第十四話 ジェイクの兄弟
私たちがエントランスホールで待っていると、まず兵士を率いて、大きな馬にまたがった大男が現れました。無骨な鎧を着こんだ、偉丈夫な方です。しかし顔立ちはジェイク様の雰囲気に似ていて、笑ったところなどは特にそっくりでした。体つきはとても筋肉質ですが。
「おお、我が弟よ! 元気にしていたか!」
「あちらが長兄のツヴァイヤ兄さんだ」
ジェイク様は小さく耳打ちをした後、彼はツヴァイヤ様のほうに笑顔を向けて手を振ります。下馬されたツヴァイヤ様は兵士に号令を出すとこちらにやってきます。私よりも背が高く、私は何年振りかの人に対して顔を見上げるという行為をしました。
「ツヴァイヤ兄上、遠征お疲れ様です。成果はいかがなほどで?」
「やはり山脈を越えてやってくる蛮族たちは恐ろしいが、そこはポーレタリア王国の兵たちの質の方が勝っている! 何、傷一つ受けなかったさ!」
豪快に言い放つその顔には屈託のない笑顔が見られました。裏表のなさそうな方で、私としても気持ちの良い人でした。
「それは何より。兄上の無事を誰よりも心待ちにしている方がいらっしゃいますので、すぐにでもお会いしてはいかがでしょうか?」
「む、オリヴィアか? まあまあ、あいつのことだ。いつものように小言を言われるだけだからなぁ……。お、そこにいるはジェイクの新しい近衛か?」
と私を見て言いました。こ、近衛というのは些か無理があるのではと思い、苦笑いしてしまいました。ですが不敬だと思い、すぐに気を取り直してお辞儀をします。
「あの、私ジェイク様と婚約を交わしましたエレナと申します」
「婚約? あの縁談を何もかも断っていたジェイクにか! あっはっは! これはいい。背も高くて私好みでもある。どうだ、一緒に汗をかかないか?」
「兄上」
「お?」
「エレナは私の妻となる人ですし、運動は苦手なのです。兄上と一緒にしないでください」
「そうか、それは残念だ」
ジェイク様は呆れたような表情を浮かべツヴァイヤ様に応じられています。ツヴァイヤ様も心底残念そうな表情を浮かべながらその場を後にしようとしました。
「エレナと言ったか」
「あ、はい」
突然呼ばれたので、驚きながら振り返りました。ツヴァイヤ様はにっこりと笑い、私に言いました。
「ジェイクは良い奴だ。だが、少々寂しがり屋なところもあるのでな。わかっていると思うが、支えてくれると助かる」
「兄上!」
「ハッハッハ! それじゃあな!」
豪快に笑い飛ばし、ツヴァイヤ様はその場を後にしていきました。珍しくジェイク様が顔を赤く染めております。私はふふっと笑っていいました。
「良いお兄様ですね」
「余計なことをすぐに口滑らすことが多い方だよ。まったく、本当に脳が筋肉のような方だからね……母上とは仲が良いのだけれども」
「ああ、それは簡単に想像できます」
ああいう方であれば、アレヴェス様とも気があうのだろうな、と思いました。簡単に想像できる辺りがなんともなぁと思いますけれども、まあそれはそれ、これはこれです。
少し時間が経つと、可愛らしい意匠の馬車がやってきました。中からメイドが扉を開いたかと思うと、何かが飛び出してきて、こちらにやってきました。茶色い髪に、まんまるとした幼い顔の少年でした。この方が弟君のオリバー様でしょうか。
「オリバー様! 危のうございます! 急に飛び出しては!」
「ええー、いいじゃないか。もう着いたんだし、庭園で遊んでくる!」
「オリバー」
と、飛び出していこうとしていたオリバー様の襟をつかみ、ジェイク様は引き止めます。オリバー様は「ぐぇ」と悲鳴を上げて立ち止まり、なんだと凄んできましたが、ジェイク様を見てパアっと笑顔を見せます。
「兄さん!」
「まったく元気が過ぎるぞ、オリバー。こっちがあいさつに来てやったんだ。挨拶ぐらい返したらどうだ?」
「ごめーん、気づかなかったよー」
わざとらしい言葉遣いでとぼけるオリバー様。どうやら少し悪戯好きな面がありそうな雰囲気でした。元気ではっきりとしているのはツヴァイヤ様とも似ていると思うのですが。
「うん? ううーん?」
と、私に気づかれたオリバー様は、私の周りをぐるぐると回ります。私はどうしたんだろうと、その様子を目で追いかけます。すると突然、私の体にしがみつき、そして肩に乗ってきました。私は咄嗟に足を押さえて落ちないようにします。
「すごい乗り物だ! 高い!」
「誰が誰の乗物だって?」
明らかにジェイク様がオリバー様へ怒気を含めた言葉を投げつけていました。そしてオリバー様の体をつかんで私から下してしまいます。
「乗り物じゃないの?」
「私の婚約者だ。兄の婚約者に対して失礼じゃないのか!」
「ええー……でもこんなに大きいし……」
「オリバー」
「わあ、兄上が本気で怒った! にげろー!」
オリバー様はそう言いつつも悪びれることなく笑いながらその場を後にしていきました。お付きのメイドも慌てて追いかけていきます。その途中でオリバー様はこちらに向かって舌を出してきました。これは……なんというか。
「まったく……。あいつが一番甘やかされているんだ。妾の子なんだが、兄弟同士仲良くするように、と父上が言ったはいいが、その妾が甘やかしているものだから、あんな我儘で破天荒な性格になってしまった。なんというか、悪童というかな」
「あの子は何歳なのですか?」
「今年で八だ」
「ならば、まだ遊びたい年頃です。私のことは大丈夫ですから、お気になさらず。それに、黙って城を抜け出してしまうジェイクも悪童ですよ、十分」
「むっ……」
明らかに不機嫌になるジェイク様でしたが、私はそのしぐさも可愛くて笑ってしまいました。ジェイク様は肩をすくませ、大きくため息をつきます。言い返さないところを見ますと、認めているところもあるのではないでしょうか。
「さて、次が問題だ」
「次?」
「そう……来たぞ。次兄のヘルクレスだ」
ジェイク様がそう言うと、エントランスホールに黒馬が引く馬車が現れました。豪奢な飾りつけがされていて、兵士たちも煌びやかな鎧を着ています。そして馬車から現れたのは、王族の服を着崩して、オールバックの髪がつややかで、ツヴァイヤ様ほどではないしろ、私と同じぐらい背が高い男性でした。
横目でジェイク様を見ると、他の御兄弟とは違い、明らかに敵意を表しています。何があったのでしょうか。わからないですが、ともかく私も緊張感を表しました。
「おお、我が弟ジェイクよ! 元気にしていたかい?」
「元気です。ではごきげんよう」
最低限の挨拶だけを済ませて、ジェイクは私の手を引っ張りその場から去ろうとしました。しかしその行先にヘルクレス様が回り込み、明らかに侮蔑の表情を浮かべてこちらを見てきます。
「それが久々に帰ってきた兄上への態度かい? 残念だな、悲しいなぁ。私がお前を思わなかったことなどなかったというのに。そこにいる素敵なレディのことを教えてもくれないのか?」
「教える必要はありませんので。それに兄上だったらもうご存じでしょう?」
明らかに険悪と言った様子でお互いをにらみつけあっています。どうやら、私のメレーナのように仲が悪いようです。そんなヘルクレス様は私の顔に手を当てようと近づけてきました。
「美しい顔立ちじゃないか……ジェイクにはもったいない」
その一挙一動が妖しくて。私はなんだか引き込まれそうになりますが、必死に我慢して後ずさりました。すると、ジェイク様がヘルクレス様の手を払いのけました。
「失礼いたします」
それだけを言って、ジェイク様は私の手を引きその場を後にしていこうとしました。その背中に、ヘルクレス様の声が聞こえてきます。
「大事なものなら守ってみせろよ。突然奪われることだってあるんだからな」
その一言が何だかとてつもなく恐ろしくて、私も足早にジェイク様と自室へと向かうことにしました。




