60 貴族少女の片思い
貴族寮は白いきれいな建物だった。
普段この辺りに来ることはないので、イーアは貴族寮をはじめてちゃんと見た。
入り口の傍には白い柱が4本あって、真ん中に黒い大きなドアが見える。ドアの上には彫刻があり、ドアに続く白い階段は下にいくにつれ広がった形になっていた。
イーアは思わず見とれてしまった。
(わぁ、きれいな建物……)
イーアたちの寮とはだいぶ雰囲気が違う。
イーア達の寮は苔むした塔だ。
あれはあれで魔導士の寮っぽい趣があるから、どっちの寮がいいかと聞かれたら、答えるのが難しいけど。
貴族寮の入り口前には花壇と丸く刈りこまれた木でできた小さなお庭があった。
庭師のヘクトルさんは大きなハサミでその庭木を刈りこんでいた。
「おう。バイト。どうした?」
「道のそうじが終わったから、こっちのそうじに来ました」
「そうか、早いな。じゃ、ここを頼む。ここが終わったら、次はバラ園の方をやってくれ」
ヘクトルさんは、ちらっとマホーキたちを見たけど、特に気にせず、そう言った。
さすがグランドールの庭師なだけあって、ヘクトルさんは動くホウキを見ても気にしない。
「はい。いってきま-す」
イーアはマホーキ達と、寮の周囲のそうじをはじめた。
寮には貴族クラスの生徒達が出入りしていたけど、イーアの知り合いはいなかった。
貴族寮の生徒達はイーアなんて視界に入っていないようにふるまっている。
イーアは気にせず、マホーキ達に話しかけながら、まじめにそうじを続けた。
寮の周囲のそうじが終わったので、イーアとマホーキたちは、次はバラ園に向かった。
バラ園の中には葉っぱが落ちるような木はあまりない。
でも、周囲の林からどんどん落ち葉が吹きこんでくるから、やっぱり枯れ葉がたくさん道に落ちていた。
イーア達は迷路のようなバラ園の中をせっせと掃いていった。
しばらくすると、イーアはちょっとやる気がなくなってきた。
さっき6時の鐘が鳴った。今はもうすっかり日も暮れて、風もだいぶ冷たくなってきた。
そろそろ屋内に入りたい気分になってくる。
(これだけ働いたら、ヘクトルさんも満足してくれるよね)
最初に言われた仕事はもう終わらせたから、あとは、6時半になるまでサボってバラ園の中をふらふらしていても怒られないだろう。
『そろそろ終わりにしようかな。マホーキ、今日はありがと!』
『ホウホウ!』
マホーキたちは勢いよく体をふるわせて枯れ葉をふきとばすと、虚空に消えていった。
マホーキ達がふきとばした落ち葉を片隅に集め終えると、イーアはぶらぶら散歩をはじめた。
少し歩くと、バラ園の噴水のところに出た。
噴水のそばのベンチに誰かが座っている。
そのゆううつそうな横顔の少女に、イーアは見おぼえがあった。
「あ、ローレインさん」
イーアが声をかけると、ローレインは顔をあげた。
「あら……イーアさん。そのおホウキは?」
「落ち葉のそうじだよ。今、アルバイトしてるんだ」
「どうりで、イーアさん、あちこちに枯れ葉をつけてらっしゃるのね」
「え?」
ローレインに言われて、イーアは自分の服を見た。言われてみればたしかに、いつの間にか全身枯れ葉まみれになっていた。
イーアが服についた枯れ葉をとっていると、ローレインは立ち上がって、イーアの頭に手をのばした。
「ほら、ここにも」
ローレインはそう言って、イーアの頭からとった枯れ葉を見せた。
どうやら、イーアは頭まで枯れ葉まみれになっていたらしい。
マホーキ達といっしょに勢いよく枯れ葉をはきすぎたっぽい。
「ありがと……ふふっ」
お礼をいいながら、イーアはなんだかおかしくなってきて笑いだしてしまった。
つられてローレインも口に手をあてて笑いだした。
なんだかよくわからないけど楽しくなってしばらく笑い続けた後。ふたりは近くのベンチに腰かけて、おしゃべりをした。
ローレインはほほ笑んだ。
「なんだか、ひさしぶりですわ。こんなふうに笑ったの」
「そうなの?」
特に意味もなく笑うことは、イーアにはよくあることだ。
「ええ。なつかしい感じ。小さな頃は、こうしてだれとでも笑いあって……」
ローレインはちょっと寂しそうな表情になった。
イーアはたずねた。
「そういえば、ローレインさんって、ケイニス君と昔から知り合いなの?」
「ええ。ケイニスは我が家の庭で働く使用人の子でしたから。小さな頃は、そう。落ち葉の中でいっしょに遊んだりしたこともありましたわ。そういえば、あの時も、髪の毛についた枯れ葉を、おたがいにとってあげたりして……」
昔を思い出しながら語るローレインは、幸せそうな表情だった。
「ふたりは幼なじみなんだね。わたしとユウリもそうだよ。血はつながっていないけど、ユウリは同じ家で育った兄弟みたいな親友なんだよ」
でも、イーアがそう言うと、ローレインは暗い表情になった。
「わたくしとケイニスは、幼なじみでは……。とても、そんなふうにいえる関係ではありません。何年も前、まだ幼い頃、ケイニスはある日突然わたくしを避けるようになりました。それ以来、ほとんどまともに会話すらしておりませんわ」
「でも、ローレインさんはケイニス君のことが好きなんだよね?」
イーアがたずねると、ローレインは、突然、バタバタと手を小さく振り回し、慌てだした。
「す、す、……、な、ななな、なんてことを、お、お、おっしゃるのです!? ごごご、誤解ですわ。ご、誤解ですわよ。そ、そそそ、そんなことありませんことよ」
「でも、ケイニス君ともっと仲良くなりたいんでしょ?」
イーアがそうたずねると、ローレインは小声で認めた。
「え、ええ。それは……。グランドールに入学すれば、自然と仲良くなれると思ったのですけれど。実際は、ほとんど会う機会もありませんわね」
ローレインは肩を落としている。
「ケイニス君、勉強ばっかで部屋に引きこもってるからね」
イーアはいつもふらふらしているから、クラスが違ってもローレインとよく遭遇するけど。
(もっとケイニス君を外につれだそうかな)
イーアがそんなことを考えていたとき、バラ園の外の方から、庭師のヘクトルさんの声が聞こえた。「おーい。バイトー! 時間だ!」と呼んでいる。
「あ、もうバイト終了の時間だ! じゃあ、またね。ローレインさん」
「ええ。ごきげんよう。イーアさん」
イーアはホウキを持ってバラ園の外へ走っていった。
ヘクトルさんは書類に今日のバイト完了のサインを書いて、イーアに渡した。
「じゃ、お疲れ。また今度も頼むぞ」
「はい。ありがとうございました!」
あとはこの書類を学生課の窓口に持っていけば、お金がもらえる。学園祭のパフェ2つ分くらいのお金が。
(楽しくおそうじしてパフェ2つ分もらえるなんて、最高! またバイトしよ!)と思いながら、イーアは満足した気分で自分の寮に帰った。




