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ダークエルフの召喚士 ~精霊の森の生き残り、魔法学校へ行く~  作者: しゃぼてん
7章 冬至祭

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96 戦場の囚人

 アグラシア帝国東部には隣国チュラナム共和国との戦場が広がる。

 長きにわたる戦いで、国境付近一帯に発展した町は存在せず、両国の間には延々と荒れ果てた地が広がっている。

 帝国はその戦場に、多くの奴隷兵と囚人兵を送っていた。

 首に仕込まれた爆弾を抱え強制的に戦わせられる彼らが、永遠のように続くこの戦争の、帝国側の主なにない手だった。


 奴隷兵は、帝国が数百年前から支配する南のバララセ大陸から連れて来た肌の色の黒い人々だ。

 彼らには何代も前から農場や鉱山で働かされてきた奴隷もいれば、先住民の村落から新たに拉致らちされてきた者もいた。


 一方、囚人兵の多くは白い肌の人々だった。

 囚人兵には、貧しさゆえに窃盗せっとうや食い逃げなどの軽微けいびな犯罪を起こした者もいれば、革命運動等の政治活動を理由に反逆罪に問われた者もいた。


 そして、囚人部隊のなかでも、死罪を宣告された囚人で構成される死兵部隊と呼ばれる部隊が存在した。

 彼らは常に最も危険な戦地に送られ、捨て駒にされる。


 今、荒地の果ての谷底に、ある死兵部隊が野営をしていた。

 この部隊は全員が20年以上前の反逆罪で一族郎党末代に至るまでの死刑を宣告された者達だった。

 死刑の理由は、ギアラド王国復興をたくらみ国家転覆こっかてんぷくをはかった罪だった。


 首謀者しゅぼうしゃとされたギアラド王族の血を引く一族は、行方知れずになった幼子2名をのぞいてすぐに全員が処刑された。

 だが、部下や使用人であった者たち、ただ血がつながっているだけで逮捕たいほされた遠戚えんせきのギアラド人らは、それ以来、ずっと囚人兵として戦場に置かれていた。


 当時の大人は過酷かこくな戦いの中で次々に死に、今では、この部隊の囚人兵のほとんどは事件のあった当時は幼い子どもだった若者だ。

 事件の時にはまだ生まれていなかった者、すなわち生まれた時から死罪を宣告されている者すらいる。


 その野営地のテントに黒いローブのフードをまぶかにかぶった人影が、音もたてずに入ってきた。


「状況は?」


 その声で気がついた若い兵士たちが口々に喜びの声をあげた。


「魔導士様! 来てくれてありがとうございます! 敵の大軍が迫っていて、もうだめかと……」


「敵の数が膨大ぼうだいで、このままぶつかれば全滅まちがいないですが、監督部隊から撤退てったいすれば全員処刑すると脅されています。囲まれないようにこの谷間にひそんで迎えうつ予定ですが、数が多すぎて絶望的です」


 黒いローブの魔導士は淡々と言った。


「ならば数を減らす。予定通りに戦闘準備をしておけ」


 黒いローブの魔導士、ガリはテントを出て、台地の上に飛翔ひしょうした。

 そこからは荒涼こうりょうとした広い大地が見渡せた。

 今は闇のとばりの中だが、大地には無数の小さな光が広がっていた。

 共和国兵士の軍勢だ。


『なるほど、数が多い。幻術で散らすか……』 


 ガリがつぶやくと、闇の中から竜語の声が聞こえた。


『俺がけちらそうか? 兄弟。俺は近頃、退屈でうんざりしているのだ』


 暗闇の中に溶けこむ、闇のように黒いドラゴンに、ガリはぼそっと返事をした。


『人間のいくさに加担するために精霊を使ってはならない。ウェルグァンダルの召喚士の禁止事項の一つだ』


『あの時空竜は何かとうるさいな』


『ウェルグァンダルが決めたわけではない。人が加えたルールの方が多い。だが、このルールには助かっている。なければ召喚術を使って戦争に加担しろと欲にまみれた帝国人が圧力をかけてくる』


『くだらんな。人間はどこまでも醜い。こんな世界を見てまわれとは。母上も何を考えているのだか』


『同感だ。カゼグヒード。俺も早く帰りたい。それはそうと、また後で会おう。愚か者がやってきた』


『お前の人間の弟か』


『俺の兄弟は、ドラゴンだけだ』


 ガリがつぶやいた時、背後からザヒの声が聞こえた。


「やれやれ。冬至祭の夜にまで、何が楽しくてこんな辺鄙へんぴな戦場へやってくるんだか。ご塔主様はまったく悪趣味あくしゅみだな」


 ガリが無言でゆっくりと振り返ると、ザヒは嘲笑するような声で言った。


「どうせひとりで暇なんだろ? しばらく俺の暇つぶしに付き合ってもらおうか?」


 ザヒは『友契の書』を取り出した。

 ガリは大地を動き続ける兵士の大軍をみやった。


「おまえに構っている暇はない」


 ザヒはあざけるように笑った。


「囚人部隊のお手伝いか? あんな死にぞこないどものためによくやる。罪人など、勝手に死なせておけばいいものを」


 ガリは精霊語で早口に『何も知らずに。いい気なものだ』とつぶやいた。

 ザヒはその言葉をききとれなかったが、馬鹿にされた気配だけは読み取った。


 『巨大牙猪 スイケーン』


 ザヒの召喚で、巨大な牙を持つ猪のような霊獣が台地にあらわれ、すぐにガリめがけて突進していった。

 ガリはスイケーンの突撃を受ける前に魔法で飛翔ひしょうし、兵士がひしめく大地へと空を進んでいった。

 「来るなら来い」とだけ、ザヒにむかって言い捨てて。

 ザヒは舌打ちをした。


「俺との戦いついでに地表の雑魚ざこを散らすつもりか。なめたまねを。……まぁいい。今日は言われた役目をはたすまでだ」

 

 ザヒは浮遊魔法を唱え、ガリの後を追った。 




 翌日、共和国の新聞では、この日この大地の空で、白い巨大鯨や翼獣が目撃されたという話が報じられ、共和国の人々は、精霊荒れ狂う西の大地の野蛮さをしきりにうわさした。

 そして、共和国の新聞では報じられなかったが、黒いローブの魔導士と巨大な精霊たちの戦闘に巻きこまれ、多くの共和国兵士が戦闘不能になっていた。


 一方、渓谷けいこくに追いつめられていた帝国の囚人部隊は、なおも襲来しゅうらいした共和国軍を迎撃げいげきし、共和国の大軍を撤退てったいに追いこんだ。

 それは誰も予想しなかった大きな勝利だった。

 だが、彼らの戦いが帝国で報じられることは決してなかった。


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