81 呼び出し
答案がぜんぶ返された翌日、掲示板の前には人だかりができていた。
成績優秀者の名前が掲示されるのだ。
成績がいい人以外の名前は張り出されないけど、赤点の人は張り出される。補習の日時が書いてある赤点の掲示には、オッペンの名前がいくつかあった。
一方、成績優秀者の掲示では、1年生の総合成績のところに、「1位ケイニス、2位エルツ、3位マーカス」と張り出されていた。
ユウリは掲示を見てほっとしたように言った。
「よかった。奨学生の全額学費免除には、学年10位以内をキープしないといけないんだ」
「そうなの?」
「うん。1年の成績の平均で、10位以内に入っていればいいんだけど」
奨学生は成績が悪いと奨学金取り消しになる、ということをイーアは初めて知った。
それを知って、イーアは一瞬、不安になった。
ウェルグァンダルの奨学生にも成績の取り決めがあるのだろうか……?
(でも、赤点はないから、きっと大丈夫だよね……)
イーアがユウリといっしょに掲示を見ていると、ちょうど、掲示板の前にマーカスがやってきた。イーアはマーカスに話しかけた。
「マーカス、すごいね。3位だよ」
マーカスは悔しそうにつぶやいた。
「フン。エルツに負けたか」
「でも、すごいよ。マーカスは入学の時よりずっと順位があがってるもん。入学の時は、わたしと大差なかったのに」
マーカスは鼻で笑った。
「君といっしょにしてほしくないな。入学試験は調子が悪かっただけなんだ。次は負けないぞ。エルツ。凡人が天才に勝つところをみせてやる」
マーカスはユウリに向かって堂々と宣言をして、去って行った。
ユウリはわざとマーカスのことを無視して、つぶやいた。
「ケイニスはさすがだね。勝てそうにないや」
イーアは掲示板の前をはなれながら、ユウリに言った。
「これで試験も終わったし、あとは冬休み! 楽しみだね」
ところが、そのとき突然、黒い影のような、カラスみたいな生き物が飛んできた。
生徒達があわてて左右によけていく。
猛スピードで飛んできた黒い鳥はイーアの前でとまり、翼と口を大きく開いて叫んだ。
「なんだ、この成績は。即刻、塔に来い」
聞こえたのは、ガリの声だ。……ウェルグァンダルからの呼び出しだ。
イーアの成績を見たガリが怒っている……。
声は淡々としていた、というより、むしろあきれているような声だったけど、あのガリがわざわざ「来い」と呼び出すということは、きっと、怒っている……。
「どうしよう!」
すぐに来いと言われたので、イーアは放課後、すぐさまウェルグァンダルに向かった。
なにしろ、ガリが怒って「奨学金を取り消す」と言えば、それでイーアの学校生活は終わってしまう。
塔の入り口で不気味なベルを鳴らすと、少ししてリグナムが出てきた。
「いらっしゃーい。久しぶりだね」
イーアは緊張しながらリグナムにたずねた。
「久しぶりです。リグナムさん。ガリはいますか?」
「もちろん、今日もいないよ」
「え? いないんですか? すぐ来いって言われたのに」
ガリがいないと聞いて、イーアはひょうしぬけして、少しほっとした。
「ガリがわざわざ君を呼び出すなんて……何かしでかしちゃった? まぁ、入りなよ」
リグナムは意外とするどい。
「しでかしたというか……テストの点がよくなくて……」
イーアは塔の中に入りながら、リグナムにテストのことを説明した。
「赤点は一個もないから、怒らなくてもいいのに」
イーアがなげくと、リグナムは大笑いしながら言った。
「そりゃ、ガリは超成績優秀だったからさ。100点以外は許せないんじゃないかな。赤点ギリギリなんて点数、きっと、ガリは生まれて初めて見たと思うよ」
「100点!?」
そんな点数、とれるはずがない。……ユウリは、とっているけど。どうやら、ガリは学生時代、ああいうタイプの超優等生だったらしい。
リグナムは笑いながらつづけて言った。
「だって、ガリって、1年で3年分の科目をほぼ終えちゃったらしいよ。しかも、ほとんどの科目で成績トップ。初等魔学校にも行ってなかったのにさ」
「そうなんですか!?」
「うん。ガリがウェルグァンダルに来たのは、君ぐらいの年の時だけど。その時までガリは学校なんて行ってなかったんだ。それまではドラゴンといっしょにいたらしいから。なのに、ここにきてから、ほとんど独習で、ものすごいスピードで魔術を学んでいったんだよ」
「そんなにすごいんですか」
ガリの天才っぷりは、ユウリやケイニスよりもすごいかもしれない。
「まぁね。ガリは塔主としては最悪だけど、魔導士としても召喚士としても天才なんだよ。塔主としては本当に最悪だけど。あーあ。昔は、年末って門弟の皆さんがあいさつに来て大にぎわいだったのに。ガリが塔主になってからは、ほとんど誰も来やしない……」
その時、塔の中に「ゲオー、ゲオー」という音が響いた。
「来客……ゲオ先生だ!」
リグナムはそう言って、玄関にむかって急いで走っていった。
イーアは立ちどまってリグナムが戻ってくるのを待った。
入り口の方からリグナムの声が聞こえた。
「ゲオ先生! お久しぶりです!」
「久しぶりだ。リグナム。元気そうで何より。年末の挨拶に来たんだが、塔主はいらっしゃるかね」
聞こえてきたのは、年配の男性っぽい低い声だった。
「ガリはいません。でも、弟子を呼び出したらしいから、じきに戻ってくると思います……あ、そうだ! ゲオ先生。ガリの初弟子を紹介します。イーア!」
イーアは呼ばれたので、廊下をちょっと戻った。
リグナムの横に白髪の威厳のあるおじいさんが立っていた。
おじいさんだけど、背筋がまっすぐで背が高くて格好いい。
「イーア、こちらは塔主補佐役のゲオ先生。とてもえらい先生なんだよ」
イーアは頭を下げてあいさつをした。
「はじめまして。よろしくお願いします」
ゲオはほほえんだ。
「よろしく。君が新しい入門者か。なるほど、素質にめぐまれているね」
「そうなんですか? グランドールのテストは赤点ギリギリなのに?」
疑わし気に聞き返したのは、リグナムだ。
たしかに、成績が悪すぎて呼び出されたって話の後じゃ、疑われても仕方がない。
「少なくとも召喚士としての素質は人並みはずれている。さて、塔主がお戻りになられたようだ」
ゲオはそう言って、廊下の先の階段の方を見た。
リグナムは驚いたように聞き返した。
「え? ガリが戻った?」
たしかに、階段の所に、ガリがいた。
ガリはイーアを見て、いつものように無表情に言った。
『ゲオと話す。おまえはしばらく待て』




