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第十五話 ものまね姫

 自室に戻った私は、一人ベッドの中で過ごしていました。あの恐ろしい方、ヘルクレス様と会ってから震えが止まらなかったのです。何か私の奥底を見透かされているような、その奥底にあるものを狙っているような気がして、怖くて仕方がなかったのです。

 こんな時、一人で考え込んでいても仕方ないのはわかっています。私はともかくジェイク様に会いたい一心で部屋を飛び出しました。


「きゃっ」

「あいた!」


 と、その拍子に誰かとぶつかってしまったようです。薄桃色のドレスを着た桃ブロンドの女性が倒れてらっしゃいました。私は慌ててその女性に手を貸そうと思いましたが、女性はムッとした表情でこちらをにらみつけてきます。


「あなた、突然失礼でしょう!」

「ああ、申し訳ございません。慌てていて……」

「言い訳は結構! 貴族の女性が慌てて走るようなことはしてならないのです!」

「は、はい」


 すごい威厳のある方だなぁと思いました。その女性が立ち上がると、鳶色の瞳が私をまたにらみつけてきます。


「あなた、お名前は?」

「え、エレナ・アヴェレーナと申します」

「ああ、あのジェイク王子の婚約者とかいう人ですね。まったくこんな教育のなっていない人を婚約者に選ぶとは、あのジェイク王子にお似合いですわね」


 その言葉に私は顔をしかめました。確かに私が教養不足なのかもしれません。しかしそれでジェイク様が非難される謂れはないのです。そもそもこの方はどなたなのでしょうか。


「どなたか存じ上げませんが、そんな風に人を侮辱することが貴族のすることなのですか?」

「あら、私は正直に申し上げただけだわ。ああ、それと初対面でしたわね。私はツヴァイヤ第一王子の妻にして次期王妃候補のオリヴィアと申します」


 この方が、と思いました。ツヴァイヤ様とお会いした時に彼女の名前を聞いたはずです。どうやら気が強い方のようですが……。プライドも高そうにも思えます。それは確かな地位からくるのかもしれませんが……。


「あら、何か文句でもあるのかしら?」

「いいえ、ただ先ほどの言葉を撤回していただきたいだけです。私の教養が足りないというのは認めましょう。しかし、私とジェイク様は愛し合っています。そして何より私はあの人に尽くそうと思っております。それを侮辱されれば、誰だって屈辱に思うはずです」

「ふうん、そういうものでしょうか?」


 オリヴィア様は首をかしげます。何かがおかしいような、そんな気がしました。彼女には何も通じないようにも思えて、少し気味の悪さも感じてしまいます。

 しかしそれを感じ取っていないようにオリヴィア様は言葉をつづけました。


「私が侮辱されたとなれば、それは私の至らなさがあること、そして付け入る隙を出してしまったことを恥じます。あなたはそうではないのですか?」

「それは……」

「なるほど、そういう考えもあるというのはわかりました。ありがとう」


 やはり得体のしれない何かがあるようにも思います。私は圧倒されてしまい、言葉が出ませんでした。


「しかし、あなたとしても納得がいかないのでしょう?」


 そう言われてやっと私は我に返り、大きくうなずきました。そうするとオリヴィア様は口端を釣り上げて笑みを浮かべます。


「ならば勝負です。あなたの得意分野はなんですか?」

「しょ、勝負?」

「ええ、そうです。何でも構いません。私を打ち負かして見せなさい。そうすれば認めましょう」

「……わかりました。ではピアノでどうでしょうか?」

「いいでしょう。では明日、この城にあるピアノを使って勝負をします。審査員は執事長でいいでしょう」


 私はこの時挑発に乗ってしまったと後悔してしまいましたが、もう遅いです。ともかく、ピアノであればレッスンもしていましたし、心得もあります。オリヴィア様に負けないようにピアノの練習をしに行きました。何度も練習した曲を繰り返し練習しては納得がいかないところを探し出します。


「なんだか良い音が聞こえると思ったら、エレナだったか」


 と、ピアノ室の扉が開かれたと思ったら、そこからジェイク様とツヴァイヤ様が現れました。お二人とも汗をかいていらっしゃるので、何か訓練をした後なのでしょう。私は少し恥ずかしくなって、ピアノを弾くのをやめてしまいました。


「続けてくれ。素晴らしい演奏だった」


 そう言われては、と思いまたピアノの鍵盤に指を置きます。少し緊張しますが、楽譜通りに指を動かし、音色を奏でていきます。その音を黙ってお二人は聞き入っていました。

 そしてすべて弾き終えると、拍手が送られてきました。


「素晴らしいじゃないか! 私は指がでかいゆえ、ピアノなどできないし、音楽の教養はないが、こういうのも悪くない!」


 ツヴァイヤ様が大きな声でほめたたえてきます。私は恥ずかしくなって、顔が火照ってきました。ジェイク様もうなずきながらこちらにやってきます。


「ピアノが得意だったのは初めて知ったけれど、なにか気迫のようなものが感じられたね。どうかしたのかい?」

「あ……ええっと」


 私は正直にオリヴィア様に勝負を挑まれたことをお二人に伝えました。するとお二人は驚いたように目を合わせ、そして笑い出しました。


「わ、笑い事じゃないです! 私は……」

「わかっているわかっているよ、エレナ。私のためにしてくれたのは嬉しい。ただ、勝てないよ、彼女には。負けもしないけれどね」

「わ、私には勝ち目がないと?」


 ジェイク様の真意がわかりません。私では勝ち目がないほど、ピアノの達人とでもいうのでしょうか。しかし、彼女は「何で勝負するか」と言うのは指定していなかったのです。


「そうじゃないんだ。いやぁ、久々に見るな、兄上」

「ああ。楽しみだな」


 お二人の仰っていることが分からず、ただ私は首をかしげていることしかできませんでした。


 そして次の日になり、私とオリヴィア様、そして執事長とジェイク様、ツヴァイヤ様がピアノ室に集まりました。


「では、私の公正な審査により、お二人のどちらかがピアノ演奏に優れているかを判定いたします」

「私は後で構いません。お先にどうぞ、エレナ」

「はい」


 私はピアノの前に座り、大きく深呼吸をして譜面通りの演奏を行いました。緊張はしましたが、指は何時もの通り、いえいつも以上に動いてくれて、良い演奏ができたと思います。

 夢中になって演奏を続け、そして気が付けば曲が終わっていました。私は大きく息を吐いて、皆さんにお辞儀をします。オリヴィア様以外は拍手をしてくださいました。


「では続いてオリヴィア様」

「ええ」


 オリヴィア様は私と入れ替わるようにピアノの前に座ります。しかし、譜面を捲ることなく、ただ指を置き始めます。


「え、譜面が戻っていないですが……」


 私が指摘しようとした瞬間、『私と同じ音色』を奏で始めました。まるで一挙一動を真似しているかのように、鍵盤をたたいていきます。

私は唖然としてしまいました。そんな私の隣にジェイク様が立ちます。


「彼女の異名を知っているかい?」

「いいえ……」

「『ものまね姫』だ。瞬時に見たものを自分の物にしてしまうんだよ。恐ろしい才能の持ち主だ」


 確かに、彼女が弾いているのは私のものと一つも変わりませんでした。いえ、譜面を見ていない分、私よりもすごいのではないかと思ってしまいます。

 しかし、一瞬、一瞬だけ音が外れたのを私は感じました。オリヴィア様も表情を一瞬顰めていました。

 そして楽曲が終わると、ふうっとため息をついてオリヴィア様は立ち上がり、元の場所戻りました。私たちは拍手をするしかありませんでした。


「では」


 執事長が咳払いをして、私とオリヴィア様の前に立ちます。そして言いました。


「僅か一音の差ですが、勝者はエレナ・アヴェレーナ様です」

「当然ですわね」


 オリヴィア様も何も文句を言わず、私の方を見ました。私は唖然としたまま、彼女を見つめます。


「貴方の腕の長さまでは真似ができなかった。だから一音外してしまった。ただの物真似では、限界もありますわね」

「……そんな、オリヴィア様だってすごいです。私の演奏を一瞬で憶えてしまうなんて」

「すごいでしょう?」

「だが、三日ですぐ忘れてしまうのだけれどな!」


 ツヴァイヤ様が屈託のない笑みでそう言うと、オリヴィア様が彼をにらみつけています。そして咳払いすると、笑みを浮かべて私に言いました。


「あなたのピアノの演奏は、あなた自身の才能です。自信を持ちなさい」

「は、はあ」

「しっかりお返事を!」

「はい!」


 変わった方もいらっしゃるものだ、私はひと時の安息を得られたようで、オリヴィア様に感謝をいたしました。オリヴィア様も今度は一緒に演奏してみましょう? と誘ってくださいました。私はほっこりと嬉しい思いになり、是非、とうなずきました。


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