57 食堂でうわさ話
学園祭の事件から、約1か月がたった。
あの時死にかけたオッペンは、今はもうすっかり元気だ。
昼休み、グランドールの食堂でみんなと食事をしながら、イーアは1月前を思い出しながら、しみじみと言った。
「ほんとによかったよ。オッペンがちゃんと元気になって」
オッペンはむしゃむしゃとハンバーグを食べながら口をとがらせた。
「なんだよ? おれは元気だぜ? 母ちゃんもやったら心配したり怒ったりうるせーんだけどさ」
「だって、オッペン、本当に死にかけてたんだもん!」
イーアが叫ぶと、オッペンは頭をかいた。
「って言われてもなぁ。おれ、全く記憶がねーんだよ。地下で広いとこに出た後……」
「わたしは、はっきり覚えているよ」
イーアは吹き飛ぶオッペンの姿を思い出しながら言った。
「オッペンは、いきなりボーンって飛ばされて、ベターンって天井にぶつかって、ドサッって床に落っこちたんだよ。それからもうピクリとも動かなくって。死体みたいになっちゃったんだよ」
思い出せば出すほど、オッペンが生きているのが奇跡に思える。
オッペンは頭を抱えた。
「かっこわりー。なんだよ、そのザコっぽいやられ方。おれ、マジで強くなんねーと」
最近、イーアとオッペンは、強くなるためにドルボッジ部のダモン達に防御力をあげる魔法を習っている。ドルボッジではそういう魔法を使っていい試合もあるので、ドルボッジ部員はいつも練習しているのだ。
だけど、イーアもオッペンも、ほとんど成功しないし全然上達しない。「おまえら、この魔法はむいてないんだな」と副部長のガボーには、さじをなげられてしまった。ダモンは「練習あるのみ、練習はうらぎらない。……と、マジーラ監督なら言うぞ」と、ちょっと自信なさげに応援してくれているけど。
イーアのとなりに座っていたキャシーが、オッペンにきつい口調で言った。
「その前に、危ない所に行かないのが一番でしょ。まったく。猛反省しなさい。イーアまで危険なことに巻きこんで」
ちなみに、学園祭の後しばらくは、みんながイーアに事件の話を聞きたがって大変だったけど、イーアはほとんど何も語らなかったので、その内、みんなあの事件のことは忘れてしまった。最近は、普段はもうだれも話題にしない。
オッペンはまったく反省していない様子で言った。
「んなこと言ってもよ。おれらが行かなかったら、シャヒーン先生がやばかったんだぜ? だから、行ってよかったんだよ。結果的には」
キャシーは叫んだ。
「シャヒーン先生の代わりにあんたが死ぬとこだったじゃない! シャヒーン先生なんかより、あんたの方が大事……とはいえないけど! 殺されたら意味がないんだから。オッペンはイーアやエルツ君みたいに得意魔法すらないんだから、自制しなさい!」
キャシーがオッペンにガミガミ言っている横で、イーアはふと向こうの席にいるマーカスが目に入って気になった。
近頃、マーカスの周囲には以前はマーカスとあまり親しくなかったはずの生徒達が集まっている。
学園祭の前あたりまで、マーカスは友達が少なかったのに、今はすっかりクラスの人気者といった雰囲気になっていた。
イーアはふしぎに思ってつぶやいた。
「近頃、マーカスのまわりに人がいっぱいいるよね。どうしたんだろ?」
すると、キャシーが振り返ってイーアに言った。
「マーカスは、ほら、学園祭にゲストで来てた古代魔術のギルフレイ卿に弟子入りしたでしょ?」
「そうなの?」
イーアは何も知らなかったけど、キャシーやアイシャは前から知っていたみたいだった。
キャシーは説明してくれた。
「そう。魔導語スピーチコンテストでマーカスが1年なのに準優勝して、ギルフレイ卿の御眼鏡にかなって誘われたんだって。ギルフレイ卿の弟子になるなんてすごいことだから、それで、マーカスが人気者になったってわけ」
「そんなことがあったんだ。でも、よかったね。これでマーカスもえらい魔導士になるって夢に近づけるね」
イーアが素直にマーカスのためによろこんであげていると、ユウリが小声でぼそっとつぶやいた。
「よくあいつなんかのために喜んであげられるな」
「マーカスってイヤミ君だけど、努力してるもん。誰だって努力がむくわれるのはいいことだよ」
イーアがそう言うと、ユウリはつまらなさそうに言った。
「たしかに、マーカスが努力をしているのは、ぼくも認めるよ。でも、あれだけ嫌がらせされたのに、全然気にしないなんて、ぼくには無理だよ」
ユウリはまだドルボッジの件や、その他散々、数え切れないくらいしょっちゅうマーカスがイーアとユウリをバカにしたりイヤミを言ってきたことを根に持っているようだ。
でも、イーアとしては、別に殺されそうになったわけでもないから、もうマーカスのイヤミくらいどうでもいい。
イーアは、マーカスはああいう性格の変な子なんだと思うことにしたから、今はただの嫌な感じに個性的なクラスメイトとしか思っていない。
「だけど、古代魔術……?」
ユウリはつぶやきながら首をかしげ、考えこむ表情になった。
「どうしたの?」
「ううん。なんでもないよ。ただ、古代魔術って、選ばれた家系の人しか弟子入りできないって聞いたから、ちょっと不思議に思ったんだ」
ユウリはそう言って、食器を片付けに立ち上がった。ユウリを見送りながらキャシーもつぶやいた。
「そういえば、古代魔術って誰でも習えるものじゃなくて、家柄で入門できるかが決まるらしいよね。マーカスって、実は古い魔導士の家系とかなの?」
イーアは首をかしげた。
「さぁ。お父さんも魔導士だとは言ってたけど」
たしか、マーカスは最初に会った時に、お父さんがグランドール出身の三流魔導士だとか言っていた気がする。
庶民からみたら十分エリートだけど、魔導士の中ではそんなにいい家柄ではなさそうな感じでマーカスは話していた。
でも、イーアが何か言う前に、「じゃ、そういう家柄なわけね」とキャシーは納得して、その話はそれで終わりになった。




