23 入門後の話
数日後。
イーアはグランドールの寮の自分の部屋でティトといっしょに『友契の書』をのぞきこんでいた。
あの日、ウェルグァンダルに正式に入門した後、イーアはウェルグァンダルの塔主の部屋で、ガリからいくつか説明を聞いた。
ガリはまず『友契の書』について語った。
『友契の書は、ウェルグァンダルの召喚士に渡されるものだ。召喚ゲートを開くための呪文を唱えずとも召喚を行うことができる。さらに、呼ぶことのできる召喚獣は自動的に登録されていく。ただし、友契の書の召喚契約は、魔導士がよく使う魔術による強制力をともなう契約とは違う。召喚される精霊の側がいつでも破棄可能な契約だ。つまり、精霊に見限られれば、召喚契約は消える。信頼がなければ、召喚獣は呼んでも出てこない』
ガリは精霊語をしゃべっていた。難しい言葉づかいで。
ガリは人の言葉をしゃべる時は、ありえないほど無口だけど、精霊語だと一応ちゃんとしゃべる。
ただし、ガリの精霊語はドラゴン風なのと、言葉づかいが難しすぎるせいで、聞き取るのが大変だ。
『えーっと、つまり、呪文がにゃくても召喚できて、契約書がにゃくても召喚ができる?』
イーアは確認のために質問をした。精霊語で。
人の言葉で聞いたら、ガリは答えそうにないから。
ガリは無表情にうなずいた。
『そうだ。召喚獣の名前を呼びかけるだけで召喚できる。そして、召喚契約書を使った契約は不要だ』
ウェルグァンダルの召喚術は学校で習う召喚とは全然違った。
学校で習う召喚術では、まずは召喚獣ごとに<召喚契約書>を入手して契約の儀式をしないといけない。
だけど、『友契の書』があれば、精霊と仲良くなるだけで召喚が可能らしい。
それから、ガリは言った。
『友契の書はグランドールの教師をふくめ、他門の者には一瞬たりとも渡してはならない。書の中を見せることも禁止だ。友契の書に使われている技術と召喚獣の情報の一部は門外不出だからだ』
イーアは片言の精霊語で返事をした。
『えー? でも、にゃ、授業、どーすりゃいい?』
ガリは言った。
『見せるな。それだけだ。友契の書は懐にでもしまっておき、授業には別の召喚具を使え。友契の書は対角を押せば小さくなる』
『え? 小さくにゃるの?』
イーアはためしにさっそく『友契の書』の角と角を押した。
すると、分厚い大きな本はすーっと小さくなった。
『すごっ! ちっさくにゃった!』
これならポケットに簡単に入る。逆に、角をつまんでひっぱると、『友契の書』は元の大きさにまで大きくなった。
イーアがよろこんで『友契の書』を大きくしたり小さくしたりしていると。
ガリはイーアをじーっとにらみ、言った。
『それはそうと、宿題だ。おまえは精霊語を上達させろ。一体なんだ? その頭の悪そうな、たどたどしい、ニャーニャーした精霊語は?』
『にゃって、精霊語はにゃらってにゃいもん』
学校では精霊語の会話なんて習わない。
イーアはガネンの森で育ったから精霊語をしゃべれるのだ。
ずっと帝国で暮らしてきたせいで精霊語は片言になっているけど、これでもたぶんリグナムよりは上手なはずだ。……だからリグナムは<見習い>のままなのかもしれないけど。
ガリは厳しい口調で言った。
『ウェルグァンダルの召喚士になった以上、習っていないという言い訳はきかない。精霊語は召喚術の基本だ。意思疎通できない者の言うことを精霊が聞くはずないだろう? 召喚の素質がないと嘆いている愚か者は、精霊語を話しもしないで召喚しようとしているのだ。大半の魔導士は誤解をしているが、本来の召喚契約は魔術の力でねじ伏せる強制契約であってはならない。信頼と友好の証であるべきだ。それゆえ、精霊と会話する能力は召喚士にとっての最低条件なのだ』
たしかにガリは精霊語で流ちょうに話している。きっと、ガリみたいにすごい召喚士になるには、必要なんだろう。
そう思って、イーアは元気よく返事をした。
『わかりますにゃ! れんすーしにゃす!』
ガリは何か言いたそうに数秒沈黙した後、言った。
『毎日ラシュトの小僧と会話をして上達させろ。下品な獣なまりはどうかと思うが、話せないよりはましだ』
そこで、それまで室内で静かにたたずんでいたティトが口をはさんだ。
『おれの精霊語が下品だと? 聞き捨てならん。鼻持ちならないトカゲなまりなんかより、ずっと上等だね』
ガリは舌打ちをした。
『やはり、耳障りだ。その獣なまりは。下品で仕方がない。だいたい、この娘の珍妙なニャニャニャ訛りはお前ゆずりだろう。大方、子猫の頃のお前がニャーニャー言ってるのを聞いておぼえてしまったのだろう?』
『子猫だとぉ? バカにするな。おれは今、ニャーニャー言ってないだろ。ちゃんと聞けよ。このトカゲかぶれめ。だいたい、おまえなんてドラゴンぶってえらそうにしゃべってるけど、そもそも霊的低次元生物、人間だろ?』
ガリとティトはなんか早口で言い争っている。
でも、イーアはふたりが口けんかできるほど精霊語が上手なことを、うらやましく思った。
ふたりはケンカしてるみたいだけど、イーアの目にはなんかちょっと楽しそうにみえるのだ。
やっぱり精霊語は上達させた方が霊獣や妖精ともっと仲良くなれそうだ。
それはそうと。イーアはティトとガリの口ゲンカに割って入ってたずねた。
『待って。グランドールでティト呼んにゃら、まずいにゃい?』
ラシュトはガネンの民以外の人間と仲良くしないから、ラシュトといっしょにいればイーアがガネンの民だとバレる。だから、ティトを見られるわけにはいかない。
ガリもそのことは知っている。
ガリには弟子入り前に、イーアがガネンの民の生き残りだということ、ガネンの森で起こった虐殺のこと、それからラシュトのことを伝えて、全部秘密にするようにお願いしていた。
そこまでガリを信用することにティトは初めは反対した。
だけど、イーアは「裏切らないって約束してくれたんだから、だいじょうぶだよ。どうせガリは、わたしなんて一瞬で殺せちゃうもん。信用するならとことん信用しようよ」と主張した。
結局、ティトも、イーアの弱点である『魂の名』を教える前に、ガネンの民の話をしてガリの反応を見た方がいいと考えた。だから全部正直に教えることにした。
ガリの反応を見ながらティトが少しずつ話をしたけど、実際は、何を話してもガリの反応はほぼなかった。
ガネンの民のことを聞き終えた後、ガリは無表情に淡々とこんなことを言った。
『ガネンの森という場所は知らないが、最初に見た時から、お前はどこぞの精霊の森出身だろうと思っていた。霊獣臭さがプンプン漂っているからな。安心しろ。どこの魔導士軍団が脅しをかけようが、竜の誓は絶対だ。俺は裏切らない。秘密は守ろう』
後でティトはこう言っていた。『あいつはむかつくけど、たぶん、嘘はついていない。トカゲ臭さが鼻につくから俺はあいつ嫌いだけど、たぶん、信用はできる』と。
さて、入門後の会話に戻ろう。グランドールでティトを呼んだらまずいんじゃない? というイーアの疑問に、ガリはこう答えた。
『問題ない。寮は個室だろう? 召喚練習のために特別許可を取って寮の個室をあてがわさせた。おまえが寮に入る前に部屋の内部は俺が確認し必要な加工をしてある。召喚の情報は外にはもれない』
それを聞いて、イーアはなんで寮が一人部屋なのかをはじめて理解した。
イーアに何も言わずに、ガリが勝手に申請していたのだ。
(そうならそう教えてよ!)と、イーアは思ったけど。召喚情報がもれないなら、部屋の中でティトを呼んでもバレないってことだ。
『にゃ、毎日ティトに会える!』
というわけで、イーアはグランドール魔術学校に戻ってきてから毎日、夜は寮でティトといっしょにすごしている。
そして、今日はふたりでイーアの『友契の書』にのっている召喚可能な妖精や霊獣たちの絵と説明をいっしょに見ていた。
ガネンの森の仲間たちを思い出すために。




