8 キャシーとアイシャ
こうして面接は終わった。
奨学生試験は全て終わった。
イーアはグランドール魔術学校の中庭で、ユウリと合流した。
イーアはユウリを見つけると、いきなり泣きついた。
「ユウリ~。だめだったよ~。わたしはナミンの家に帰って、お手伝いさんになるから。ユウリはグランドールでがんばってね」
ユウリは困りきった表情で言った。
「イーア。結果が出るまではあきらめないで。それに、入学試験は合格してるんだ。お金さえあれば、入学できるんだ。どうにかして、ぼくが授業料をかせぐよ。すぐには無理でも来年入学できるように……」
イーアは涙をふいた。来年、という言葉を聞いて、思い出したのだ。
「うん。そういえば、奨学生試験は来年もあるもんね。よし、来年がんばろう! ユウリは先に入学して待っててね。わたしは猛勉強して、来年こそ受かるよ!」
グランドールは13歳くらいで入学する人が多いけど、17歳までなら入学できる。だから、イーアはまだまだ何回も受験可能だ。
「あ、うん……」
勝手に元気を取り戻したイーアにユウリが拍子抜けしながらうなずいた時。
遠くからユウリを呼ぶ声が聞こえた。
「受験番号1番 ケイニス君。受験番号2番 ユウリ君。試験会場の入り口に来てください」
試験会場の入り口前で、誰かがそう呼んでいる。
「ユウリ、呼ばれてるよ?」
「うん。じゃあ、イーア。ぼくは行くから、また後で。ここで集合しよう」
「うん、まってるよ。じゃーねー」
イーアはユウリを見送ると、奨学生試験が行われた塔と校舎の間にある中庭のベンチに座った。
ベンチからは、グランドールの立派な校舎がよく見えた。
歴史と風格のあるお城みたいな建物だ。
でも、イーアはあの校舎には入れない。入学しないと入れない。そして、奨学生になるか学費を払うかしないと、入学できない。
そう思うと、校舎の重厚さがよそよそしく感じられて、まるで建物が「お前のような貧乏人には入学資格なし! 底辺は底辺らしく底辺におさまっておればよいのだ」と悪口を言ってくるように思えてきた。
(不公平だよね。同じ成績でも、お金があれば入学できるのに)
イーアが心の中でそうつぶやくと、グランドールの校舎が威圧的に言い返してくるように感じた。「何でも選べると思うな。選ぶ資格を持てるのは生まれつき恵まれた者だけだ。貧乏とは選べないということだ。その肌を見ろ。奴隷にされていないだけありがたく思え」と。
(そんな世の中、おかしいよ)
そう思いながらイーアが座ってユウリを待っていると、女の子が二人近づいてきた。
ひとりは、とてもかわいらしい髪飾りときれいなブローチをつけた、のんびりした雰囲気のかわいい女の子。
もうひとりは、ピンで栗色の髪の毛をとめた、きりっとした感じの女の子。この子は召喚術の試験やさっきの面接で一緒だった受験番号46番の子だ。
46番の子が、イーアに話しかけてきた。
「ね、さっき面接でいっしょだったよね? あなたの名前はイーアでしょ?」
「うん。えーっと……」
イーアは名前をおぼえていなかった。
「あたしはキャシー。この子は友達のアイシャ。初等魔学校が同じだったの」
「よろしくねぇ」
アイシャはのんびりした声でそう言って、かわいく手を振った。
アイシャの髪の毛はちょっとピンクがかったストロベリーブロンドで、見れば見るほど、どこをとってもかわいらしい。たぶん、男が守ってあげたくなるというタイプの女の子だ。
「うん。よろしくね」
あいさつを終えると、キャシーはさっそく興奮した様子で話しだした。
「今、アイシャと話してたんだけど、面接にガリ様がきてたよね! イーアなんか、話しかけられちゃってて、とっても、うらやましかったんだけど!」
イーアは首をかしげた。
「ガリ様?」
イーアが話しかけられた、ということは、キャシーが言ってるのは、面接のときに召喚術のテストをしてきた怖い魔導師のことのようだ。
キャシーとアイシャはそれぞれ叫んだ。
「天才召喚士<黒竜の子>! 名門ウェルグァンダルの若き塔主!」
「2大イケメン魔導師の一人だよぉ~!」
イーアはきょとんとした。特に、アイシャが言ったことに。
「2大イケメン……?」
この子は何を言ってるんだろう。
イーアは心の中でそう思った。
魔導師の顔なんて、どうでもいい。顔なんて魔術に関係ない。
キャシーは言った。
「アイシャ、そこ? でも、たしかにガリ様はかっこよかったよね? ね? イーア」
「そうだっけ……?」
それどころじゃなかったので、イーアは面接の時に会った人達の顔はおぼえていない。
「あのガリ様に召喚術のテストをしてもらえるなんて。うらやましい!」
キャシーはそう言ったけど、イーアは暗い声で言った。
「でも、失敗だったから……恥ずかし……」
イーアは思い出したくない失敗の記憶を思い出して、頭をぶんぶんと振った。
一方、アイシャはうっとりと遠くのお空を見ながら言った。
「あーあ。いーなぁ。あたしも、ガリ様に冷たい目で見おろされて、ののしられたかったぁー」
(この子……変!)
アイシャは見た目はかわいいけど、なんだか変わった子だった。
キャシーは相変わらず興奮したようすで言った。
「それに、なんと、ホスルッド様も来てたらしいの! あたしは会えなかったけど」
「ホスルッド?」
イーアが聞き返すと、アイシャが説明した。
「二大イケメン魔導師のもう一人だよぉ。麗しのホスルッド様だよぉ~!」
即座にキャシーが説明しなおした。
「たしかにホスルッド様は美男子で有名だけど。ホスルッド様といえば、自然魔法の名門ホーヘンハインの長でしょ。20代で<師>の資格を取っただけじゃなくて名門の長をやってる2大天才魔導師、ホスルッドとガリ。あの二人がそろってたなんて。今回の奨学生試験、奇跡みたい。受けに来てよかった」
それを聞いて、イーアはふと疑問に思ってたずねた。
「キャシーは奨学生試験を受けないつもりだったの?」
「だって、あたしなんて、どうせ受けても受からないもん。でも、パパがね、受けなきゃ授業料を払ってやらん、って言うから」
キャシーの家は十分授業料を払えるくらいお金持ちのようだ。
アイシャはのんびりと言った。
「わたしはねぇ。どっちでもよかったんだけどねぇ。たのしそうかなぁって」
よく見れば、キャシーもアイシャも、ローブの下には、イーアの育った町では誰も着ていない高級そうな生地の服を着ている。ふたりとも、お金持ちの家の子みたいだ。
「そっか……」
お金がなくて入学できないのはイーアだけのようだ。
イーアがため息をついた時、むこうの方で、グランドールの先生がこっちにむかって手を振っているのに気がついた。