9 合格通知
キャシーもグランドールの先生に気が付いた。
「あれ? 先生がこっちに手を振ってる」
手を振っているのは、召喚術の試験の時にイーアが召喚でノックアウトしてしまった高齢の先生だ。
たしか、オレンという名前の。
オレン先生はイーア達のほうに近づいてきて、声をかけてきた。
「49番のイーアさん。少し話をしていいかね?」
「はい……」
返事をしながら、イーアは不安になった。
(どうしよう。召喚のテストでKOしちゃったこと、怒ってるかな)
「じゃあねー。イーア。入学式でまた会お!」
「またねぇ」
キャシーとアイシャは、そう言って去って行った。
このままイーアが入学できないなんて、想像もせずに。
周囲に受験生がいなくなると、オレン先生は言った。
「私の名はオレン。グランドールの召喚術担当教員だ。さっきは驚いたよ」
「すみません! 変なプープクを呼んじゃって! わざとじゃないんです!」
イーアは勢いよく謝った。
「ああ、そのことじゃない。あれにも驚いたが。面接の時のことだよ。信じられん。不完全とはいえ、まさか神獣イーランを呼び出すものがいるとは」
イーアは聞き返した。
「神獣イーラン?」
「君が呼びだした召喚獣だよ。霊獣の中で最も高位の一体と言われる。知らなかったのかい?」
知るはずがない。それに、あの召喚獣は手乗りサイズで弱そうだった。
とても高位の召喚獣には見えなかった。態度はえらそうだったけど。
「知りませんでした。それに、召喚の契約もしてないし、見たこともなかったです」
オレン先生は首を左右に振った。
「契約なんて、できるはずがない。地域によっては神として信仰を集めている霊獣だ。いまだかつてこの世にイーランと契約を交わしたものなどいない。いや、私が知る限り、イーランを自ら呼び出した者の記録もないはずだ。君はいったいなぜあんな霊獣を呼び出せるのだ?」
「さぁ……。あの呪文……?」
イーアはただ指示された呪文を唱えただけだ。
だから、今の今までイーアは、あの呪文はあの召喚獣を呼び出すためのものだと思いこんでいた。
オレン先生は説明した。
「君が使った呪文は、イーランを呼びだす召喚呪文ではない。あれは、呼び出せる中で最も高位の召喚獣を呼び出す呪文だ。気づいていただろうが、君は試されていたんだよ。ウェルグァンダルの塔主に。……そして、見事、合格したのだ」
イーアは何も気づいていなかったし、オレン先生の話はよくわからなかったけど、最後にでてきた「合格」という言葉で、イーアは目を見開いた。
「合格……? じゃ、奨学生試験に合格!?」
でも、オレン先生はきっぱり首を左右に振った。
「いや、グランドールの奨学生試験には、落ちただろう。もちろん、正式な結果はまだ出ていないが、君の成績を見る限り、どうやっても……」
イーアはがっかりしながら、でも、納得してつぶやいた。
「ですよねー……あの成績だもん……」
オレン先生は言った。
「その代わり、さっき、ウェルグァンダルの塔主から申し出があったよ。ウェルグァンダルが君を奨学生として受け入れたいと。学費を全額支給してくれるそうだ。つまり、君はウェルグァンダルの奨学生としてグランドールに入学するということだ。この申し出を受けるかね?」
数秒の間、イーアはどういうことか理解できなくて停止していた。それから、慌ててたずね返した。
「授業料を全額払ってくれるんですか? じゃ、お金がなくてもグランドールに入学できるんですか?」
「もちろんだ。ただし、当然、ウェルグァンダルへの入門が条件だろう。つまり、他の門派へ入門することはできなくなる。私としてはこの申し出を受けることをすすめるが、召喚術は数ある魔術の中でも特に危険で苦難が多いことも確かだ。もしも他に入門したいところがあるのなら……」
イーアは立ち上がって、力強く叫んだ。
「入ります! ウエガーダル! 授業料を払ってくれるなら!」
ウェルグァンダルがどういうところかは知らないけれど、それどころか、名前もよく聞き取れないけど、イーアとしては、学費を払ってくれるなら、なんでもよかった。
「そうかね。では、先方に伝えておこう。それでは、また入学式の日に」
オレン先生はそう言って立ち上がった。
イーアはオレン先生の後ろ姿に向かって元気よく言った。
「はい! また入学式の日に!」
イーアは目の前の世界がすっかり明るくなったような気がした。
これで、グランドールに入学できる。
さっきまではよそよそしくイーアをバカにしているように見えていたグランドール魔術学校の重厚な建物が、今はすっかりフレンドリーに「よっ! よく来たね!」と言っているように見えてくる。
(入学できたー! 入学できたよー!)
グランドールの中庭で、イーアは一人、ガッツポーズしながら大きく跳びあがった。