29 コプタンと猛獣
夜。自分の部屋に帰って、イーアは召喚術の授業のことをティトに語った。
『……ってことが、あったんだよ。ティト。マーカスがすごい怒ってて怖かったよー。わたし、召喚術は得意だけど、召喚するといつも事件ににゃっちゃうんだよ。魔力がたりにゃいから言うこと聞いてくれにゃいのかにゃ? でも、ガリは、召喚は力じゃにゃくて友情だって言ってたもんね。どうすれば、言うこと聞いてくれるんだろ』
たまに耳だけ動かしながら、ベッドわきに伏せって話を聞いていたティトは、眠そうに目をしょぼしょぼさせながらイーアにたずねた。
『だれを呼んだって?』
『コプタン』
『コプタン? 知らないな』
イーアは『友契の書』を取りだした。
召喚可能な数は69に増えている。コプタンが加わってくれたようだ。
ペラペラとページをめくっていくと、コプタンのページが出てきた。
『ほら、この、子豚みたいにゃ見た目の小人さん。鼻がいいから、探し物が得意だって。今日は勝手に遊びまわっちゃって大変だったけど』
イーアがそう言うと、ティトは大きな口であくびをしながら言った。ティトがあくびをすると、口の中に鋭い牙がたくさん並んでいるのがみえる。
『イーアはなめられてんだろ。ここに呼んでみろよ』
『ティトも会ってみたいの? じゃ、呼ぶよ。コプタン、出てきて』
『友契の書』があると、召喚は精霊語で呼びかけるだけだから、とても簡単だ。
ポンポンと親指サイズの子豚の小人がイーアの前に現れた。
今回は出てくるコプタンは3人でとまった。
『わーい。また会ったね。あそぼー』
『また変なとこに出ちゃった』
『あそぼあそぼー』
コプタン達がそう言って、その場で小さく走り回りだしたところで、ティトが突然大きな声で唸った。
『コラ! おまえら!』
コプタン達は慌てふためき、叫んだ。
『ギャー! 怖い巨獣がいるー!』
『キャー! 怖いよぉー!』
『殺されるー! 食べられるー!』
コプタン達はパニックになって、叫びながら部屋中を駆け回った。
イーアはあわててティトに言った。
『ティト、コプタンたちを怖がらせちゃだめだよ』
だけど、ティトは立ち上がって身ぶるいすると、駆け巡るコプタン達を睨みつけて、重々しい調子で吼えるように言った。
『ちゃんとイーアの言うことを聞け。でないと、おれがくっちまうぞ』
コプタン達はふるえあがって、口々に言った。
『ギャー! 言うこと聞きます。聞きます』
『キャー! 噛まれるー! あのでっかい牙で串刺しにされるー!』
『まずいですー。こう見えて、ポクのお肉はまずいんですー』
イーアは怯えてふるえているコプタン達に言った。
『だいじょうぶだよ、みんな。ティトは怖くにゃいよ。怖そうにゃのは見た目だけだよ』
でも、コプタンをなだめる効果はなかった。
コプタンから見たらティトは怖いに決まっている。
ティトの牙はコプタンの身長より長いし、ティトはコプタンなんて何十匹でもペロリと一口で飲みこんじゃいそうな顔をしている。イーアの頭がすっぽり口の中に入るほど、ティトの口は大きいのだ。
ティトは百獣の王みたいな威厳のある唸り声をあげて言った。
『他のやつらにもよく言い聞かせとけ!』
コプタン達は震えあがって口々に言った。
『言っときます~。怖いよー怖いよー』
『今日はもう帰りたいー』
『ちょっと用事を思い出しちゃった』
コプタン達をこれ以上引き留めることはできなさそうだ。
『ごめんね。みんにゃ。バイバイ』
イーアがそう言うと、コプタン達は大急ぎでパッパッと消えていった。
コプタン達がいなくなると、イーアはティトに言った。
『ティト。コプタン達を怖がらせちゃだめでしょ』
ティトは大きなあくびをしながら言った。
『これで、あいつらもイーアの言うことを聞くようになるだろ』
それを聞いて、イーアはティトの真意を理解した。
『わたしのためにコプタンたちを怖がらせたの? ありがとう。でも、こういうのは、たぶん、よくにゃいよ。召喚は友情と信頼にゃんだから』
脅して従わせるのは違う気がする。
『相手によるだろ』
ティトはそう言ってもう一回あくびをすると、手の上にあごを置いて眠りはじめた。
(これでいいのかなぁー)
これでコプタンは言うことをきいてくれるかもしれない。
だけど、やっぱり危険な召喚獣を暴走させちゃったら大変なことになる。
心配だったので、イーアはさっそくガリに手紙を書いて質問してみた。
魔切手をはって手紙を送って、1時間くらい後。郵便箱のベルが鳴ってガリの返事が届いた。
ガリのメモ用紙にはこう書いてあった。
「暴走はおまえの<呼ぶ力>が強すぎるせいだ。手加減することをおぼえろ」
そこまで読んで、イーアは気が付いた。今までイーアはいつでも全力で召喚獣を呼んでいた。
ガリの手紙はまだ続いていた。
「暴走の原因は、おそらく、呼び声を聞いた精霊が自らの霊力を使って転移しているせいだ。お前が<呼ぶ力>をコントロールできないなら、呪文か魔道具にこれを防ぐための工夫が必要だが、いずれにせよ『友契の書』を使えばこのタイプの暴走は起こらない」
それを読んでイーアは安心した。『友契の書』を使えば、全力で呼んでも暴走しないらしい。
イーアは『友契の書』をさすりながら、つぶやいた。
『にゃら、安心して召喚できるね。ありがとー。友契の書』
『どういたしまして』
(え? 今、声がした……?)
精霊語の声が聞こえた気がする。
イーアはベッドの方にいるティトに振り返ってたずねた。
『ティト、にゃにか言った?』
ティトは目をつぶってふせったまま眠そうな声で言った。
『いんにゃ』
イーアはびっくりしながら『友契の書』を持ち上げて見つめた。
『やっぱり友契の書!? 友契の書がしゃべった!?』
『はい。しゃべりますが?』
『友契の書』の落ち着いた声が返ってきた。
いまさらながらイーアは知った。
『友契の書』は、しゃべる本だった。




