第十三話 謝罪
舞踏会が終わり、妹メレーナが起こしたことも落ち着きました。リードオール様にかかった魅了も解呪され、今は私とジェイク様、そしてリードオール様でお茶会を開いております。
「この度は真に申し訳なかった」
粛々とリードオール様は私に頭を下げます。私は首を横に振ります。彼もまた被害者なのだと思うと、一方的に責めることはできませんでしたから。
「リードオール様、頭を上げてくださいませ。妹がしでかしたこと、こちらこそ謝らねばなりません。まさかあのような手段に出るとは思ってもいませんでした。本当に申し訳ございませんでした」
「いや、彼女に心を許し、近づけさせてしまったのは私自身の不徳のなすところ。エレナが謝る必要はない」
リードオール様の表情は申し訳なさそうではありますが、少し穏やかにもなられたようにも思えます。
「それで、これからどうするんだ? リードオール」
と、少し詰め寄る形でジェイク様が問いかけます。少し不安を抱いているような表情を浮かべているようでした。そうですよね、婚約破棄は魅了された状態で行われたことですから、それは無効なのかもしれないと思うとジェイク様も不安ですし……正直私も不安でした。
しかし、リードオール様は再び頭を下げるとこう仰いました。
「いや、魅了されたときに言ったとはいえ、やはり婚約はなかったことにしてもらいたい」
リードオール様のお言葉には、やはりという気持ちと少しの安堵を感じてしまいました。本当はいけないことなのでしょうけれども。
「頭を上げてくれ。訳を聞かせてほしい」
ジェイク様がそう言うと、リードオール様はゆっくりと頭を上げ、私の方を向きました。
「まず、魅了されたとはいえ婚約中に浮気をしたことが申し訳ないということが一点目。それと、これは親同士で決めた婚約であるということが二点目。……そして今更お二人の仲を裂くようなことをしたくないというのが三点目です」
「なるほど。しかし、いいのか? ヴァルロード公爵家としては君を汚点として扱うかもしれないのだぞ?」
ジェイク様が心配そうに見つめると、リードオール様は首を横に振りました。その瞳には覚悟の炎を秘めているようにも思えます。
「それは覚悟も承知です。たとえ家を追い出されようとも、私も、真実の愛とやらを見つけたいと思いました。今度は魅了されることなく、殿下のように愛する人を探してみたいと思います。お二人を見て、そう思ったのです」
「そうか……ならばヴァルロード公爵家には私からも口添えをしよう。あまり責めないでほしいと」
「ありがたき幸せ。それでは、失礼いたします」
そう言って、リードオール様はお席を立ち、私たちに一礼しました。そして私を見て、言いました。
「正直に申すと、やはりあなたと私は反り合わないと思っていた。あなたは優しい方だが、私の方が嫉妬などを感じていたからな……。今は幸せに生きていることを何よりに思うし、幸せになってほしいとも願っている」
「ありがとうございます、リードオール様。そのお言葉だけで十分私は救われます」
「では……」
そう言って、リードオール様は庭園から去って行かれました。その後姿はどこか清々しさも感じるようでした。
「変わられました、あの方は。演技がかった話し方をする人だったのに、今はこう……大人になられたと思います」
「惚れ直してしまったかい?」
「あの方としても私としても、もう終わってしまったことです。それに今は……あなたがいますから。ジェイク」
私はそう言ってジェイクのほうに微笑みかけます。私もまた真実の愛というものを見つけてしまったのでしょう。ならば、リードオール様にもふさわしい方が見つかることを祈るばかりです。親同士の縁談で決まった婚約ではなく、本当の意味でリードオール様を支えてくださり、愛してくださる方が見つかることを。
「それを聞いて安心した。リードオールの元へ戻るというのであれば、私は止められなかっただろう。もともとの婚約があったのだからね。でも、二人の意志が固いのであれば、もはや大丈夫だろう」
そう言ってジェイクは笑みを浮かべました。私もまた笑みを浮かべ返します。
そして二人でのお茶会が談笑を交えながら進んでいくうちに、私はふとメレーナのことが気になりました。
「しかし……メレーナはどうしたのでしょうか。あんな強硬なことをするような子ではなかったのですけれど」
「彼女か……」
ジェイクは思い出すように口元を隠します。
「正直危なかった。強い意志であらがっていたが、彼女の手を止めるのがもう少し遅ければ私も魅了されていたかもしれない」
「そんな……怖いことを」
私は心配になってジェイク様を見つめます。ジェイク様の表情は少し硬く、大きくため息をつかれ、言葉をつづけました。
「いや、それだけ強い魔法をかけられた指輪だったんだ。今はすでに家からも勘当され、指名手配されているが……。何か嫌な予感がする」
「……嫌な予感、ですか?」
「これでは終わらないのではないかと言うことだね。警戒しておく必要はあるだろう」
「殿下、エレナ様」
と、その時、庭園にキュラーヴァがやってまいりました。いつになく真剣な表情で私たちの元へとやってきます。そして跪いて言いました。
「指名手配されていたメレーナ嬢ですが……彼女の衣服と馬車が見つかりました」
「……本人は?」
「見つかっておりませぬが、ただ衣服はだいぶ汚れていて、破れている形跡があると。発見した者によれば、山賊か人さらいに襲われたのではないか、と」
「……そんな」
彼女のしでかしたことは確かに大きかったでしょう。しかし、因果応報と言うには少し残酷な気もします。ジェイク様も何か考え込んでいる様子でいらっしゃるようでした。
「わかった。もう少し周辺を調べてみてくれ」
「わかりました。……それと指名手配のほうはもうすでに降ろされているようです」
「なに?」
「それが……その状況であるならば生きてはいないだろうという判断だったようですが。誰からの指示かというのははぐらかされているのです」
「……嫌な予感がするなぁ。しかし、あまり干渉もしないほうがいいだろうね。わかった、気を付けて探ってみてくれ」
「承知いたしました。ではエレナ様もごきげんよう」
そう言うと、キュラーヴァは笑顔を見せてその場を去っていきました。ううん、どういうことなのでしょうか。私には想像もつきませんが、何かが蠢いているようにも思えます。
「まさかね……」
ジェイク様は両腕を組み、考え込みます。私はお茶を入れなおしつつ、彼に尋ねかけました。
「ジェイク、嫌な予感とは?」
「…………」
「ジェイク?」
「あ、ああ。すまない。考え事をしていたよ、ハハハ」
彼らしくない素振りでした。私は心配になって、席を立ち彼の元へと歩み寄ります。そしてしゃがみ、彼の手を握りました。
「一人でお抱えにならないでくださいね。私もいますから」
「わかっている、大丈夫だよ。心配をかけたね」
ジェイクの笑顔は少しだけ無理をしているように思えました。しかし、これ以上問いかけることもできず、私は席に戻りました。クッキーを一口食べ、心を落ち着かせます。
もし何かあったら、私はジェイク様をお守りできるのでしょうか。それが不安で仕方がなかったのです。
「失礼いたします」
と、メイドの方が一人やってきました。少し慌てたような様子ですが、どうなさったのでしょうか。
「ツヴァイヤ第一王子、ヘルクレス第二王子、それにオリバー第四王子様が同時に帰還されました」
「なに、こんなタイミングで?」
「はい。もうすぐ王都に到着されるとのことです」
ご兄弟が到着される、というのにジェイク様の表情はいつになく曇っていらっしゃいました。どういうことなのでしょうか。
ともかく、私たちは帰還されるご兄弟を出迎えるためお茶会を閉じ、エントランスホールへと向かうのでした。




