68 門限破り
シャヒーン先生がぎょっとしたように振り返り、ユウリがすぐにイーアにたずねた。
「誰かが地下にいるって?」
「うん。コプタンが見たって。地図に人のマークが浮かんだよ。ここ」
地図上の人のマークは、アプタンが手を離して何秒かすると消えてしまったからもうマークはない。
だけど、イーアは場所をおぼえていたので、その場所を指さした。
シャヒーン先生は即座に言った。
「まちがいないね。犯人だよ。地下は教員でも立ち入り禁止なんだから、犯人以外に入る奴はいないさね」
「よっしゃ、犯人を捕まえようぜ!」
オッペンは元気よくそう言ったけど、シャヒーン先生は言った。
「およし。そんな危ないことは。生徒を危険にさらしたら、あたしのクビがとぶって最初に言ったろ。それに、地下で犯人を捕まえたら、あたしらが地下に入ったのもバレちまうじゃないかい。バレたらあたしもあんた達もこってりしかられるよ。立ち入り禁止なんだから」
「げっ。そりゃないぜ」
オッペンはあきらめたみたいだけど、シャヒーン先生は続けて言った。
「あんたたちは戻りな。あたしは、犯人の顔を見てから帰るよ」
「でも、シャヒーン先生、超よえーじゃん!」
オッペンがそう言うと、シャヒーン先生は怒るどころか、しっかりとうなずいた。
「自慢じゃないが、あたしは占いしかできないからね。でも、こっそり見つからないように探すから問題ないさ」
「んなこといって、先生、ぜってー犯人にぶっ殺されるぜ? シャヒーン先生をひとりで行かせらんねーよ。な?」
オッペンがイーアとユウリに同意を求めた。イーアは困った。
イーアは、オッペンと同じように、シャヒーン先生がひとりで行ったらぜったい殺されると思っていた。
だけど、イーア達がいっしょに行ったところで、もしもザヒのような白装束の魔導士が待ちかまえていたら、全員殺されるだけだろう。
そこで、ユウリが落ち着いた声で提案した。
「先生。犯人はいつか地上に出るはずだから、地上への出入り口を見張るべきです」
シャヒーン先生は、ちょっと考えて、うなずいた。
「たしかに、あんたの言う通りかもしれないね。追いかけるより、出入口で待ち構えた方がいいかもしれない」
イーアはほっとした。
イーア達は来た道を引き返した。
地下から外に出た時には、辺りはもう暗くなっていた。
草原に出た所で、ユウリは言った。
「シャヒーン先生は、校舎内の出入り口を見張ってください。犯人は、ぼくらの知らない方法で結界をすり抜けている可能性もあります。ぼくらは、ここでこの入り口を見張ります」
「じゃ、そうするよ。あんた達、見つからないように気をつけるんだよ。それから、犯人を見つけても、絶対に逮捕しようなんてするんじゃないよ。犯人の顔をおぼえるだけで十分だからね。あんた達が犯人を逮捕なんてしたら、あたしがマジーラに死ぬほど怒られちまうからね」
シャヒーン先生はそう言って校舎に戻っていった。
イーア達三人は、草むらの中にかくれて待つことにした。
イーアはそこで自分の傍で青いチルランが光っていることに気がついた。
青いチルランはいつもイーアの傍にいるわけではなくて、ひとりでふらふら散歩したり、寮の部屋の中で待っていることもあった。
だけど、今日はイーアの傍に浮いていた。
あたりはすっかり暗いので、イーアの傍で浮いているチルランの青白い光が目立ってしまう。
「チルラン、どうしよう。一度帰って……」
チルランはふるふると頭を横にふった。
「……くれないよね」
このチルランは、何がなんでもこの世界にいたがる。
「ぼくのかばんの中にいれよう」
ユウリはカバンのふたをあけた。イーアはチルランをユウリのカバンの中にいれてふたをしめた。
これで、チルランの青い光は見えなくなった。
森の中からは虫とふくろうの鳴き声が響いていた。
ここは校舎からも寮からも離れているので、人の声や物音は聞こえない。
やがて、足音が聞こえた。イーア達は息をころして入り口を見張った。
だけど、いつまで待っても何も見えない。
動物が草むらの中を進むような音がした。
それだけだった。
それから、何時間待っても、地下からは誰も出てこなかった。
寮の門限をとっくに超える時間まで、イーア達は見張っていたけど、ついに誰もあらわれなかった。
「暗いから、見逃しちゃったのかな?」
「まだ、中にいるんじゃねーか?」
「校舎の中の出入り口を使ったのかな。とりあえず、今日はもう帰ろう」
イーア達は、あきらめて寮に帰ることにした。
ユウリが光で周囲を照らす魔法、レシアを唱えた。
暗い林の中でシャヒーン先生がつけた目印を見つけるのは大変そうだと思いながら目印を探そうとして、イーアは気が付いた。
「あれ? なんか光ってるね」
暗闇の中、ところどころの木の幹にかすかに光る印のようなものが浮かんでいた。
ユウリが印の浮かぶ木に近寄りながら言った。
「たぶん、道を示す目印だ。暗がりで光る絵具が使われてる。やっぱり、シャヒーン先生以外にもこの出入口を知っている人がいるんだ」
イーア達はそのかすかに光る目印をたどって歩いて行った。
じきにイーア達は林の中の道に出た。
やっぱり、光るペイントは地下へ行き来するための目印だったらしい。
寮の近くまで無事戻ったところで、イーア達は気がついた。
すでに寮の門限を超えているから、正面玄関からは入れない。
「どうする?」
イーアがたずねると、ユウリは提案した。
「ぼくらの部屋は窓のカギを閉めてないから、窓から入ろう。ぼくは浮遊魔法で部屋まで上がって窓から入る。たぶんもう一人くらいなら、いっしょに浮遊できると思うよ」
「じゃ、わたしは召喚術で浮かぶね」
イーアは『友契の書』を取り出し、小声で『風船鳥ププップ』を呼んだ。
ププップは大きな丸い鳥みたいな風船みたいな妖精で、とても穏やかな顔と性格をしている。
ガネンの森では、晴れた日の青空に水色のププップがよく浮かんでいる。
イーアは小さな頃、ププップの足につかまって空に浮かんで遊んでいたから、たぶんププップで空に浮かべるはずだ。
イーアがププップを呼んで数十秒後、ようやく、眠そうなププップがあらわれた。ププップはのんびりとした様子でイーアの頭にのっかった。
オッペンはイーアの頭の上で居眠りをはじめたププップを見て言った。
「こいつ、ほんとに飛べるのか? 飛ぶ気なさそーだぜ? 翼とか超ちいせーし」
「だめだったら、ぼくが往復するからだいじょうぶだよ」
そう言って、まずはユウリがオッペンを背負ったまま浮遊魔法で浮かびあがり、ユウリ達の部屋の窓の近くまであがった。
オッペンが窓の中に転がりこむように入り、次にユウリが窓の中に入った。
イーアはププップの足につかまって、『ププップ、あの窓のところまで浮かんで』とお願いした。
鼻風船がわれて、『プッ』と小さな声で鳴くと、めざめたププップは、のんびりゆっくり浮き上がった。
ちょっとずつしか浮かばないから、ユウリの部屋の窓の高さまであがるのにとても時間がかかったけど、イーアはちゃんと窓の近くまでいけた。
ユウリとオッペンがイーアをつかんで、イーアを窓のなかに引き入れた。
イーアが窓の中から『ププップ、ありがとう』とお礼を言うと、ププップは『プッ』と言って夜空に溶けるように消えていった。
「うまくいったね」
イーアが部屋の中でそう言うと、ユウリは窓の木戸を閉めながらうなずいた。
「見つからなくてよかったよ。じゃ、おやすみ、イーア」
「おやすみ。ユウリ、オッペン、また明日」
「また明日な」
イーアは静かにユウリ達の部屋を出ると、こっそり自分の部屋に戻った。
イーアはそーっと廊下を歩いて、そーっと自分の部屋のドアを開けた。
(ふー。バレずに忍びこめたよ。しめしめ)
そう思いながら、イーアが自分の部屋のドアを閉めた瞬間、声が聞こえた。
『おそかったな』
部屋の中には、不機嫌な表情のティトがいた。
『ティト……』
まるで夜遊びをとがめるお兄ちゃんみたいな顔で、ティトは言った。
『言い訳はいらないぞ。どこにいたかはわかってるんだ』
ティトにはすっかりバレているみたいだ。
『ごめん。地下に行ってた。でも、危ないことはしてないよ。……今のところは。シャヒーン先生に頼まれて、学園祭の犯人の仲間を探してるんだよ。シャヒーン先生は、学校の中に白装束の仲間がいるって考えてるから』
ティトは目を三角にして、しばらく考えた後、言った。
『学校の中に白装束の仲間がいるなら、見つけたほうがいい。イーアをこっそり殺そうとするかもしれないから。……でも、おれに秘密にするのだけはやめてくれ』
『わかった。ごめんね』
イーアが素直にあやまってハグをすると、ティトは『しかたないな』という顔になった。
それから、ティトは大きなあくびをした。
『おやすみ、ティト』
イーアが今度はおやすみのハグをすると、ティトはあくびをしながら『早く寝ろよ』と言って姿を消した。
なんとなく番外編を書いてみました。イーア達女子3人がデパートに行く話です。
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