58 シャヒーン先生のお願い
それから数日後の放課後。イーアはオッペンに呼びとめられた。
「おい、イーア。シャヒーン先生がいっしょに来いって言ってたぜ」
「シャヒーン先生? なんだろ。今頃、学園祭の時のお礼かな?」
イーアが首をかしげると、いっしょにいたユウリが言った。
「ぼくもいっしょに行っていい?」
「いいんじゃね? いこーぜ」
オッペンがそう言ったので、イーア達3人はシャヒーン先生の部屋に向かった。
部屋のドアをノックして、イーアは呼びかけた。
「失礼します。イーアとオッペンです」
シャヒーン先生はすぐに出てきて「来たね」と言いながら、3人を部屋に招きいれると、廊下の様子をぎょろぎょろと見てから、ドアを閉めた。
シャヒーン先生の部屋には占いに使う道具と派手な柄の変な物があちこちに置かれていて、とてもごちゃごちゃしていた。
「きったねー部屋だな」とオッペンが部屋に入ってすぐ口にだして言っちゃったので、イーアはあわてて「しーっ。いきなり失礼だよ」と小声でオッペンをたしなめた。
だけど、そんな会話は聞こえていなかったように、シャヒーン先生はユウリをじーっと見ていた。
「あんたは、スパイじゃないだろうね?」
「スパイ?」
ユウリは困惑している。オッペンが言った。
「ユウリはおれらのダチだぜ。スパイなわけないだろ。先生。で、何の用?」
生徒がこんな話し方をしたら怒る先生も多いけど、シャヒーン先生は気にしない。
シャヒーン先生は部屋の中央にあるテーブルに移動しながら言った。
「大事な話さ。あの時のことは、覚えてるね? 地下に盗人が入った時のことさ」
オッペンは力強くうなずいて言った。
「おう。おれとイーアが、襲われていた先生を助けて、華麗に強盗を追い払った時のことだな!」
オッペンの記憶はすこし違うような気がしたけど、イーアは何も言わなかった。
シャヒーン先生は力強く言った。
「あたしが強盗を予知して見事に防いでやった時のことの話さ!」
シャヒーン先生の記憶もじゃっかん違うような気がしたけど、イーアは何も言わなかった。
とにかく、シャヒーン先生の用事はやっぱり学園祭の日の事件に関係しているようだ。
全員が席に着くと、シャヒーン先生はイーア達3人を見回しながら小声で言った。
「これは秘密だよ。いいかい。あの時、強盗どもに協力した輩が、学内にいるはずなんだ」
「どういうことですか?」
ユウリがたずねると、シャヒーン先生は説明した。
「地下に入る通路には結界が張ってあるんだよ。目くらましのものと、侵入防止のもの、2重にね。だけど、あの日は侵入防止のための結界が消されていただろ?」
オッペンがうなずいた。
「ああ。だから、おれたち入れたんだよな」
イーアもうなずきながら言った。
「そうだね。そういえば、なんで入れるのか不思議だったんだよね」
シャヒーン先生は小声で言った。
「誰かが、結界を解除したんだよ。だけど解除の仕方を知っているのも、操作盤に近づけるのも、教職員だけさ。つまり、教職員の誰かが犯人を手引きしたのさ」
オッペンが叫んだ。
「マジかよ! じゃ、先生たちの中に犯人がいるのか!?」
シャヒーン先生はうなずき、さらに言った。
「あの時はあたしらがやつらの悪だくみを防いだろ? 未遂に終わったってことは、犯人はきっとまたやるに違いないんだよ」
やっぱり学園祭の事件は始まりに過ぎなかったのかもしれない。少なくとも、シャヒーン先生はそう思っているようだ。
「だから、あたしゃ、あれ以来、学内にいる犯人を見つけようと、ずっと様子をうかがってきたんだけどねぇ……。いまだに犯人がわからないんだよ。そこで、お前達に手伝ってもらいたいのさ」
「犯人さがしか。いいぜ!」
オッペンは気軽に元気よく引き受けた。
でも、そこで、心配そうな表情でユウリが口をはさんだ。
「先生。それ、危なくないんですか?」
イーアも思わずつぶやいた。
「オッペンは一度死にかけたもんね……」
もうあんな事態はごめんだ。
もし同じような状況になったら、たぶん、今度はオッペンを助けられないだろう。
「だからこそ、おれの仇をとらねーと!」
オッペンは力強くそう言ったけど。
シャヒーン先生はいつになく真剣な表情で言った。
「無理にとは言わないよ。やつらにかかわりゃ、ろくなことはないだろうからね。むしろやつらとは関わらない方が断然いいさ。迷うなら、やめときな」
「やつら?」
イーアは聞き返した。シャヒーン先生の物言いは、まるであの白装束が何者か知っているかのようだった。
「そうさ。やつらなんだよ。あいつらは。あたしも最初はただの強盗だと思ったんだがね。よくよく考えれば、あの白装束。やつらは、アレだよ」
イーアの心臓の音が激しくなった。
シャヒーン先生は、知っている……。
イーアはたずねた。
「先生は、あの白装束の正体を知ってるんですか?」
シャヒーン先生はうなずいた。
「アレは<白光の魔導士団>って呼ばれている輩だよ。古より続く魔導士の秘密結社だとか、お偉いさんと繋がりがあるとか、色々言われているがね。でも、泥棒は泥棒さ! あたしは許さないよ!」
「おう! おれも許さねーぜ!」
シャヒーン先生とオッペンが元気よく叫んでいる傍で、イーアはぼうぜんとしながら思った。
(シャヒーン先生が白装束の正体を知ってたなんて! もっと早く先生に聞いておけばよかった……)
<白光の魔導士団>。
それが、ガネンの民を皆殺しにした魔導士集団の名前だった。
何も知らないオッペンは無邪気に言った。
「なんかカッコいい名前のやつらだけどよ。おれは今度は負けねーぞ!」
「オッペン。無理だよ。ぼくらはまだ一人前の魔導士ですらないんだ」
ユウリが冷静にオッペンをたしなめた。
シャヒーン先生はそこで笑い声をたてた。
「誰もあんたたちに戦えなんて言ってないよ。言ったろ。相手は教職員なんだ。あんたたちが戦って勝つなんて無理な話さね。こっそり校内にいる犯人を見つけて、あたしに教えてくれりゃいいだけのことだよ。むしろ、こっそりバレないようにやってくれなきゃ困るんだ。生徒を危険なことにまきこんだなんて知られたら、あたしのクビが飛ぶからね」
イーアはそれを聞いて、うなずいた。
「そっか。こっそり、バレないようにやるんだね。バレなきゃ危なくないから大丈夫だよね」
そう言いながら、(ティトは危ないことはしちゃダメって言うけど。危なくないなら大丈夫)と、イーアは心の中で考えていた。でも……
「イーア」
ユウリがとがめるような目でイーアを見た。「本気で言ってるの? 危ないに決まってるだろ」と言いたそうな目だ。
その目を見て、たぶん、ティトがここにいても同じような目で見るんだろうな、とイーアは悟った。
イーアだって本当はわかっている。
白装束の仲間をさがすことが危険じゃないはずがない。
だけど、白装束の協力者が学校の中にいると聞いて、何もしないではいられない。
たとえオッペンとユウリが何もしないと決めても、イーアは学校の中にいる白装束の協力者を探すつもりだった。
オッペンはユウリをからかうように言った。
「別に、嫌ならユウリは手伝わなくていーぜ? おれとイーアで犯人探すからさ」
ユウリは怒ったような強い口調で言った。ユウリがそんな口調になるのはめずらしかった。
「そんなわけにいかないだろ。ぼくがいなかったから、学園祭の日、イーアは危険な目にあったんだ。もうイーアをひとりにはしない」
オッペンは、元気よく言った。
「じゃ、おれたち3人で犯人を見つけようぜ!」




