84 冬休みの始まり
冬至祭の日の2日前から、グランドールでは冬休みが始まった。
冬休みになると、生徒達は冬至祭と新年を家で祝うためにどんどんと帰宅していった。
だけど、イーアとユウリは今年はオームには帰らないことにした。
オームに行くには、けっこうなお金がかかるから。
ユウリはホーヘンハインの師匠ホスルッドから冬至祭をいっしょに過ごすよう、熱烈に招待されていたらしいけど、冬至祭の日はイーアといっしょにグランドールに残ることにした。
オッペンは冬休みが始まる前日に、さっそく故郷に帰った。
「母ちゃんがうるせーからさ」と言って、オッペンは最後の授業が終わるとすぐ、お土産をいっぱいもって駅にむかったのだ。
オッペンは「いーか。おれがいない間は、ぜってぇ、地下の探検すんなよ。冬休み終わって帰ってきたら、もうお宝を見つけた後だったとか、いやだからな!」と何度も念を押して去って行った。
キャシーとアイシャは、もともと帝都の近くに家があって普段からよく家に帰っているから、冬休みが始まった日の午後に、のんびり帰っていった。
帰る前に、アイシャはイーアに冬至祭パーティーの招待状を渡してくれた。
アイシャのお家で、冬至祭の日の夕方にパーティーを開くらしい。
「ぜったい来てねぇー。他の子にも渡してねぇ。夕方の4時にお迎えの馬車を学校に送るからねぇ」
アイシャはのんびりそう言いながら、イーアに10枚くらいの招待状をわたした。
「うん。ありがとう。ユウリといっしょに行くよ。他の子も、できるだけたくさんさそっとくね」
キャシーとアイシャを見送った後、イーアは学校の中を散歩した。
出会った人にアイシャのパーティーの紹介状をあげようと思ったけれど、もうあまり学校の中に人がいない。
みんな家に帰ってしまったようだ。
普段はにぎやかな学校の中が、どこもかしこも静かでなんだかさびしげだ。
イーアがちょっとさびしくなりながら中庭を歩いていると、どこかからか、つんとした声が聞こえた。
「帰りません。わたくしは学校に残ります」
(あ、この声は! ローレインさんだ)
イーアはあたりを探した。
バラ園近くの白い道のところに、ローレインが小柄なおばあさんといっしょに立っていた。
おばあさんの声が聞こえた。
「お嬢様。そのようなことを言われては、ばぁやが困ってしまいます。皆様がお待ちですよ。お嬢様がお帰りにならなければ、お館様がお怒りになられてしまいます」
「だって……だって……」
「お嬢様。お願いですから、お家にお帰りください。お嬢様がお帰りにならないと、ばぁやがお叱りを受けてしまいます」
ローレインといっしょにいるのはローレインのばぁやのようだ。
イーアは白い道を歩いて行って、ローレインたちの近くで立ちどまってあいさつをした。
「ローレインさん、こんにちは」
「あら、イーアさん。ごきげんよう」
イーアはローレインにパーティーの招待状をさしだした。
「ローレインさん。アイシャのパーティーの招待状受け取った?」
「ありがとう。アイシャさんから受け取っておりますわ」
「そっか。もう、みんなもらってるのかな。あとはケイニス君くらいかな……」
ケイニスも冬至祭はグランドールに残ると言っていた。見かけないから、たぶん今も自分の部屋で勉強しているんだろう。
それはそうと、イーアがつぶやくと、ローレインは、のどから変な音を出した。
「ケ、ケケケケ……」
イーアは気にせず、手をふった。
「じゃ、ローレインさん。明後日はアイシャのパーティーで会おうね。パーティー、たのしみだね」
「え、ええ。イーアさん。パーティーでお会いしましょう」
イーアがゆっくりのんびり歩き去っていくと、背後からローレインがばぁやに告げる声が聞こえた。
「ばぁや。わたくし、一度家に帰りますわ。ただし、条件があります。わたくし、冬至祭の日は必ずボンペール家のパーティーに出席します。そう、お父様に伝えてくださいな」
ぐるっとあたりを歩き回ってから、イーアは寮に戻ってケイニスに招待状を渡しにいった。
ケイニスは予想通り、いつものように自分の部屋で勉強をしていた。
イーアが招待状をわたすと、ケイニスは受け取った招待状を興味がなさそうに机の上に置いて、また勉強を始めた。
たぶん、ケイニスはパーティーに行く気はない。
イーアは机にむかうケイニスの後ろ姿に言った。
「じゃ、ケイニス君。明後日の4時に馬車が来るから、みんなでいっしょに行こう」
「いや、俺は行かな……」
「むかえに来るからね。じゃ、またね」
イーアはケイニスの返事を最後まで聞かずに勝手にそう言って部屋をでた。




