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50 生命の霊薬

 白装束の男が消えると、ガリは精霊語で言った。


『ウェルグァンダルから連絡がきた。友契の書同士の戦闘が行われていると。まさか、お前がザヒと戦っているとは。無謀にもほどがある。あいつはあれでも今いる召喚士の中でトップクラスの力を持っている』

 

 無謀なのはイーアだってよくわかっていた。でも、オッペンを見捨てるわけにはいかなかったのだ。

 イーアはもう目の前で誰の命も奪われたくなかったから。


 今のガリの話によれば、あのザヒという名の白装束の男が、偶然、ウェルグァンダルの召喚士だったから、そしてイーアと召喚バトルを開始したから、塔主のガリへ連絡がいったらしい。

 その偶然で、イーアは命拾いをした。

 だけど……。


(ティトは? オッペンは?)


 イーアはすぐ傍にいるはずのティトとオッペンを暗闇の中に手探りで探そうとした。

 ガリが一言呪文を唱え、魔法の光で周囲を照らしだした。

 明るい光でティトとオッペンの姿がはっきりと見えた。

 血まみれのティトはイーアの前で荒い息をしたまま床にうずくまっている。

 オッペンは血の気のない顔で、イーアの横にぴくりとも動かず倒れている。

 ティトを見て、ガリは言った。


『このまま放っておけば、そのラシュトは死ぬ。ダメージを受けすぎた。お前を守るために限界を超えて戦い続けたのだろうが。成獣にもなっていないくせに無理をしすぎだ』


 イーアはティトの傷口に手を置き、手の平にわずかに残っていたカンパベルの傷薬をこすりつけた。イーアの手がティトの傷口から流れ出た血で赤く染まっていく。傷口はふさがりかけているけれど、すでに流れ出た血はどうしようもない。

 ティトは苦し気な表情で息をするだけで、何も言わない。言葉を発する力すらないのだ。


『ティト……。ホムホム、アロアロ、ティトを助けて!』


 イーアがわずかに残った魔力をふりしぼって呼ぶと、すぐにホムホムとアロアロがあらわれた。

 ホムホム数匹が心配そうにティトの周囲をとび、アロアロが悲しそうに長い草をティトの肩の傷口の上に静かに置いた。でも、気休めにしかならない。


 イーアには、わかっていた。

 ホムホムやアロアロには、死にかけているティトを助けることはできない。

 オッペンを助けることもできない。

 青い顔で倒れているオッペンはまだ生きているのかどうかすらわからなかった。

 白装束の魔導士は撃退したけど、仲間を救うための戦いはまだ続いている。


(このままじゃ、ティトとオッペンが死んじゃう。どうしよう……どうしよう……)


 イーアが呼べる召喚獣ではどうしようもなかった。それに、呼ぶための魔力もイーアには残っていない。

 イーアがあせるだけで何もできずにいる間に、いつのまにかガリの姿が消えていた。

 そして、気が付いた時には、ガリがさっきとは違う場所に立っていた。

 ガリは手に何かを持っていた。

 ガリは手の中の小さな小瓶を差し出した。


『誰かがこの先にある倉庫を開けていた。これはその倉庫の中にあったものだ』


 イーアは小さなボトルを1つ受け取った。でも、それが何かはわからなかった。


『これは?』


『<生命の霊薬>。死体には効かないが、生死の境にいるものをこの世界に引き留める効果がある。人間にも霊獣にも効果はある。一本は、そこで死にかけている子どもに使う。もう手遅れかもしれんが』


 ガリはそう言ってオッペンのそばにひざまずくと、小瓶の中身をオッペンの口の中に注ぎこんだ。

 イーアはあわてて、小さなビンの栓を抜き、ティトの大きな口の中に手をつっこんで、中身をティトののどへと注ぎこんだ。


『う、うぅ……』


 ティトの口から小さなうなり声が聞こえた。


『ティト!』


 ホムホム達がうれしそうにふわふわと動いた。


『ま、まずい……ひどい味だ……』


 ティトは苦し気な声で文句を言った。でも、ティトは文句を言えるくらいに元気になったってことだ。

 イーアはティトの顔をだきしめ、アロアロがよかったねというように長い草でティトの肩をそっとさすった。


『ティト。死なないで』


『おれは死ぬもんか……』


 ティトがよわよわしくそう言ったその時、遠くから小さく叫び声が聞こえた。


  「シャヒーン! だいじょうぶか? シャヒーン! 応援を呼んでこい!」


 誰かが地下で倒れているシャヒーン先生のことを見つけたようだ。

 ガリが鋭い声で言った。


『早くラシュトを戻せ。人が来る』


 イーアは『友契の書』に小声で言った。


『ティトとみんなを森に戻して』


 ティトはイーアが召喚したわけではないから帰還させることができるのか自信はなかった。だけど、ティトの姿は消えた。ホムホムとアロアロも消えた。

 ガリは魔法の光を消し、闇の中に姿を消しながら、言い残した。

 

『俺は行く。できるかぎり、ウェルグァンダルの名を出さずに話を済ませてくれ』


 オッペンとイーアだけが、だだっ広く冷たい地下の大広間に残された。

 イーアはその場にへたりこんだまま、地下のあちこちからかすかに声や足音が聞こえるのを聞いていた。

 やがて足音が一つ近づいてきた。

 イーアの周囲をまぶしい灯りが照らしだした。


「誰かいるぞ!? おい! 誰だ?」


 マジーラ先生の声だ。

 その声を聞くと、イーアは思わず泣きだしそうになった。


「先生……」


 イーアの声を聞き、マジーラ先生が駆け寄ってきた。


「ここにいるのは二人だけか?」


「はい。オッペンとわたしだけです」


 マジーラ先生はイーアとオッペンの様子をさっと観察し、オッペンを抱きかかえた。

 オッペンに回復魔法をかけながら、マジーラ先生は焦った顔で叫んだ。


「こいつは一刻を争う! そこで救援を待っててくれ!」


 マジーラ先生はイーアにそう告げると、オッペンを抱えて姿を消した。


「わたしは、だいじょうぶです……」


 イーアは立ち上がって、自力で帰ろうとした。だけど、足に力が入らず、イーアは床に崩れ落ちた。

 そして、そのままイーアは意識を失った。

 

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