4 第2試験
魔法陣の試験が終わると、試験官の先生が交代した。
新しい試験官は、まだ若いきれいな女の先生だった。
教室の前で、新しい試験官の先生が言った。
「次の試験は自然魔法です。みなさんは初等魔術学校で水火風ひととおりの初級魔法を習っているでしょう。今日のテストでは、まず、コップの中に水を生じさせ、次に、ろうそくに火をつけ、最後に一人ずつ教卓の前で風を起こしてもらいます。杖などの補助魔導具はつかってはいけません。では、まずコップを配ります」
空のコップが配られた。
(自然魔法かぁ。ユウリの得意科目だなぁ……)
コップを見ながら、ひとごとのように、イーアは思った。
イーアは自然魔法はあまり得意じゃない。
「まずは、水魔法です。<湧水>の呪文を唱えて、コップに水をためてください。外でノドが渇いた時に便利な呪文ですよね」
試験官の先生はそう言ってほほえんだ。
たしかに、便利な魔法だった。
水筒が空になった時、イーアはよくユウリに<湧水>で水を出してもらった。
部屋のあちこちで、呪文を唱える声があがった。
イーアも<湧水>の呪文を唱えた。
イーアが手にもつコップの内側に、水滴が何粒かついた。
流れ落ちる水滴を見ながらイーアは思った。
(失敗じゃないけど……。こんなちょっとじゃ、ますますノドが渇いちゃうよ……)
試験官の先生が言った。
「ハイ、終了です。呪文の詠唱はやめてください。まわっていくのでコップを見せてください」
試験官の先生は机の間を順番に歩いてきて、イーアのコップを見て、無表情に名簿に何かを書き付けていた。
(あ~あ。ユウリなんて、きっと水でコップいっぱいにしてるんだろうなぁ)
ユウリは前の方の席だから、コップは見えないけど、まちがいない。ユウリは本気を出せば水遊びできるくらいの量の水を出せるのだから。
教室の前に戻った試験官の先生は言った。
「では、次は炎です。マッチなんてかくしもっている人はいないでしょうね?」
先生が冗談を言って、何人かの受験生が笑った。
「では、ろうそくを配ります。合図をしたら、<着火>の呪文を唱えてください」
受験生たちはろうそくを持ち、<着火>の魔法を唱えた。
(これを失敗したら、もう終わりだよ)
イーアは片手でろうそくを持ち、もう一方の手をろうそくの前に置いて、祈るような気持ちで呪文を唱えた。
ろうそくに、火がついた。
「やった!」
でも、<着火>の魔法は、室内のほぼ全員の生徒が成功していた。
試験官の先生はチェックを終えると、全員にろうそくの火を消すように言った。
「では、最後に風を起こしてもらいます。今度は一人ずつ試験を行います。呼ばれたら前に出て<起風>を唱えてください。できるだけ大きな風を起こしてください」
<起風>はちょっとしたそよ風を起こす魔法だ。
<湧水>や<着火>と違って日常生活でもあまり使い道はない。
夏の暑い日に使いたくなる時があるくらいだ。
でも、<起風>をちょっと変化させると、風呂上りに髪の毛を乾かすのに使える魔法<起温風>になる。
大教室の前の教卓の上に、試験官の先生は風速計を置いた。
「では、受験番号1番の方。前に出てください。そこの線が引いてあるところに立って、呪文を詠唱してください。足が線から出なければ手は前に出しても構いません」
受験番号1番の少年が前に出て、教卓から数メートル離れたところで<起風>の呪文を唱えた。
風速計がくるくると高速で回った。
「よくできました。では、次、2番の方」
ユウリの番だ。
ユウリは前に出ると、少しとまどったように試験官の先生に言った。
「あの、全力で風を起こしていいんですか?」
「いいですよ。もちろん。全力を出してください」
イーアは息をのんだ。
ユウリは風速計の前に手をかざした。
「<起風>」
その直後、部屋の中に突風がまき起こった。
そして、激しい衝突音がした。
風速計が前の黒板に激突し、バラバラになって床に落ちていった。
試験官の先生は驚きで口をあけたままだ。
「すみません……」
こうなることがわかっていたユウリは、謝った。
イーアもこうなると思っていた。
ユウリは小さい頃、習ったばかりの<起風>で、近所のいじめっ子を数メートル吹き飛ばしちゃったことがある。<起風>は子どもが使っても安心安全な生活魔法のはずなのに、ユウリが全力を出すとまるで攻撃魔法のようになってしまうのだ。
すっかり壊れてしまった風速計を見ながら、試験官の先生は言った。
「す、すばらしいです……。次の方は、ちょっと待っててくださいね」
試験官の先生は、教室の隅に用意されていた新しい風速計をもってきた。
そして、何事もなかったように試験が再開された。
ずーっと待って、やがて49番目のイーアの出番がやってきた。
イーアの結果は……。風速計がゆっくり動く、そよそよのそよ風だった。