49 絶対的な助っ人
イーアの横に、気配もなく黒い人影が立っていた。ガリだ。
そして、ほとんど同時に、白装束の男とガリの二つの声が響いた。
『亡霊大盾兵ホプラトゥン』
『突撃竜ゴラレクス』
白装束の男の前に、トゲトゲのついた巨大な盾を持つ大きな鎧の兵士が出現した。鎧の中は暗い闇のようで、中に肉体があるようには見えない。だけど、その鎧は動いていた。巨人のような鎧の兵士はトゲのついた盾を構えて、こっちにむかってドシンと足を踏み出した。
一方、ホプラトゥンの出現とほぼ同時に、イーアの目の前にはギザギザしたドラゴンの尻尾があらわれていた。
ギザギザ尻尾のドラゴン、ゴラレクスの額には太いドリルのような角がある。
ゴラレクスは出現したとたんに巨大な盾を構える鎧の兵士めがけて猛烈な勢いで走り出した。
地響きをたてながらホプラトゥンとゴラレクスがともに突進していった。そして、巨兵の盾とドラゴンの角が正面からぶつかり、地下の大広間に激しい衝撃音が轟いた。
ゴラレクスは衝突後すぐにすーっと虚空に消えていった。
鎧の兵士の巨大な盾にはヒビが入り、まっ二つに割れていった。
鎧の巨人は割れた盾を床に捨て、今度は剣を振りかざしながら一歩前に踏み出した。
だけど、その時、再び大広間に出現したゴラレクスが、鎧の巨兵に向かって突進していた。
実はさっきの衝突の直前、ガリの『ゴラレクス、もう一撃』という声をイーアは聞いていた。一頭目が消えた瞬間に次のゴラレクスの攻撃がくるように、ガリはあらかじめ2頭目を召喚していたのだ。
ゴラレクスは鎧の巨兵の腹部に頭から突っこんでいった。巨大な鎧のパーツがバラバラになって吹きとんでいった。
巨大な鎧をふきとばした後もゴラレクスの勢いはとまらず、ゴラレクスはそのまま白装束の男へと突進していった。白装束の男はただの白い布のように吹き飛んでいった。
突撃が終わると、ゴラレクスは闇の中に溶けるように消えていった。
さっきの轟音が嘘のように、静寂が大広間を包みこんだ。
召喚獣の攻撃の衝撃で、ランプのあかりが消え、大広間には闇の帳が降りている。
今はワイヒルトを縛り上げる炎の鎖のような細長い竜が放つ光だけが、大広間の中をかすかに照らす光源となっている。
(白装束は……?)
ゴラレクスの攻撃で死んだのだろうかとイーアが思った時、闇の中にふたたび笑い声が響いた。
さっきまでのよゆうのある嘲笑とは違う、悔しさと憎しみのこもった笑い声だ。
ゴラレクスに吹き飛ばされた白装束の男が、笑いながらゆっくりと立ち上がった。
フードは外れ、銀色の仮面も落ちていた。
でも、召喚獣の戦闘の衝撃で床に置かれていたランプの光が消えたので、白装束の男の顔はよく見えない。
仮面を拾いながら、白装束の男は憎しみのこもった声で言った。
「さすが、ご塔主様だ。ゴラレクスといえば、一撃必殺、ただし攻撃は一撃のみ。召喚術の教科書にはそう書かれているはずだが。そんなゴラレクスの2連撃? 聞いたことがない芸当を、当たり前のようにやってくる。怖い怖い」
いつものように地味な黒いローブ姿のガリは、イーアの横の暗闇に溶けこみひっそりと立っていた。
ガリはぼそりと暗い声で言った。
「ザヒ。許可なく<召喚士>同士で決闘することは禁止されている」
やはりこの白装束の男はウェルグァンダルの召喚士らしい。
ザヒと言う名の。
その名前をイーアはどこかで聞いたような気がしたけど、思い出せなかった。
白装束の男ザヒは銀色の仮面をふたたびかぶり、仮面の向こう側で笑い、挑発するように言った。
「それを言うために、わざわざこんなところまで来たのか? ガリ。心配は不要。決闘なんてものじゃない。遊んでやってただけさ。うす汚い奴隷人種のガキなんぞに本気を出すものか。ああ、いけない、いけない。その奴隷人種はガリ様の弟子だったか? まったく妙なものを弟子にとるな。わざわざ劣等人種なんぞ選ばなくてもいいだろうに」
ガリは吐き捨てるようにつぶやいた。
『くだらん人種主義にそまったか。おまえなんぞじきにその劣等人種とやらの子に追い抜かれるだろう』
だけど、ガリは竜語で小声でつぶやいていたから、ザヒに聞こえたかはわからない。ザヒは無反応だったから、たぶん聞こえなかったのだろう。
ガリは続きを人の言葉で言った。
「見下げた蛮行を。学校に忍びこんで子どもを襲う? ザヒ。これ以上恥をさらすな」
ザヒという男は再び笑った。
「やれやれ、久しぶりに会ってめずらしく少ししゃべると思えば、お説教とは。俺を破門にするなら、すればいい。俺を破門にして、お前についていく<召喚士>がどれだけいるかは疑問だがな」
それを聞いてイーアは、どこでザヒの名を聞いたのか思い出した。
ウェルグァンダルの塔でリグナムが言っていたのだ。ザヒが塔主の方がよかったのに、と。
ガリはいつもの暗い声でぼそりと言った。
「誰もついてこなくて構わない。だが、お前を破門にはしない。ウェルグァンダルはまだお前を見捨てていない」
ザヒは笑った。
「さすが、慈悲深きウェルグァンダル。さぁて、これから、どうする? さっきの小手調べじゃ物足りないが。ここで我々が本気でやりあえば、グランドールの校舎が崩れ落ちるだろう。それもまた一興だが。破壊しすぎてあのお方に叱られるのはつまらない。今日のところは、ご塔主様の顔を立てて引いてやってもいいぞ?」
ザヒは負け惜しみを言っているように聞こえる。
さっきの戦いでイーアは本能的に理解した。ガリは強い。ガリはだてにウェルグァンダルの塔主じゃない。
正直、これまでイーアは、ガリのことをただの暗くて怖くて竜語をしゃべる人としか思っていなかった。もちろん感謝はしていたけど、ガリは自分のことをしゃべりもしなければ手本を見せることもなかったから、それ以上知りようも尊敬のしようもなかった。
でも、今はわかる。ガリとザヒが戦えば、絶対にガリが勝つ。
だけど、ここで二人が本気で戦えばグランドールに、学園祭で集まった人達に、大きな被害が出るというのは、たぶん本当なのだろう。
それに、そんな戦いに巻きこまれたら、ここにいるイーア達、特にすでに瀕死のオッペンやティトの身が危ない。
ガリは精霊語で言った。
『パラオーチ、もういい。黒猫をはなしてやれ』
黒い魔獣ワイヒルトを縛り付けていた炎の鎖のような飛竜パラオーチが拘束を解いた。ワイヒルトの黒い体は床に落ち、パラオーチはそのまま空中を蛇行しながら飛んで消えていった。
白装束の男ザヒは踵を返して、奇妙な十字模様を背負った背をこちらにむけた。
「行くぞ、クロ」
ふらふらと立ち上がった魔獣ワイヒルトは、ザヒに従い後を追った。
白装束の男と黒い獣の姿が、大広間の奥の闇の中へと消えていった。