしまいました。やはりジェイク様も寂しかった時期があったのでしょう。ツヴァイヤ様とは良好の仲のようですが、そうなるまでは時間がかかったのではないでしょうか。そしてこの場では言えませんが、町に繰り出すことで仲間を作って、それで自分の孤独を解消することができたのでしょう。


 しかし、オリバー様はこの王宮から出る事を許されていません。私たちが王都へ連れ出すこともできるでしょうが、それ以上にここで友達を作ることが先決だと思います。


「……あ」


 私は一人のメイドのことを思い出しました。確かレヴェント男爵家から奉公に来たカセナという子です。彼女も八歳なので、オリバー様と同年代と思われますから、仲良くするにはいいかもしれません。少し変わった子ですが、クッキーを美味しそうに食べていた時のことを思い出せます。


「あの、レヴェント男爵家のカセナさんと引き合わせるのはいかがでしょうか?」

「どの子だ?」

「ああ、まだ若いメイドですよ。奉公にも来たばかりで、彼女も独りぼっちなところがありますから引き合わせるのはよいかもしれません……しかし問題が」

「問題?」

「あの子は喋れないのです。声が出せないといいますか」


 執事長の話によると生まれつき声が出ないのだとか。それはつらいでしょうね……。彼女一人で仕事をしているのも見かけますし、他の方とも意思疎通ができないのではないでしょうか。


「だが引き合わせてみる価値はありそうだぞ」


 と、ジェイク様が言います。私もそう思いました。だって彼は……。

 色々と話し合った結果、引き合わせる役を私が担うことにしました。なんだかんだでまだ警戒心が少ない相手だろうということで、私はまずカセナさんを探し、彼女に事情を説明しました。彼女はしゃべれない代わりにぶんぶんと縦に頭を振り了承してくださいました。

 そのあとオリバー様を探しました。しかし、なかなか見つける事ができません。庭園を歩いていると、カセナさんが私の服の裾を引っ張りました。指さす方向を見ると、オリバー様はどうやら木の上で一人ぼおっとしているようでした。


「オリバー様」

「な、なんだ……お前なんか嫌いだ!」


 やはり嫌われてしまったようです。私は苦笑しつつ、カセナさんを前に出します。


「今日はお友達をお連れしました」

「友達……? そんなのいらないよ!」

「でも、この子、カセナもお友達になりたいと言っていますよ?」

「……っ! ふ、ふん! じゃあ、条件だ。この木を登ってこい。僕の隣に来られたら子分にしてやってもいい!」


 あらあら、また……と思った矢先、もうすでにカセナさんが木を登り始めます。一度はずり落ちそうになりましたが、何度もゆっくり上り、オリバー様の元へと来ました。


「な、なんだ、やるじゃないか……お前、本当に僕の子分になりたいのか?」


 カセナさんは先ほどのようにぶんぶんと縦に顔を振ります。そこで気づかれたのでしょうか、オリバー様は少し困惑した様子で言いました。


「お前……しゃべれないのか」


 カセナさんは少し寂しげな表情を浮かべて頷きます。そうか、とオリバー様も戸惑いの表情を浮かべていましたが、すぐにうなずき、彼女を抱き上げて木から飛び降ります。


「来い! こっちにいい風景が見られる場所があるぞ!」


 私のことなどもういないかのように、オリバー様はカセナさんを連れてどこかへと行ってしまいました。一瞬カセナさんがこちらを見ましたが、私は頷いてみせます。そして二人はどこかへと行ってしまいました。


「うまく行きましたな」


 隠れていたジェイク様と執事長がほっこりとした表情を浮かべています。私もよかったと思い、笑みを浮かべていました。

 その時、ぞっとするような視線を感じ、私は後ろを向きます。しかし、そこには誰もいませんでした。


「エレナ?」


 ジェイク様が訊ねてきますが、私は何でもないと首を横に振ります。しかし、あの視線は一体……。


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