64 ギアラドの守護竜
崖の下へと降りる道は、道というよりなんとか人が歩ける場所がある、といった感じで、一歩踏みまちがえれば谷底まで落下してしまいそうだ。
でも、田舎育ちで山の中を歩きなれているイーアは気にならなかった。
崖の斜面には、そこらじゅうにモンペルたちがくっついていた。
谷の底にはさらにたくさんのモンペルが重なるように谷底を埋め尽くしていて、まるでそこに深い青色の水が溜まっているように見えた。
『こんにちは、モンペルのみんな』
モンペルが多い場所までおりると、イーアはとりあえず、あいさつをした。
『わたしは、イーア』
あいさつをすると、モンペルたちはイーアの方に振り返るような動きをした。
でも、声は聞こえない。
イーアはちょっととまどった。
モンペルは岩の精霊で、ガネンの森にたくさんいる霊獣や妖精とはちょっと違うから、どうやって仲よくなればいいのかがよくわからない。
『あのー、お話できる?』
イーアがたずねると、近くにいたモンペルたちが揺れ動いた。その揺れ動く動きが次々と近くのモンペルに連なって行き、谷底の方に波となって進んでいった。
その先には、他のモンペルよりも大きく、あちこちが欠けている、そして強い霊力を感じる深い青色の岩があった。
そのひときわ古くて大きいモンペルから声が聞こえた。
『ひとの子よ。なんのようだね?』
イーアは、ひと際古く大きな、長老っぽいモンペルの傍にむかった。
谷底のモンペルの長老の傍に近づくと、イーアは言った。
『昔ここにあったお城のことを知りたいの。それから、よかったら、たまに召喚させてもらえないかなって。わたしは召喚士で……』
モンペルの長老は言った。
『ああ、城か。城はここにあるぞ。その目で見ればいい。だが、召喚はだめだ。我々はモルドー様のために働かなくてはいけない。城の壁としてこの地を守らなければ。だから、ここを動くわけにはいかないのだ』
『モルドー様?』
モンペルの長老岩はおどいたように言った。
『なんと。ひとの子はモルドー様を知らぬのか? 人の時は短く、あっという間に過去を忘れ去っていくというが』
イーアはたずねた。
『モルドー様って、精霊?』
『岩竜モルドー様は、この地の守護者だ。ほんとに知らんのだのぉ。なんてことだ。人間とはなんて儚い記憶の持ち主なのだ』
長老モンペルは心底おどろいたようになげいていた。
長老モンペルの話から推測するに、岩竜モルドーはこの辺りの精霊の主みたいな存在らしい。
イーアは思った。
だったら、そのモルドーと会って仲よくなれば、この辺りの精霊たちがみんな召喚契約を結んでくれるかもしれない。
イーアは長老モンペルにたずねた。
『わたしは、ちょっと前にここに来たから、ここのことよく知らなくて。モルドー様は、どこにいるの?』
『それは言えぬのだ。かの地に誰も侵入せぬようにするのが我らの務めだからな』
モンペルの長老はそう言って教えてくれなかったけど。
イーアは考えた。
モルドーがいる場所に誰も侵入しないようにするのが仕事、と今、長老モンペルは言った。
だけど、長老モンペルはさっき、モンペルたちはここを守るのが仕事、とも言っていた。
つまり、モルドーは、ここにいるってことだ。
もちろん、グランドールの校舎や林の中にドラゴンなんていない。
ということは、モルドーがいるのは、グランドールの地下……。
イーアがそんなことを考えていると、モンペルの長老がイーアにたずねた。
『ひとの子よ。おまえはウェルグァンダルの子か?』
『うん。わたしはウェルグァンダルの召喚士、イーア』
『そうかそうか。では、この前きたギアラドの少年によろしくな。それでは、ちょいとひと眠りするから、また今度……』
そう言って、それきり、モンペルの長老は黙りこんでしまった。
『ギアラドの少年って?』
イーアの質問にも答えない。
モンペルの長老はもう眠ってしまったみたいだ。
イーアはユウリから習ったこの辺りの歴史を思い出した。
ギアラドといえば、昔ここにあった王国の名前だ。でも、ギアラド王国は700年前に滅んだとユウリは言っていた。ということは……。
(この前って、700年前のこと!?)
モンペルの時間感覚は人間とはちがって長すぎる、とイーアは思った。
「この前」が700年前のことなら、長老モンペルの「ひと眠り」はいったいどれくらいかかるかわからない。
小さなモンペルたちは、まだあたりを動いていたけど、もう誰もしゃべってくれない。
今日はこれ以上モンペルと会話をするのは無理そうだ。
イーアはとりあえず今日はあきらめて戻ることにした。
林の中でちょっとモンペル探しをした後、イーアは学校に戻って報酬をもらった。
「本当に成功させたのか!?」と、マジーラ先生はすごく驚いていた。
そして、バイト代は、たくさんもらえた。
(これだけあったら、おかし食べ放題!)
イーアはうれしくなって鼻歌を歌いながら寮に帰った。
イーアは寮の自分の部屋に帰るとすぐ、ティトを呼んだ。
ティトのケガはすっかり治っていて、最近は毎日のように部屋に呼んでおしゃべりしている。……でも、シャヒーン先生に頼まれた白装束の共犯者探しについては、ティトに何も言っていない。言えばティトは絶対に反対するから。
『ティト、モルドーっていう岩竜がこの近くにいるんだって』
イーアはティトにモンペルたちの話をした。
ティトは首をかしげた。
『こんな人間だらけのところにドラゴンがいるのか?』
『たぶん、グランドールの地下にいると思う。モンペルの話だと……』
イーアがそう言うと、ティトはギロリとイーアをにらんで言った。
『いいか。地下には入っちゃだめだぞ。あそこで白装束と遭遇したんだから、立ち入り禁止だ』
『えー、でも、モンペルを仲間にするには、まずモルドーと仲良くならなきゃ……』
『ダ・メ・だ!』
ティトは吼えるように言った。
『……はーい』
イーアはとりあえず素直にティトの言うことを聞いた……聞くふりをした。
一月前にグランドールの地下でティトを死なせかけてしまったばかりだから、イーアは今はティトに頭が上がらない。
だけど、岩竜モルドーのことはやっぱり気になったので、翌日、イーアはユウリにたずねた。
「ユウリ、モルドーっていうドラゴンのこと知ってる?」
「モルドー……どこかで聞いたような気がするけど、なんだったかな。あとで調べてみるよ」
「うん。何かわかったら、教えてね」
そして、その日の放課後には、ユウリは岩竜モルドーが何者か、もうわかっていた。
ユウリは言った。
「わかったよ。どこかで見かけた名前だと思ったら。モルドーはギアラド王国の守護竜だよ。暗黒竜トゥイスゴルと地底竜モルドーの二体が、昔ここにあったギアラド王国の守護竜といわれていたんだ」
「ギアラド王国の守護竜……?」
「うん。ギアラド王国はドラゴンを信仰していたらしいよ」
ユウリの話によると、モンペルたちが仕えているモルドーは、700年前に滅んだギアラド王国の守護竜らしい。
ここは昔はギアラド王国のお城で、モンペルたちはそのお城を守っているのだから、言われてみれば不思議はないけれど。
イーアはユウリにたずねた。
「モルドーが今、どこにいるかわかる?」
「わからない。暗黒竜トゥイスゴルはギアラド王国が滅亡した時に殺されたって書いてあったけど。モルドーは戦闘に加わらなかったみたいで、何も書いてなかったよ。ドラゴンの寿命は千年以上あるらしいから、今もどこかで生きているかもね」
「うん。きっと、そうだね」
イーアはうなずいた。
きっと、モルドーはギアラド王国が滅んだ後もずっといるんだろう。このグランドールの地下に。




