67 魔法の地図
しばらく狭い地下通路が続いた後、開け放たれた青銅の扉があった。
その先は左右と直進、3方向に通路が続いていた。
「たぶん、ここはもうグランドールの地下さ」
シャヒーン先生はそう言いながら、カバンから折りたたまれた紙をとりだした。
その紙の片面には魔法陣がいくつも描かれていた。
もう片面はただの黄ばんだ白紙だ。
「これは、とってもとっても高価な魔法の地図でね。両手で地図を持つと、通ったことのある場所が自動的に浮き上がるのさ。ちょっとランプを持ってておくれ」
ユウリがシャヒーン先生からランプを受け取り、地図の上にかざした。
シャヒーン先生は両手で地図を持った。
すると、白紙の上に線が浮かび上がってきた。
一番下と右上の辺りに地図ができた。
シャヒーン先生は下の方を指さして言った。
「今いるのが、ここさ。ほら、人のマークが4つここにあるだろ? もう一か所、上の方に地図ができてる部分が、学園祭の日にあたしが通った場所さ」
シャヒーン先生の説明を聞いて、オッペンは「すげぇ!」と感心して叫んだ。
イーアはシャヒーン先生にたずねた。
「先生、これ、わたしやオッペンが持っても地図に書きこまれますか?」
「記憶喪失でなけりゃ、誰が持ってもだいじょうぶさね。地図の消去をするまでは、そのまま上書きされていくはずさ」
「よし! おれが持つ!」
オッペンが地図を両手で持った。
すると、今まで空白だった部分に線が増えていった。
イーアは地図を見ながら、グランドールの地下の構造を思い出そうとした。
「これが、学園祭の日にわたしとオッペンが通った部分だね。たぶん、ここが、校舎の1階とつながっている場所かな。それで、たぶん、この長い階段の先が……」
長い階段の先に、白装束の魔導士ザヒと戦闘になってオッペンが殺されかけた、あの大きな広間があるはずだ。
今、地図は地下1階をうつしだしているから大広間はのっていないけど、地図の隅の<地下1階>、<地下2階>という表示を切り替えれば、大広間がのっている地下2階の地図が表示されるはずだ。
オッペンは地図を見ながら言った。
「でも、ほとんど空白だぜ。グランドールの地下って、すげぇ広いんだな」
地下の探索を進めるのは、思ったより大変そうだ。
犯人を見つけるだけなら、出入口で待っていればいい。
だけど、イーアはそれだけじゃなく、地下のどこかにいる岩竜モルドーに会って、モンペルと召喚契約を結ぶ許可をもらいたかった。
そのためには、地下の探索をして、モルドーの居場所を探さないといけない。
「先生、この地図って、妖精や霊獣でも使えますか?」
イーアがたずねると、シャヒーン先生は首をかしげた。
「霊獣? そりゃ、わからないね。そんなことやってみたことがないからね」
「じゃ、ちょっとやってみます」
イーアは『友契の書』をとりだしてコプタンを召喚した。
すぐに、ポンポンポンと子豚みたいな小人たちが飛び出してきた。
「げっ! こいつら授業の時の!」とオッペンが叫んでいたけど、今日はコプタン達は走り回らず、いたずらもせず、おとなしくその場にいる。
出てきていきなり、『暗いね。もう夜? おやすみー』と言って寝ているコプタンはいるけど。
コプタンは次々と出てきた。前回、イーアがイナムの並木道でコプタンを呼んだ時より、ずいぶんたくさん出てくる。
(呼びすぎた? でも、暴走はしないよね。『友契の書』を使ってるから)
イーアがちょっと不安になりながら様子を見ていると、コプタン達がイーアに話しかけてきた。
『ねぇ。あのでかくて臭い実、またちょうだい?』
『すんごいおいしい、あの実、おくれ。ハァハァ』
イナムの実がほしくて、たくさんのコプタンが来たみたいだ。
しかも、普通のコプタンとちょっと毛の色が違うコプタンが数人まざっている。
イーアが『友契の書』をもう一度見ると、『コプタン』と同じページに『アプタン』という精霊が新しくのっていた。『コプタンより元気』と一言だけ説明が書いてある。
『アプタン?』
イーアがつぶやくと、毛色の違うコプタン……アプタン達は、跳びはねて踊りながら元気よく叫んだ。
『臭い実たくさん食べたら、アプアプ! イエーイ!』
『霊力あがって、スピードあがって、イェイイェイ!』
イナムの実をたくさん食べたコプタンが、アプタンになったらしい。
コプタン+アプタンが数十人集まったところで、イーアは言った。
『今日はイナムの実はないから、また今度あげるね。今、地下の探検をしてて、手伝ってほしいの。あちこち回った後でここに戻ってきて。あやしい人がいたり、ドラゴンがいそうな場所とかがあったらおしえてね』
コプタンたちは跳びはねながら口々に叫んだ。
『探検ごっこ? イェーイ!』
『オッケー。行ってくるよー!』
『じゃ、ヨーイ、ドン!』
コプタン達は、一斉に地下の闇の中へと走り去っていった。
ユウリが走り去るコプタンたちを見送りながら、イーアをほめた。
「さすが、イーアだね。あんなにたくさんのコプタンを使いこなせるようになったなんて」
イーアは別にコプタンの召喚についてはなんの努力もしていないから、上達した実感はないけど。
数十秒後。『ふぅ。つかれた、つかれた』とか『暗くて怖くて、ポク、もうだめ」とか言いながら、コプタンの何人かがさっそく戻ってきた。
この何人かは、役立たずなコプタンなのかもしれないけど、今はちょうどいい。コプタンでも魔法の地図が使えるか試せるから。
『おつかれ。この地図を両手でもって』
イーアは地図を地面に置き、コプタンたちに魔法の地図を両手で持ってもらった。
コプタンが地図にふれると、ちゃんと空白部分に地図が出現した。
「成功! これで、待ってるだけで地下の地図ができるよ」
イーアが人間の言葉でそう報告すると、シャヒーン先生は驚いたように言った。
「へぇ。召喚術ってのは、こんなこともできるのかい。あたしゃ、召喚術ってのは危ない魔獣を呼んで戦うだけの物騒なもんだと思っていたよ」
「召喚術はとっても便利ですよ。傷の手当やおそうじとかにも使えます」
グランドールで使っている召喚術の教科書には、そういう召喚術は出てこないけど。
イーアの知る召喚術はけっこう万能だ。
それからしばらく、イーア達は地下の通路で、コプタン達が帰ってくるのを待っていた。
コプタン達はどんどん帰って来て、地図はどんどん広がっていった。
順調に、高速に、地下の探索が進んで行く。
だけど、コプタンたちを待っているのは、ひまだった。
ずっと、うろうろそわそわしながら待っていたオッペンがついに言った。
「ただ待ってんのはつまんねーから、おれたちも行こーぜ? 探検しようぜ?」
シャヒーン先生も言った。
「そうだね。ちーっと飽きてきたね。あたしも、ちーっと地下の様子を見てみたいね」
実はイーアも待つのにあきていたので賛成した。
コプタン達は帰りたくなったら元の世界に帰れるはずだから、このまま放っておいても、たぶん、大丈夫。
イーア達は歩き出した。
歩き出して少ししたところで、コプタンの声が後ろから聞こえた。
『もう! 勝手に移動しないでよ!』
文句を言いながら、コプタンがイーアを追いかけてきた。
イーアはあやまった。
『ごめん、ごめん。でも、わたしのいる場所、ちゃんとわかるんだね』
『ぽくら、鼻がいいからね。臭い巨人のいる場所は、ちゃーんと、わかるよ』
そこへ別のコプタン……いや、アプタンも、やってきた。
アプタンはくるりと回転して決めポーズを決めながら言った。
『イェイイェーイ! 到着! 超スーパーハイパーに走ってきたよ! イェイ!』
『じゃ、この地図を両手でもって』
コプタンたちのおかげで地図は、だいぶ広がっていた。
アプタンが地図を手でつかむと、地下2階の大広間、そして、その先のイーアがまだ通っていない場所にも地図ができていった。
地下2階の地図を見ながら、イーアはお礼を言った。
『こんなにたくさん走ってきてくれたんだね。ありがとう』
『フフーン。ポク、すごいから! アプアプだから!』
アプタンは得意そうだ。
イーアは地図をチェックしていて気が付いた。地下2階の地図のはずれに、人のマークがはっきりと浮かんでいる。
『これって、ここに人がいるってこと?』
『そういえば、巨人がもうひとりいたよ! 臭いからすぐわかったよ! イェイ!』
アプタンは元気よくそう答えた。イーアは念のためにたずねた。
『巨人ってわたし達と同じ人間のことだよね? 地下2階に人間がいたってこと?』
アプタンは元気におどりながら叫んだ。
『いたいたイェイ!』
(っていうことは!)
イーアはあわてて、前を行くオッペンとシャヒーン先生に呼びかけた。
「誰かが地下にいるって! 犯人かも!」




