エピローグ
アグラシア帝国は国王の死亡後、王太子が即位すると同時に王制の廃止を宣言した。
帝国は解体され、かつてのアグラシア帝国は複数の様々な国からなるアグラシア連合となった。
議会君主制のノルマート王国、ギアラド王国等、象徴として実権をもたない国王が置かれる国もあれば、ギルフレイ、エインスのように王のいない共和制の国もある。
多様な形の国家が生まれたが、アグラシア連合ではいずれの国でも、すべての人が平等な権利をもつと宣言するアグラシア憲法が守られ、選挙権は所有財産、人種、性別にかかわらずすべての人が有するようになった。
バララセ大陸はアグラシアから完全に独立をし、やはりいくつもの国が生まれた。中にはアグラシアと断交する国もあったが、バララセ諸国の多くはアグラシア連合と友好な関係を築き交流はさかんに行われている。
革命の立役者の一人として知られるダークエルフは、帝国の終焉後もその正体を公には明かさなかった。
だが、もちろん多くの人は、その後に続くイーア伝説とともに、ダークエルフの正体を知っている。
アグラシアが誇る英雄、もっとも偉大な召喚士イーアの物語は人々の間に語り継がれている。
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主要人物のその後。
ケイニスは魔導士として活躍した後、かつての帝都を中心とする国、エインス共和国の魔導省大臣、ついでアグラシア連合政府の重職を歴任した。バララセ人の血を引く者がアグラシアの国家で大臣になったのは中世以降のアグラシア史上初めてのことだった。
ローレインは慈善活動、特に治癒師として病に苦しむ人々を無料で診察する診療所を開設したことで知られる。彼女は人々に聖母として慕われた。
大商人アイシャ・ボンペールは、その商才とともに、巨万の富を注ぎこみ文化芸術の振興を支えたことで知られる。アグラシアの文化芸術を支えるパトロンとして称賛されたが、彼女は常々「好きなものにお金を使っているだけだよぉ」と謙虚に語っていたという。
キャシーは魔法薬学研究所に研究員としてつとめた後、エインス共和国の女性議員となって活躍した。
オッペンの名はアグラシアの公式な歴史には残っていないが、世界各地にオッペンに救われた人々が語る英雄伝説が残っている。
マーカスの名もアグラシアの公的な歴史記録にはないが、オッペン伝説とイーア伝説の中には、マーカスという名の魔導人形がでてくる話が数多くある。
最後のギルフレイ侯爵アラム・ラウヴィルは、侯爵家の財産すべてをバララセとアグラシアの人々のために使い果たした後、バルゴの故郷でありかつてアラムの祖母と父が住んでいた田舎町に移り住んだ。アラムは分けへだてなく人々を助けるために魔術を使い、多くの人から愛され、家族とともに幸せな生涯を送ったという。
アグラシア史上、最も優れた大魔導士のひとりと称えられるユウリ=エルツ・クローは、晩年には魔導士協会の会長もつとめた。公にはされていないものの、彼は<白光の魔導士団>の団長であったといわれる。
大召喚士イーアは、アグラシアの公的な記録にはウェルグァンダルの塔主を務めたことが残るのみだが、世界各地には語り切れないほどのイーア伝説が残っている。
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かつてナミンの家があった場所近くの草原に、ぽつんと石碑があった。それはかつてナミンともラムノスとも呼ばれた男の墓だった。
今日が命日であるナミンの墓にはすでに花が飾られていた。黒いローブ姿の背の高い美しい女性がその横にそっと花束を置いた。
墓石の傍には黄金色の獣がたたずんでいる。
空のようなローブを着た色白な青年が草原を歩いてきた。
「イーア、来てたんだ。連絡がないから心配したよ」
花束を置いたイーアは立ち上がり振り返った。
「ユウリ、ごめん。西の海の精霊がとても怒ってたから、間に合うかわからなくて」
「ウェルグァンダルの塔主も大変そうだね」
「うん、大変だよ」
イーアは口をとがらせて言った。
「ガリが「お前が一人前になったところで、俺の塔主としての仕事は終わりだ。あとはお前に任せた」って言って、突然いなくなっちゃうんだもん。ウェルグァンダルも、ガリにあきれてたよ。でも、ドラゴンはみんなガリに甘いから、ゆるしちゃうんだけどね」
「ウェルグァンダルの塔主も大変そうだけど、僕は、精霊相手の仕事がうらやましいな。人間は本当にドロドロ醜いから。<白光>の中なんて特に」
ユウリは深いため息をついた。権力闘争の渦中に置かれ続けたせいか、芸術作品のように美しい青年の眉間には、すでにしわが刻まれている。
イーアはあっけらかんと太陽のようないつもの笑顔で言った。
「召喚士はみんな個性的だけど、ドロドロはしてないもんね。でも、大人って色々大変だよね。あ、おなかすいちゃった。ごはん、食べに行こ。何食べる?」
「イーアは、子どもの頃からあまり変わってないけどね」
二人は笑いながら、手をつないで草原を歩いて行った。
おわり。
この長い物語を最後まで読んでいただき、ありがとうございました。




