31 移動魔法の授業
移動魔法の教室はとても大きな教室だ。机と机の間隔が他の教室より広い。
移動魔法のマジーラ先生は、筋肉ムキムキ、元気で熱血な感じのかっこいい女の先生だ。
マジーラ先生は、大きな教室中に響き渡る大声で言った。
「お前達。前回の課題、浮遊魔法<浮>はマスターしたな? ほうきなんてなくても浮かべるようになったな?」
「はい!」とクラス中が返事をした。実はまだ浮くことができない子もふくめて。
イーアも実はまだ全然浮かぶことができない。
マジーラ先生はいつもの大声で言った。
「今日の授業は、自分じゃなくて他の物体を動かす移動魔法だ!」
「はい!」
みんな、腹から声を出して返事をした。
そこで、隣の席のオッペンが小声でイーアにささやいた。
「移動魔法って力いらねーんだよな? 前から思ってたんだけどさ。なんで、マジーラ先生って、ムキムキなんだ?」
とたんに、マジーラ先生の怒鳴り声がとんできた。
「そこ! ちゃんと話を聞け! 移動魔法は失敗すると命にかかわる! 気を抜くな!」
「はい!」
オッペンは反射的に元気よく返事をした。
オッペンはいつも返事だけは元気がいい。
「返事はよろしい。では、説明の続きだ。移動魔法には大きく分けてふたつある。一つは自分が動く。もう一つは、他の物体を動かす。どっちも仕組みは同じだ。魔力で力を操作する! わかったか!」
教室のみんなは元気よく返事をした。
「はい!」
こんな感じでマジーラ先生の授業は他の授業と雰囲気が違って体育会系なので、ユウリやケイニスは居心地が悪そうにしている。
マジーラ先生は言った。
「移動魔法は習うより慣れろ! 練習あるのみだ! 机の上に四角い箱があるな?」
「はい!」
マジーラ先生は教卓の向こうに立った。教卓の上には小さな箱が置いてある。
教卓だけじゃなくて、今日は全員、机の上に紙でできた軽い小箱を置いている。
マジーラ先生は言った。
「今日はこの箱を動かす。まずはこの箱に浮遊魔法をかける。補助魔動具が必要なら、今日は杖をつかっていい。前呪文はいつもと同じだ。<我万有の引力を支配せん>。そして、その後で、<浮け>」
マジーラ先生の「オ・ルル」という声にあわせ、教卓の上の小箱が空中に浮遊した。
「魔力により物体を浮かせコントロールする魔法だ。重力とつりあわせろ。さぁ、やってみろ!」
「はい!」
みんなは元気よく答えて、机の上の小箱にむかって浮遊魔法を唱えた。
イーアも呪文を唱えた。
「<我万有の引力を支配せん>……オ・ルル!」
小箱はちょっとだけ浮かんだ……でも、すぐに机の上に落ちてしまった。杖も使っているのに。しかも、この杖はユウリから借りたもので、ユウリが師匠に買ってもらった高級な杖だ。
イーアの隣では、オッペンが杖を手に呪文を唱えていた。でも、やっぱり失敗だった。
オッペンは頭をかいて情けない顔をした。
「クッソー。これ、むずかしいな」
「うん。動かないよ……」
呪文は簡単だけど、成功させるのは難しい。
でも、イーアの隣でユウリは杖もなしに小箱を空中に静止させていた。
「なんでユウリはできるの?」
イーアがたずねると、ユウリは当然のことのように言った。
「予習してるからだよ」
小箱を浮かせる練習の次は、今度は浮かせた小箱を前後左右に移動させる練習だった。
呪文は簡単。オ・ルルで浮かせた後に、<押>、<引>、<右>、<左>のどれかを言えばいいだけだ。
でも、なかなか箱は動かない。
動いたとしても、コントロールするのが難しい。
「オ・ルル……ガッ」
イーアは何十回やっても動かなかった。そもそも、オ・ルルで浮かべるのも大変で、小箱は毎回浮かぶわけじゃない。
イーアはあきらめて、今度は小箱を向こう側に動かすことにした。
「オ・ルル……ゴッ」
やっぱり箱は動かない。
「むりだよ~。どうやるんだろ」
イーアがつぶやきながらため息をついていると、マジーラ先生が「ひたすら練習! 何百回、何千回と練習しろ!」と言いながら横を歩いて行った。
オルルゴッの練習を始めて何十回目か。イーアの小箱は、ついにふよふよと動き出し、前にいたキャシーの背中にぶつかった。
「できた! でも、ごめん、キャシー」
小箱はまったく勢いがなかったので、キャシーはイーアが謝った声で、はじめて小箱がぶつかったことに気が付いて、足もとに落ちてた小箱を見つけてイーアに渡してくれた。
その後は、<右>、<左>の練習だった。
その頃にはイーアはもう練習にあきていた。
オッペンなんて、とっくにあきらめて、頭の上や鼻の上に箱をのせて遊んでいる。
だから、イーアはユウリが器用に小箱を空中に浮かせて自由自在に操作するのを眺めてすごすことにした。
ユウリは今、ケイニスが浮かべた小箱をつついて、空中で小箱の鬼ごっこを始めていた。
ちなみに、ユウリの箱には、授業開始前にイーアが似顔絵を描いておいたから、見ればすぐにわかる。
(やっぱり、ユウリはすごいよね)
たまにマジーラ先生が「集中しろ! 練習あるのみ!」と言いながら歩いてくるから、イーアはその時だけ練習しているふりをして、授業時間の終わりまですごした。
そんなこんなで、その日の授業はすべて終わった。
夕方、イーアはユウリといっしょに食堂で夕食を食べていた。
昼休みと違って、夕食はみんなバラバラな時間に取るので、食堂も少しすいている。
イーアが食べ終わった頃。
マーカスがやってきた。
「あ、マーカスだ」
イーアがマーカスに昼休みのことで文句を言ってやろうと思いながらつぶやくと、それを察してユウリがさとすように言った。
「イーア、無視しよう。関わってもいいことはないよ」
だけど、マーカスの方から、こっちへとやってきた。
マーカスはイーア達のテーブルの傍に立って言った。
「おい。イーア、エルツ。ドルボッジ場でダモン先輩達が待っているぞ」
「だもん先輩?」
イーアが聞き返すと、マーカスは言った。
「君たちが昼休み、むぼうにもケンカを売っていた先輩たちさ」
ユウリはイーアにもう一度言った。
「無視しよう」
でも、マーカスはニタニタと笑いながら言った。
「俺はそれでもいいけどな。早くいかないと、先に行ったオッペンがボコボコにされるぞ?」




