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第十話 二人の愛

 ジェイク様と街に繰り出して一日が経ちました。


 その後私たちはあまり会話をせず、気まずい雰囲気でいます。やはり、私が余計なことをしてしまったせいなのでしょうか。


 しかし、あれは守りたい一心があったからこそ、体が動いてしまったのです。しかしそれが……彼を苦しめているのであれば、私は何てことをしてしまったのでしょうか。


 たくさんの言い訳が頭の中で浮かび上がります。だったらどうしたらよかったのか。私がすべきことは何だったのだろうか。私が守らなければジェイク様は、と責めてしまうところもあります。

 しかし、それはただの言い訳にすぎません。私が私を正しかったと正当化しようとしているだけです。もっと良いやり方があったのではないかと思ってしまう事もあります。


「どうすれば、よかったのでしょうか」


 私は誰もいない部屋に語り掛けます。しかし帰ってくるのは開けた窓から入ってくる風の音だけ。その音も、どこか寂し気に感じるような気がします。

 こういう時、私は動き出すことができません。今すぐにでもジェイク様に直接聞ければよかったと思うのですが、夜は歩き出すわけにも行きません。こんな風に言い訳をしているのです。

 ……もっと勇気を出しなさい、エレナ。私はあの人を愛すると決めたのでしょう? だったら、このままではいけません。

 そう思い、ベッドから立ち上がったその瞬間でした。


「エレナ」


 窓の方から声が聞こえてきます。私がとっさに振り返ると、そこにはジェイク様の姿がありました。どうやってここへやってきたのでしょう、まさかバルコニーを伝ってなんて……。


「すまない。あの一件以降、キュラーヴァが夜の外出を控えるようにと言っていたんだ。だけれど、君に会いたくて無茶をしてしまった」


 ははは、と笑っているジェイク様。しかし、私は気が気で出なく、思わず彼の肩を掴んでしまいました。


「そんな危ないことを! 落ちてしまったらどうするのですか!」

「しー! 声が大きいよ、エレナ。悪かったから、落ち着いてくれ」

「……本当に悪かったとお思いですか?」

「半分はな」


 悪びれていない顔を見ると、まったく悪いと思っていないと私は思いますがもう何も言葉が出てきません。それに私はどこか安心している気持ちがありました。ジェイク様に今会えてよかったと、私は思ってしまったのですから。


「……会いたかったです、ジェイク」

「私もだ、エレナ」


 私たちは抱きしめあいます。今は身長の差など関係ありません。ただお互いのぬくもりを感じあいたかったのです。

 そして私たちはベッドの端に座りました。しばらく静まりましたが、ジェイク様がうん、とうなずいて私に語り掛けます。


「まずは悪かった、あんなことを言って。私が助けてもらったのに、礼の一つも言えなかった。最低な男だ、私は」


 と、がっくりとうなだれます。こういう時、ジェイク様は感情を隠さず表現されます。それが可愛らしいと思ってしまいますが、その感情は抑え、私は黙って彼の話を聞くことにしました。


「エレナを失ってはいけないと思った。エレナを失っては、私は生きていけないと思ったから。だから、私は先に怒りがやってきてしまった。エレナに対する怒りもあったはあったが……」


 伏せていた顔を上げ、真剣な表情でジェイク様は言葉を続けます。アイスブルーの瞳が夜でもはっきりと光を放っています。


「一番は不甲斐ない私への怒りだったのだ。浮かれて、暗殺者に気づかず、愛する人を傷つけてしまった私への怒りを、ただエレナにぶつけてしまっただけなんだ」

「それは……」


 違います、とは言えませんでした。それを否定することはジェイク様を否定するような気がしたから。だから、私も語ります。


「私も、ただ一心でジェイクを護りたかった。だけれど、巨人の血があるとはいえ、私はただの弱い娘です。もしも何かあった時に、ジェイクがどれだけ悲しむかなんて考えてもいなかった……私は、婚約者失格です」

「……エレナ」

「私は私の身勝手でジェイクを悲しませました。私は……」

「エレナ」


 突然唇をふさがれました。一瞬なにがあったのかと思ったのですが、口づけをされているのだと気づき、私は茫然としてしまいました。

 少し時がたち、ジェイク様が顔を放すと、瞳を向けて私に言いました。


「それ以上はいけない。私の方こそ、婚約者失格だった」


 ジェイク様はそう言って立ち上がります。そして私の方へと振り向いたときは、笑顔を見せていました。


「だからここからやり直そう。同じ失格者同士、また婚約を結びなおそう!」


 ジェイク様は私の前で膝をつき、私の手を握ってくださいました。そして、手の甲に口づけをします。


「私の愛を受け取ってくれるだろうか、レディ」


 私は少し呆気にとられていましたが、すぐに笑みを返しました。


「もちろんです、ジェントルマン」


 私の言葉に合わせ、ジェイク様は立ち上がり、私の手を引いてくださいました。私もゆっくりと立ち上がり、ただ抱き合って口づけをしました。

 長いような短いような、そんな時間が経ち、ジェイクは私から一歩離れます。


「さて……戻らないといけないが、その前に一つ聞きたいんだ」

「どうぞ、私に答えられることであれば何なりと」

「巨人の血についてだ」


 その言葉を聞いて、私は少し心臓が鳴るような感覚を覚えましたが、少し深呼吸をして答えます。


「……そうですね、私の祖先は古代の巨人がいたと言われています。もう何千年の前の話で、その血は薄まっているのですが……時折私のような先祖返りを起こす者もいます。巨体で、毒などにも負けない強じんな体を持つ……ただそれだけなのですが」

「それで酒を飲んでも全く酔わなかったのか」


 あの酒場のことを言われて、私は恥ずかしくなってしまいました。顔が赤くなっているようにも思えます。


「はい、まあ……お酒が好きなのはもともとなのですが」

「ははは、そうか。じゃあ今度美味しい酒を持ってこよう」

「ありがとうございます。……あの、これだけでよかったのでしょうか?」

「うん? うん。そうだな、気になっていただけだから、それだけでいい。どんな血を持とうがエレナはエレナだろう?」

「……そんなこと、始めて言われました」


 私を嫌った母や妹、愛してくれた父にもそんなことを言われたことはありません。気が付くと、私は涙が流れているのがわかり、思わず顔を押さえてしまいます。


「え、どうしたのでしょう。私……」

「エレナ。大丈夫だ。……君は君なのだから」


 ジェイク様は私の涙をぬぐってくださいます。私は、ただ嬉しくて涙をずっと流し続けました。些細な一言だったのかもしれません。でも私にとって、どれだけ嬉しい言葉だったのか。

 ひとしきり涙を流した後、私はジェイク様に「ありがとうございます」と言いました。その時、私の部屋の扉が突然開き、ジェイク様が私をかばうように前に立ちます。

 そこにいたのはキュラーヴァでした。


「殿下~。そろそろいいですか?」

「キュラーヴァ! お前、ずっと聞いていたのか」

「エレナ、大丈夫だあたりからですよ。まったく、部屋を抜け出して、怒られるのは私なのですからね。早く戻りますよ!」

「もう少しダメか?」

「ダメです。私のお給金が減るので」


 そう言われると、ジェイク様はうなだれてしまいます。私はそのやり取りが面白くて笑ってしまいました。そうするとジェイク様は私の顔を見て笑みを浮かべました。


「その笑顔がやっぱり素敵だな」


 ジェイク様はそう言って、部屋を後にしようとします。私は唖然として、言われたことを思い出してボッと顔が火照ってしまいました。ジェイク様は意地悪そうに笑っています。もう……。


「ああ、そうだ」


 ジェイク様が振り返り、私に告げました。


「そろそろ舞踏会も近い。ドレスも仕立てているから楽しみにしてくれよ」

「……はい。わかりました。その時は素敵なダンスを踊りましょう」

「うん。楽しみだ」


 確か舞踏会は二日後。ダンスとピアノのレッスンも行われていたので、私は不安と楽しみでその舞踏会を待っていました。

 それがあんな波乱なことになるとは思いもしなかったのです。


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