第一話 婚約破棄
「エレナ、君との婚約を破棄させてもらう」
「はぁ」
突然のことすぎて、私は気の抜けたような声を出してしまいました。
婚約者であり、ヴァルロード公爵家の後継ぎ様であるリードオール様も拍子抜けた表情を浮かべていました。
「なんだその表情は、まるで知っていたかのような」
「いえ……私は初めて知りましたが」
実際、この三週間に一度行われる二人だけのお茶会に、私は楽しみとたくさんのお菓子を持ってやってきました。
公爵家の別荘、その庭園にある東屋でのんびりとお茶を飲むはずだったのですが、突然のことすぎて驚きました。驚きすぎて感情が一周してしまったようです。もともと私が感情の薄いというのもあるのですが。
それはさておいて。
「あの……私が気に食わないことをしたでしょうか?」
「気に食わないも何も、理由は様々だ。しかし、一番は……」
立ち上がり演技がかった動きでリードオール様は東屋の外に出ます。指には見慣れない指輪もつけられているようですが……。
私も首をかしげながらついていきます。何があるのでしょうか?
私は東屋の屋根に頭をぶつけ、少し痛みながらも、リードオール様のもとへ急ぎます。なにやら不機嫌さが増しているようにも思えましたから。
「一番は、真実の愛を見つけたからだ!」
「真実の愛ですか?」
突然の言葉に私は首をかしげながらリードオール様の言葉を繰り返します。
リードオール様は自分のお言葉を理解できないと思ったのか、さらに眉間にしわを寄せ、私に詰め寄ります。
「な、ん、だ、その態度は! 私が真実の愛を見つけたのだぞ? 祝福しろ!」
「……しかし、真実の愛を見つけたからと言って婚約を破棄するというのは……そのお相手はどなたなのです?」
「私ですわ!」
突然声が聞こえてきました。私は辺りを見渡しますが、誰もいません。どこにいるのでしょうか?
この声は妹のメレーナのはずなのですが……。
「ここですわよ! もう、鈍くて愚かなお姉さまですこと!」
ああ、やっと見つけられました。メレーナはどうやらリードオール様の後ろに隠れていたようです。
彼女は小柄ですから、後ろに隠れるとすっぽり姿が見えなくなってしまうのです。
かくれんぼが得意で、彼女を見つけるのは本当に苦手で苦手で……。と、懐かしんでいる場合ではありませんでした。
「こんな愚かな姉より、私の方がよいと、リードオール様は仰ってくださったのですよ!」
妹に罵倒されていますが、いつものことです。
つまりリードオール様は私ではなく、メレーナに恋をしたと言う事になります。
なんとなく理解が追い付いてきました。私は俯いてしまい、少し泣きそうになってしまいますが、この場でそんなことをしてはいけないと思い立ち、気丈にふるまおうと努めます。
「すまないな、エレナ。メレーナを責めないでやってくれ。私が愛してしまったのが悪いのだから」
「そんな、リードオール様は悪くありませんわ!」
二人して演技かかった動きを見せます。劇場に来ているかのようでした。私はどうしていいかわからず、ただその場で呆然としていることしかできませんでした。
それが気に食わなかったのでしょう。リードオール様は顔をしかめ、私を睨んでおられます。こんな顔をされたのは初めてです。いいえ、婚約をしてお付き合いをしてから数年間ずっと我慢されていらしたのでしょうか。
だとすれば、私は申し訳ないことをしてしまったと思います。
「それに気に食わないのだよ。お前のその背の高さにはな!」
リードオール様の言葉に、私は思わず体を強張らせてしまいます。私の体が猫背になり、申し訳なく俯いてしまいました。
そう私の体は大きいのです。
それも、ただの殿方の身長よりももっと大きい。
鍛えられた騎士様のような身長をしており、鎧を着れば騎士の中に紛れ込むことすらできるのではないかと思えるほどです。
それゆえに私は猫背になってしまいました。社交場では何とかピンと背を伸ばそうとするのですが、一度ついた癖はなかなか治りません。
それに対して妹は女性の中でも身長が低めで可愛らしい顔立ち。少しばかり高飛車だけれど、それが可愛げにつながっているから、リードオール様が惹かれるのも仕方がないと思います。
しかし、私もこの数年間、リードオール様へ尽くさなかったわけではありません。親が決めた婚約だとはいえ、お茶会や夜会には必ずお手製のお菓子などを持ち寄り、お仕事も手伝ってまいりました。舞踏会などにはご一緒することはできませんでしたが、影ながらうまく行くことを願っていました。
それが、この一言ですべてが終わってしまうというのは悲しいことです。
「毎度毎度、私を見下して! いつも私のことを蔑んでいたのだろう! メレーナからも聞いているのだぞ!」
「そ、そんな! それは偽りです! 私はずっと……」
私は思ってもいないことを言われて、思わず慌ててしまいました。しかし、リードオール様の心はすでにメレーナにあるようです。私など、もう貶めることしか考えていないようでした。
「ええい、言い訳など聞きたくないわ! メレーナ、行こう。父上もこの婚約破棄を認めておられる。このまま愛を貫こうではないか!」
「ええ、そうですわね! それではごきげんよう、お姉さま?」
二人は勝ち誇ったような笑顔を見せながら、その場を去っていきました。
私はどうしていいかわからず、誰も手を付けていないクッキーをバスケットに入れ直し、家に戻ることにしました。
◆
実家に帰って数日。私は茫然としていました。そして自然と涙が流れてしまいました。
愛されていなかったことへの悲しみもあるでしょうが、ぽっかりと空いてしまった心の穴。そして何よりも自分と言う存在がどれだけ醜いのかという事実を付きつけられてしまったこと。
私には古代の巨人の血が流れていると言われています。その血が先祖返りを起こして、巨躯な体質に変えてしまうということもあったそうです。昔は暴れることのないように軟禁されていたそうですが、先祖返りを起こした私を父は普通の女子として育ててくれました。
しかし、子爵といえども、いつも大きいサイズのドレスを発注するわけにもいかず、私は普段父のお古を着させていただいておりました。今も、父の服を着ています。
父はすまないといつも仰っていましたが、私にとって唯一の味方だと思っておりましたから、むしろ嬉しかったのです。
「エレナ……」
私のもとに父がやってきました。私は思わず父に縋りつき、涙を流しました。
「父上……」
「すまない、私が不甲斐ないばかりに……こんな悲しい目に遭わせてしまって」
「違います、私が悪いのです。私が……」
「自分を責めてはいけない。とりあえず落ち着こう」
父はそう言って、椅子に座ることを勧めてくださいました。私は部屋にあるテーブルの席に座り、父と一緒にクッキーを食べる事にしました。父は「美味い」と仰ってくださいました。教養もないのであれば、私は上流貴族様の侍女になって、家のためでしょうか。
「器量も良いと思うのだがな……ヴェリーナが勝手に話を進めていたそうだ」
ヴェリーナというのは私の母です。巨人の血を受け継いでいるのも彼女の方。
私のことなど見たくもないと、別居をしていて、メレーナもそちらに暮らしているのです。メレーナはたまにこちらへやってきていましたが……だんだんと私を見る目が嫉妬などに駆られているようにも思えました。
と、その時でした。家のドアがドンドンとノックされています。使用人が見に行ったあと、慌ただしく私たちの元へとやってきました。
「だ、旦那様! お嬢様にご来客です!」
「なんだ、そんなに慌てなくても」
「それが……第三王子ジェイク殿下の御一行と!」
私たちは思わず立ち上がってしまいました。一体どういうことなのでしょう。今の私には、想像もできませんでした。
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