55 勝手に追放された男の話
学園祭の後に次にやってきた週末。イーアはウェルグァンダルに向かった。
あの白装束の召喚士、ザヒのことを探るために。
ティトはおとなしくしていろと言っていたけど。せっかく白装束の魔導士たちの手がかりをつかめたのだ。イーアはじっとしていられなかった。
(ガリにちょっとザヒのことを聞くくらいなら、だいじょうぶだよね)
そう思って、イーアはウェルグァンダルに向かった。
でも、イーアが到着した時、ガリは塔にいなかった。イーアを出迎えたリグナムはほがらかに言った。
「いつも通りガリはいないよ。でも、せっかく来たんだからお茶でも飲んでいきなよ。ちょうど良かったよ~。僕、数日前からクーちゃん特製ドーナツが食べたくてしかたがないんだけどさ。注文すると、なぜか焼き魚が出てくるんだよ。僕の代わりに注文してよ」
リグナムの精霊語はあいかわらずメチャクチャでクーちゃんに通じないらしい。
しかたがないので、イーアはリグナムと食堂でおしゃべりをすることにした。
リグナムもザヒのことを知っているはずだから、きっと何か聞きだせるだろう。
イーアはクーちゃん特製ドーナツと、魔苺とブラッディオレンジのクーちゃん特製ミックスジュースをいただいた。クーちゃんのドーナツはとってもおいしくて、ほっぺたが落ちそうだったけど、イーアはここに来た目的を忘れず、リグナムにたずねた。
「リグナムさん。ザヒっていう召喚士のこと、知ってますか?」
リグナムは、うれしそうにドーナツにかぶりつきながら、あっさりうなずいた。
「ああ、ザヒのこと? よく知ってるよ。僕の親友だよ。子どもの頃からここで一緒だったんだ」
「親友……?」
リグナムは白装束とつながっている可能性がある?
イーアは警戒した。
でも、リグナムは軽い調子でぺらぺらとしゃべり続けた。
「そうだよ。ザヒは霊獣に好かれる霊獣使いでさ」
「霊獣使い?」
その言葉をザヒも使っていた。イーアに対して。
リグナムはうなずいて説明した。
「召喚士って、仲良くなれる精霊の種類がかたよってたりするんだよ。ガリは断然ドラゴンでしょ? 君はどうなるのかな。ザヒは霊獣でね。たとえば、ザヒは子どもの頃に、塔の外の森で、黒い子猫を拾ったんだ。ザヒはその子猫をクロって呼んで、とてもかわいがってたんだ。そしたら、その子猫がどんどん大きくなっちゃって。実は猫じゃなくて、ワイヒルトっていう霊獣だったんだよ。塔の偉い人達は、びっくりしてたよ。ワイヒルトって、狂暴な魔獣で人間と仲良くしないっていわれてる種族だから」
リグナムはそう言って笑った。
イーアは笑えない。
グランドールの地下で、そのワイヒルトに殺されかけたばかりだ。
イーアはおずおずとたずねた。
「その、リグナムさんは、ザヒさんとよく会うんですか?」
リグナムは残念そうな表情になった。
「それがさ。僕、ザヒにはもうしばらく会ってないんだ。ザヒは次期塔主争いでガリに負けてから、ウェルグァンダルにこなくなっちゃったんだよ」
「次期塔主争い?」
「そう。ウェルグァンダルは毎度、次期塔主の選考でもめるんだ。塔主が高齢になったり病気になったりすると、次の塔主を指名することになって、優秀な<召喚士>の中から次期塔主が選ばれるんだけど。この前はガリとザヒの二人が有力候補だったんだ。ザヒは赤ちゃんの頃からここで育った生え抜きで、先代にも一番大事にされていたんだよ。でも、なぜか先代はガリを後継者に指名しちゃったんだ。まぁ、ザヒは若すぎるっていう人もいたけどさ。噂によると、ガリとザヒの二人で決闘したとか、試練みたいなのを受けたとか。で、ガリが勝ったらしいよ。召喚バトルだったら、当然ガリが勝つからねぇ」
「じゃ、それ以来、リグナムさんはザヒさんと会ってないんですか?」
イーアがたずねると、リグナムはさびしそうにうなずいた。
「うん。ガリが塔主に決まってから、ザヒは一度もここに帰ってきてないんだ。ザヒは赤ん坊の頃からここで育ったのに。ザヒにとっちゃ自分の家から追放されたみたいなもんだよ。かわいそうに。なんで、ガリが塔主に選ばれちゃったんだろ……って、みんな、言ってるよ。ほら、ウェルグァンダルなんて、こんなにさびれちゃってさ。絶対、ザヒが塔主になった方がよかったって僕は思うんだけど」
誰が何と言おうと、イーアはガリが塔主でよかった。
だけど、イーアは何も言わなかった。
そんなことより、イーアの頭の中では、口にはできない疑問がぐるぐると回っていた。
リグナムはザヒが白装束の魔導士だということを知っているのだろうか?
実はリグナムも白装束の仲間なんだろうか? ……ここで平然とイーアにドーナツの注文を頼んでいるけど。
イーアの胸中は知りもせず、リグナムはひとりしゃべり続けていた。
「ガリが塔主でいる限り、もうザヒはここに来ないかも。昔からあのふたり、超仲悪いんだよ。でも実はあの二人って……」
リグナムはそこで突然気がついたように叫んだ。
「あ! いけない、いけない! これは口が裂けても言っちゃいけない秘密だった。君ってさ、すごい聞き上手だよね? 僕、命がけで守らないといけない秘密を、うっかり話しちゃうところだったよ」
(別に聞き上手じゃないよ! 何もしてないよ! むしろあんまり話きいてなかったよ!)とイーアは思ったけど、何も言わなかった。
リグナムはその後もペラペラしゃべり続けていたけど、イーアはもうあまり聞いていなかった。
リグナムのどうでもいい話を聞きながら、イーアはリグナムから白装束について聞きだすことはあきらめた。
リグナムが白装束の仲間だったら無理に聞こうとすると危険だし、そうじゃなくても、リグナムのことだから、イーアが探っていたことを誰にでもペラペラしゃべりそうだ。
あとは直接ガリから聞いたほうがいい。




