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ダークエルフの召喚士 ~精霊の森の生き残り、魔法学校へ行く~  作者: しゃぼてん
7章 冬至祭

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92/226

92 マーカス

 冬至祭の数日前。冬休みの始まる日。

 透明になれるアイテム<身隠しのローブ>を折りたたみながら、マーカスは自分の手が震えていることに気がついた。


 マーカスは、冬休みが始まったら指定の場所に来るように、師匠のギルフレイ卿から呼ばれていた。


 学園祭の後、ギルフレイ卿から弟子入りの誘いを受けた時、マーカスは本当にうれしかった。


 マーカスの父は魔術学校卒業後、魔動人形の技師となった。魔動人形は帝国の魔導技術の最先端だから、幼いマーカスは父をとても尊敬していた。

 ところが、ある日父は仕事をやめ、下町に小さな魔法のオモチャ屋さん兼魔導士のなんでも屋を開いた。父は理由を言わなかった。マーカスは「魔動人形は戦争の道具じゃないんだ」と父がつぶやいていたことだけおぼえている。

 父は魔動人形作りのえらい人ではなくなったけれど、いつもいっしょにいられるようになったので、幼いマーカスはうれしかった。


 自分でお店を開いてから、お人よしのマーカスの父は、ほとんどもうけを考えずに値段や報酬を決定していた。

 それでも、売上は一家が食べていくくらいにはあった。

 ちょっとした呪符の作成から迷子のネコ探しまでやってくれるマーカスの父を、近所の人達も好いていて、マーカスはそんな父が好きで、父が魔導士であることを誇りに思っていた。


 数年前、マーカスの母が病気になって、ろくに治療を受けることもできずに亡くなるまでは。


 一流の治癒ちゆ術士の高額な治療費ちりょうひと薬代を払うことができれば、母は死なずにすんだかもしれない。

 でも、庶民にはそんな治療は手が届かない。

 マーカスの父には、そんなお金はかせげなかった。


 不甲斐ふがいない父を、マーカスは恨んだ。

 そして、マーカスは、自分はそんな三流魔導士にはならないと心にちかった。

 何が何でも一流の魔導士になって、すべてが手に入る身分になってやる。

 その決意とともに、マーカスはグランドール魔術学校に入学した。


 マーカスは決して才能に恵まれていたわけではなかった。

 でも、努力は裏切らないと信じていた。そして、努力は裏切らなかった。

 努力のかいあって学園祭の魔導語コンクールで準優勝して、ギルフレイ卿から声がかかった時、マーカスは明るい前途ぜんとが開けたのを感じた。


 だけど、すぐに何かが違うかもしれないと気がついた。

 ギルフレイ卿に最初に受けた指示は、これからグランドールのある先生の指示に従い学園の地下を探索するように、ということだった。

 ギルフレイ卿からは、魔術についてはまだ何も習っていない。魔術についての話が出たこともない。

 ただ、グランドールの地下に何があったか、調査報告だけを求められていた。


 ギルフレイ卿の指示をつたえる先生は、これは帝国を救う大切な仕事なのだと言っていた。

 栄華をきわめた帝国は、今、危機にひんしている。

 南部の植民地では奴隷人種の反乱がたびたび起き、帝都では革命主義者のテロが頻発ひんぱつしている。

 長い間戦争中の隣国は、そんな帝国の弱体化を虎視眈々(こしたんたん)とねらっている。

 だから、帝国の繁栄を守るために、グランドールの秘宝を手に入れる必要がある。

 そのために、マーカスは選ばれたのだ。帝国を救う英雄となるために。


 マーカスはそれを信じようとしながら、どこかで怪しいと疑っていた。

 本当に、グランドールの地下に帝国のためになるものがあるなら、堂々とグランドールに要求すればいいはずだ。ギルフレイ卿は帝国大臣なのだから。

 なのに、なぜ、こっそりとすべて秘密にして、地下の探索をしないといけないのだろう?


 疑問に思っても、マーカスにはたずねることはできなかった。

 マーカスは、本能的に、骨のずいからギルフレイ卿を恐れていた。



 マーカスはたたんだ<身隠しのローブ>を冬至祭のメッセージカードといっしょに冬至祭用の包装紙で、ていねいに包んだ。

 イーアに地下で助けてくれた礼をしようと思った時、マーカスが思いついたのが、これだった。

 これはとても貴重なローブらしい。


(きっと、貧乏なあいつは喜ぶだろう)


 単純にそう思って、マーカスはこのローブをプレゼントにすることに決めた。

 誰にもバレずに地下を調査するために、あの先生から渡されたものだったけれど、地下で死にかけた後、マーカスはもう忠誠心のようなものは失っていた。


 それより、マーカスは奨学生試験の日に初めて見た時からずっと、あの褐色の肌の少女のことが気になっていた。

 最初はただ、イーアがめずらしい見た目で、小さな頃に大好きだった絵本のダークエルフに似ていたから気になっただけだ。

 イーアのキラキラとした瞳と、活力あふれる……あふれすぎていつも動き回っている姿が、マーカスにとっては妙な魅力をもっていた。


 だから、マーカスはしょっちゅうイーアに話しかけようとしたのに、全然仲良くなれなかった。それどころか、なぜかむしろ嫌われてしまった。

 いつもイーアの横にいる天才のエルツや、すぐに仲良くなっている頭からっぽのオッペンが、マーカスはうらやましくて憎かった。


 あの連中の輪の中に入れたら。

 そう感じたこともあった。

 けれど、マーカスには、いつも明るく騒いでいるイーアの友達グループの中に入っている自分は、想像できなかった。


 結局、マーカスはイーアとろくに会話したことすらなかった。

 だけど、最近は少しだけ仲良くなれている気がする。


 イーアはギルフレイ卿とあの先生のことを探っているみたいだった。

 つまり、イーアは敵だってことだ。

 反乱分子なのかもしれない。

 奴隷人種の孤児なんて、いかにも反乱軍や革命軍の一味っぽい。

 それでも、イーアが話しかけてきてくれるのは、うれしかった。


 いっそ、すべて打ち明けてしまおうか。

 何度かマーカスはそう思った。

 でも、さすがにそんなことはできなかった。


 ギルフレイ卿に従うことが正しい。頭で考えれば、それはまちがいない。

 ギルフレイ卿は帝国大臣だ。

 マーカスに直接指示をしているあの先生も、グランドールの立派な先生だ。

 辺境の孤児院育ちのあやしい少女なんかより、ギルフレイ卿や先生の方が正しいに決まっている。


 たとえ、あの二人は、マーカスに<身隠しのローブ>と、いくつかのアイテムを渡しただけで、危険な場所に送っていたとしても。

 たとえ、死にかけた自分へのギルフレイ卿からの伝言には、心配やいたわりの言葉は一切なく、ただ「地下の探索は終了で良い。扉のカギの入手手段を確保しろ」だけだったとしても。


 地下で死にかけた後、マーカスの中の幼い心は、ずっと言っていた。

(もうこんな危ないことはしたくない。あんな恐ろしい大人達とかかわりたくない。安全な家に帰りたい)と。


 だけど、マーカスの中の大人びた野心は言っていた。

(これはチャンスなんだ。先生が言う通り、ここで手柄を上げてギルフレイ卿に認めてもらえれば、出世できる。帝国を救う英雄になれる。成り上がるために、俺は正しいことをしているんだ)と。


 きっちりと包装したプレゼントの小包にあて名を書くと、マーカスは寮を出る前に、イーアあての小包を郵便物が到着する寮の受付へ持っていき、他の郵便物の中にこっそり置いた。


 そしてその日、マーカスは父の待つ家ではなく、ギルフレイ卿に呼ばれた場所へと向かった。


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