90 地下へ
透明ローブを着て、フードをかぶると、イーアの姿はすっかり消えた。
『チルランも中に入って』
イーアは青いチルランをローブの中に入れた。
「チルランの光、見える?」
「ううん。見えないよ。ローブの中に入れば、なんでも消えるみたいだ」
「ユウリも入れるかな? 入ってみて」
ユウリはローブの中に入り、イーアの横に並んで立って肩を組んだ。
ちょっときついけど、なんとか頭もフードの中に入った
ふたりとも体はすっぽりローブの中に隠れている。けれど、ユウリは不安そうに言った。
「外からぼくらが見えてるか、わからないね。だいじょうぶかな」
「ためしにケイニス君に会ってみようよ」
二人は部屋の外に出て、ケイニスの部屋へ向かった。
二人がひとつのローブに入って移動するのは、最初はちょっと難しかったけど、少し歩くとコツがつかめてスムーズに移動できるようになった。
昔、遊んでいた二人三脚に似ているから、慣れればだいじょうぶそうだ。
イーアはケイニスの部屋のドアをノックした。
ドアが開き、ケイニスが姿をあらわした。
イーアとユウリはケイニスの正面に立っていた。だけど、ケイニスは廊下を見わたして、不審そうに首をかしげて、部屋の中へと戻っていった。
ドアが閉まった後、イーアは言った。
「ぜんぜん気づいてなかったね」
「うん。だいじょうぶそうだ。地下への入り口にむかおう」
イーアたちは林の中の地下への入り口にむかった。
地下の入り口周辺には吹き飛ばされた瓦礫が散乱していた。
入り口前には、先生二人と守衛さん一人がいた。
マジーラ先生がいらいらした調子でしゃべっていた。
「これしか集まらないか? 我々二人だけでは、中に入ってもどうしようもない。冬至祭とはいえ、緊急事態だ。どうにかして、もっと教員を」
マジーラ先生といっしょにいるのは自然魔法のシェリル先生だ。
シェリル先生はきれいなドレス姿だった。ふだんの地味なローブ姿でも十分美人な先生だけど、ドレス姿になるとさらに美しかった。
たぶん、シェリル先生は冬至祭を祝っているところで、突然呼び出されて駆けつけたのだろう。
シェリル先生は言った。
「遠方のご実家に帰られたり、ご旅行に行かれている先生も多いので。全員が転移水晶を支給されているわけではありませんから、これ以上、集まらないかもしれません。警察への連絡は?」
マジーラ先生はぶぜんとした様子で答えた。
「連絡はしたが、事件だとはっきりしてから連絡してくれと言われた。警察も冬至祭の警備で人手不足らしい。学園祭の件もあるからすぐに駆けつけてほしいと頼んだのだが」
「そういえば、帝都のいくつかの場所で爆発が起こっているとか。革命運動家のテロだという噂もあります。警察はこちらにまで手がまわらないかもしれません」
「こんな日に爆発騒ぎ? まったくこの世界はどうなっているんだ」
マジーラ先生は頭を抱えている。シェリル先生はたずねた。
「結界はどうなっていますか?」
「それが、実は、学外からの出入りを遮断する結界は問題なく機能しているんだ」
「では、今は、登録された者しか入ることができないはずですよね?」
「ああ。結界のどこかに穴があるのか、あるいは、考えたくはないが、内部の人間の仕業か……。ともかく、地下への進入経路はここで間違いないだろう。校舎内の入り口は、今はシャヒーンと魔導人形に見張らせている。シャヒーンでは、敵と遭遇したら何もできないが。ああ、まったく。なんでこんな時に、校長がいないんだ!」
マジーラ先生はいらついている。シェリル先生は不安そうな声でつぶやいた。
「校長先生が音信不通になってもう2か月になりますね。校長先生は、生きていらっしゃるのでしょうか……」
イーアとユウリは、先生たちの後ろをそーっと通り抜け、守衛さんの前を通り、地下へ入った。
地下に入ってしばらくして、ユウリは小声で言った。
「あの様子じゃ、警察や先生たちが突入するまで、かなり時間がかかりそうだ」
「うん。それに、突入してもあの扉のところまでたどりつけないよね」
地下にくわしくなければ、双竜模様の扉にたどりつくのも困難だろう。
先生たちや警察は来ないと思っていい。
イーア達はすでに道順や仕掛けを記憶しているので、グランドールの地下をどんどんと進んで行った。
双竜模様の大扉は、やはり開かれていた。
階段を降り、その先の地下迷宮を進んだ。炎が噴き出るしかけは、破壊されていた。
イーア達は以前、双頭の炎氷狼オルゾロと戦闘になったひらけた場所へと出た。
壁には無数の穴があいていて、そして、地面に、無数の砕け散った岩の欠片と精霊の死体が転がっていた。
大きなトカゲのような霊獣、巨大な半透明のクモのような精霊、長い爪のはえた大きな手を持つずんぐりとした霊獣……。
イーアは名も知らない精霊たちだ。たぶん、みんな岩竜モルドー配下の精霊だろう。
「ひどい……」
ユウリは冷静に言った。
「ここで戦闘があったんだ。でも、これは、絶対にマーカスのしわざじゃない。あの扉をあんな風に破壊するなんて。どれだけ強力な魔法なんだろう」
正面に見える頑丈そうな巨大な扉は、すっかり破壊されていた。
イーアは確信した。
まちがいなく、ここには白装束の魔導士がいる。
イーア達は先に進み、以前マーカスが殺されかけた、無数の巨大な石像の戦士が道の両脇に並ぶ一本道に出た。
その道はすっかり様変わりしていた。
長い一本道にならんでいたたくさんの巨大な石像の戦士たちが、すべて無惨に粉砕され、バラバラのただの石の瓦礫になって散らばっていた。
ユウリは震える声で言った。
「こんな破壊力をもつ魔法……。イーア。やっぱり、これはぼくらの手には負えない。戻ろう」
イーアは首を横に振った。
「戦ったら勝ち目はないけど。見つからなければ、だいじょうぶ」
今、ここで、白装束の魔導士たちが、モルドーたちが守ってきたグランドールの秘宝を奪い去ろうとしている。
ガネンの森で行ったように。
秘宝を守ろうとしている精霊を殺しつくして。
イーアには、それを黙って見ていることはできなかった。
イーアは前に進もうとした。
だけど、一つのローブに入っているから、ユウリといっしょじゃないと動けない。
イーアが無理矢理前進すると、ユウリは根負けしていっしょに動きながら言った。
「ふたり一緒じゃ、この石像の残骸だらけの道を進むのはむりだ。ここには誰もいないから、ぼくは外に出るよ」
ユウリはローブから出た。二人は無言で、石像の残骸を乗り越えながら道を進んだ。
長い一本道をだいぶ進み、イーアが終点にある階段に近づいたところで、突然、戦士の石像が一体動き出した。
顔は半分砕け散り、左腕もない状態の石像が、右手で欠けた斧を振りあげている。
イーアは前方にむかって走って逃げた。
ユウリは石像よりも後方にいたので、後ろに逃げた。
石斧を振り下ろした石像がまき散らした砂埃の向こうから、ユウリがイーアに叫んだ。
「先に行って待ってて! こいつは、ぼくがどうにかする」
「わかった!」
イーアは階段をかけ上がった。
階段まで移動してから、召喚するつもりだった。
だけど、イーアが階段を上りながら振り返った時、石像の戦士はちょうどバラバラになって、ユウリの前に崩れ落ちていった。
助けるまでもなく、ユウリはすでにひとりで石像の戦士を倒していた。
イーアがほっとしながらユウリに声をかけようとした時、地面がゆれ動き、どこか地下の方から激しい音が轟いた。
イーアは、階段の先にある出入り口を見た。
「先に行ってる!」
イーアはユウリにそう告げて、駆け出した。