30 昼休みの因縁
ある日の昼休み。イーアはユウリと一緒に食堂にいた。
もう昼ご飯は食べ終わったけど、まだ次の授業まで時間がある。だから、イーアとユウリはのんびり「もうすぐ、学園祭があるよ」という話をしていた。
少し離れたテーブルに、マーカスがいた。
マーカスはあの召喚術の授業以来、イーアと口をきこうとしない。
あの後イーアは謝ろうと思っていたのだけど、マーカスはイーアに気が付くとすぐに歩き去ってしまうから、話をするチャンスすらなかった。
あれから、もうだいぶ時間がたったけど、マーカスはいまだに怒っているようだ。「いやみを言われなくなってよかったんじゃない?」とユウリは言うけど。
マーカスは最近、同級生より上級生といっしょにいることが多かった。
今もマーカスは3人の上級生と一緒にいて、イーア達の方をちらちらと見ている。
上級生の男子生徒3人は、3人とも顔までいかついくらいに筋肉質で、とにかく体格がよかった。そのせいか声も大きかった。
だから、耳がいいイーアには彼らの会話がはっきりと聞こえた。
「あれがホーヘンハインにスカウトされたやつか?」
「ずいぶんきれいな顔してんだな。でも、女々しそうなんだな」
「やっぱホーヘンハインの悪い癖って本当なのか?」
ユウリについてしゃべっているみたいだ。
上級生たちの横で、マーカスはあえてイーアとユウリの方を見ながら、嘲笑うような表情を浮かべて言った。
「きっと、そうですよ。あいつは顔で取り入ったんです。エルツは顔がいいだけの汚いやつなんです」
なんだかよくわからないけど、イーアはムカッとして、立ち上がるとマーカスの方にずんずんと歩いて行った。
イーアは自分は悪口を言われても気にならないけど、ユウリが悪口を言われるとガマンがならなかった。
イーアはマーカスと上級生たちを睨みつけて言った。
「こっそりこそこそ悪口言わないで!」
マーカスが何かを言う前に、そこへ、ちょうど牛乳をラッパ飲みしながら通りかかったオッペンが加わった。
「ケンカか? イーア。よっしゃ! おれが加勢するぜ! ぶちのめしてやる!」
とたんに、上級生のマッチョな3人組が立ちあがり、イーアとオッペンを見下ろして、口々に言った。
「なんだと? このチビ」
「生意気なんだな」
「やる気か? 身の程ってやつを思い知らせてやるぜ」
上級生たちは立ち上がると、とても大きかった。
筋肉で腕や胸板が分厚いだけじゃなくて、背も高い。
1年生の中でも身長が低めなイーアや一番小さいオッペンは見上げないと相手の顔が見えない。上級生たちはまるで体の大きさが倍くらいあるように感じた。
でも、イーアはひるまなかった。
イーアが言い返そうとしたところで、あわててユウリがとめにやってきた。
「イーア。ケンカはやめなよ」
唸り声をあげそうなイーアを、ユウリは後ろに引っ張っていった。
オッペンのことは、たまたま近くの席にいたキャシーとアイシャが後ろに引きずっていった。「おい、なんだよ。離せよ」とオッペンは文句を言っていたけど。
ちょうどその時、昼休み終了5分前のチャイムがなった。
生徒達はみんなぞろぞろと食堂を出て行きはじめた。
やたらとマッチョな上級生たちも、「時間だ。行くぞ」「おまえら、命拾いしたんだな」「さぁて、授業だ」と言って、のしのし歩いて食堂を出ていった。
マーカスはニタニタと嫌な感じで笑いながら、上級生たちの後に続いて去っていった。
マーカス達を見送って、オッペンは言った。
「へっ。あいつらビビッて逃げてったぜ」
そんなオッペンを見て、キャシーはあきれたように言った。
「オッペン。あんたはチビで魔法もへたなくせに、どっから出てくるのよ。その自信」
オッペンは自信満々に言った。
「男は気合なんだよ。そういや、次の時間なんだっけ?」
キャシーは言った。
「次は移動魔法でしょ。あたし、道具を取りにロッカーに行かなきゃ」
「あ、わたしも」
イーアもロッカーに行く必要があった。ユウリとオッペンは直接次の教室に向かい、イーアはキャシー達とロッカーに向かった。
ロッカーへ歩いて行く途中で、イーアはキャシー達に聞いた。
「ホーヘンハインの悪い癖ってなに?」
さっきの上級生たちがバカにするように言っていたことが気になったのだ。
すると、アイシャがなんだかうれしそうに笑った。
「ウフフゥー。ホーヘンハインはねぇ、男同士の恋が盛んなのぉ。ウフフフ」
キャシーは肩をすくめて言った。
「実際はどうかわからないけど。ホーヘンハインって女人禁制なの。女性が入門できなくて、しかも隔絶された空の孤城。だから、ホーヘンハインには噂が……というか、ホーヘンハインを舞台にした、そういう乙女の創作が盛んなの。で、アイシャはそういう美少年同士の恋愛の創作物が大大大好きで、いっぱいコレクションしてるの。アイシャの家には、そういう本をしまっておく専用の部屋まであるのよ?」
キャシーはあきれている様子だけど、アイシャは訂正した。
「美少年だけじゃないよぉ。ホーヘンハインものは名作がいっぱいなのぉー。ウフフゥー」
アイシャは楽しそうだ。
イーアは楽しくない。
ユウリがバカにされていたことをはっきり理解できたから。
「あいつは顔で取り入ったんです」というマーカスの声がもう一度聞こえてきたような気がした。




