4-45 ユウリの戦い
空の安全地帯に浮いたまま、ベグランは耳に手をあて、しゃべりだした。
「あー、はいはい。団長さん。聞こえてますよ。建物が崩壊しかけ? 不死者の王に接続できない? そりゃ、外でホスルッドさん達が、ド派手に超ド級自然魔法でやりあってますんで。もうすぐ山ごとなくなっちまうんじゃないですかい? 何やってるんだと言われましても。俺なんかにゃ、ホスルッドさんはとめようないですよ。……あー。そういや、預かってましたね。ググンエルの秘術の魔道具」
ベグランは魔道具を取り出した。それは目標として設定したものに非常に強力な魔法攻撃を絶対確実に当てる古代魔術の秘宝だった。
ベグランは、<白光>が多くの命を犠牲にして使用可能にした神話級の魔道具を、おもちゃを扱うように指の間でまわしながら言った。
「本当に、あの坊や相手にググンエルの秘術を使うんすか? これ、すんごく貴重なもんでしょ? それに、クロー本家の人間を殺したら、クロー派は俺に楽に死なせちゃくれないですからねぇ。俺だって永劫の拷問みたいな目にあうのは嫌……。いや、もちろん、団長閣下の命令とあれば俺は滞りなく実行しますが。はいはい、承知しましたよ。ご命令には従いますよ」
ベグランとウラジナルの会話は、ユウリの耳には入っていなかった。
その時、ユウリは白光の施設を見ていた。一度崩壊寸前まで行ったあの建物では今、中にいる魔導士達が全力で建物の保護と修復にあたっているだろう。
(早く、壊し尽くさないと)
古代魔術の装置を修復され、不死者の王は再び魔法無効の術を使い、イーアの息の根をとめようとするだろう。
イーアの置かれている戦況は、ユウリにはわからないが、やるべきことはウラジナルが不死者の王に接続できないようにする、それだけだった。
だが、ユウリの魔力は尽きかけていた。
それを知ってだろう、ホスルッドが言った。
「すばらしい手合わせだったよ。エルツ。そろそろ一度ホーヘンハインに戻って休憩しようか。いいお茶菓子が手に入ったんだ」
明るくのんきにティータイムのお誘い……といった風をホスルッドは装っているが、もちろん真意は別にある。
ホスルッドはここでユウリが何をやっているのか理解できないほど馬鹿じゃない。
山を一つ消し去りかけているこの魔法試合だって、全部わかった上でやっている。
現に今もその目は全く笑っていない。
単にホスルッドは、<白光>団長ウラジナルを激怒させようが、帝国が滅ぼうが、まったく気にしないだけだ。
目的は違うが、魔法試合に偽装しながらひそかにウラジナルと戦っている点は同じだった。
魔力が尽きた今、このままここにいればユウリはウラジナルに殺されるが、天空に浮かぶ城ホーヘンハインに逃げこんでしまえば、ウラジナルにもすぐにはどうしようもない。
ホスルッドは「ウラジナル派に捕まる前に逃げよう」と誘っているのだ。
ユウリはいらつきながら、白い建物を睨み、拒絶した。
「まだ終われない」
その時、空高くに、巨大な槍のような形の金属の塊が出現した。
その槍がおそらく城ですら一撃で葬り去るほどの強い魔力を秘めているのが一目でわかった。
ベグランが呪文を唱えている。
ついにウラジナルが、ベグランが動いた。ユウリを殺すために。
あの攻撃を食らえば間違いなく死ぬ。
そう悟った瞬間、ユウリはナミンが<星読みの塔>の占術士経由で送ってきた命の宝玉を手に取った。
(ナミン先生は、こうなることを知っていて……)
ユウリは風の軌道を作り、宝玉を投げた。
宝玉を持ったままあの魔法をくらっても、命の宝玉は作動しない。
あの攻撃を食らった直後に、死にかけている自分に宝玉をぶつけないといけないのだ。
だから、一瞬遅れて宝玉が自分にあたるように、ユウリは宝玉を運ぶ風の道を作った。
ホスルッドがベグランに向かって風の大蛇のような魔法攻撃を放った。
その風魔法の凝縮した魔力は、ユウリに対して放っていた魔法とは比べ物にならなかったが、ベグランは巨大な槍だけを残して一瞬で姿を消した。
空のまるで違うところに現れたベグランは呪文の詠唱を続け、終えた。
巨大な槍がユウリに向かって動き出した。
あれを避けることはできない。自分は死ぬ。あとは命の宝玉を乗せた風の軌道とタイミングがあうかどうか。
だが、巨大槍が迫ってきたその瞬間、ユウリは気が付いた。
(違う……!)
育ち切っていない線の細い少年に巨大なググンエルの槍が無慈悲に突き刺さった。
少なくともベグランはその目でユウリにググンエルの槍が刺さった瞬間をしっかりと見た。
だが、倒れたのはユウリではなかった。
たしかにその胸を槍につらぬかれたはずのユウリは、まだ空に浮かんでいた。
代わりに、ホスルッドがぼろきれのように地表に落ちていく。
ベグランは頭をかき、つぶやいた。
「あーらら。やっぱり身代わり魔法をかけてたか。さすがホスルッドさん。死んでもあの坊やは守るか。どっちにしろ、俺がクロー派に八つ裂きにされんのは変わらんが」
ユウリは知らなかったが、ホーヘンハインにはひそかに倉庫一つ分の身代わり人形が用意されていて、その全てがユウリの命を守るために使われていた。
だが、どんなに高価な身代わり人形でも、効果には限界がある。威力が強すぎる攻撃を受ければ、身代わり人形では間に合わず、死んでしまう。
しかし、人形の代わりに大きな魔力をもつ人間の命を使えば、その効果は跳ね上がる。
だからホスルッドは、ユウリが身代わり人形の上限を超えるダメージを受けたときには自分が身代わりになるよう術をかけていた。
「……ありゃ?」
ベグランは驚いたようにつぶやいた。
落ちていくホスルッドを追いかけるように命の宝玉が流れていく。命の宝玉は、ホスルッドにぶつかり光の破片となって消えた。
巨大な槍が自分に向かってくるあの瞬間、ユウリはとっさに命の宝玉の軌道を変えていた。
同封されていたナミンの手紙を思い出したのだ。
「後悔しないように。一度失われた命はもう戻らず、二度と死者とは話せない」
つまり、この宝玉はユウリが迷いなく助ける相手、自分やイーアに使うものではない。
使うべき相手は、たしかに憎んでいながら、ここで死なれてしまったら、きっと後悔する相手。
つまり、あのいまいましい父親だった。
風が衝撃をやわらげ、ホスルッドはゆっくりと大地に横たわった。
追いかけて地表におりながら、ユウリは怒りのままにホスルッドに向かってどなった。
「僕はあなたが大っ嫌いだ。父さん! だから、あなたが僕の代わりに死ぬことは、絶対に許さない!」
命の宝玉の効果はかろうじて命を保つ程度しかなく、話すことのできないホスルッドはただ笑みを浮かべた。
ユウリの戦いはまだ終わっていなかった。
ベグランを、ウラジナル配下の魔導士達を倒さなければ、ここで殺される。
だが、すでにユウリにはほとんど魔力が残っていない。
その時、倒壊しかけていた<光の休息所>が浮かび上がった。修復が終わってしまった。
そして、ほとんど同時に大勢の白装束の魔導士達が周囲に現れた。
<白光>の白いローブをまとい銀仮面をつけた魔導士達はホスルッドの横にもユウリの背後にも立っていた。
もうどうしようもない。ユウリがそう思った時。聞き覚えのあるひょうひょうとした声が聞こえた。
「いやいや、遅くなって申し訳ない。あやうくホスルッド君を死なせるところだったよ」
「バルトルさん?」
「君が必要になりそうなのでね。迎えに来たよ」
ホスルッドの傍に現れた白装束の魔導士は、すぐにホスルッドに治癒術をかけはじめた。
周囲に出現した<白光>の魔導士たちは味方のようだった。だが、クロー派の魔導士にしては人数が多い。
「あーらら、こらら。こりゃ、もうどうしようもない」とつぶやく声が聞こえ、ベグランの姿が消えた。
「道化師は捨て置け。どうせ日和見のあれはこちらに寝返る。<光の休息所>のウラジナル派を押さえろ」
指揮を執っているのはバルトルではなかった。たぶんレイゼ派トップの魔導師だ。
バルトルは淡々とユウリに言った。
「さっき幹部会議を開いてね。ウラジナル団長はお忙しくて欠席されていたが。我々は団長を罷免することに決めたよ」
クロー派とレイゼ派が組んで、ウラジナル派から<白光>の主導権を奪う。ウラジナル派をのぞく<白光>の幹部たちは、どうやらそういう決定を下したようだ。
「なぜ、突然……?」
バルトルは空をみながら天気の話でもするような調子で言った。
「どうやらこの戦、反乱軍が勝ちそうだ」
「反乱軍が勝ちそうだからって、手のひらを反して反乱軍と組むつもりですか?」
ユウリがとがめるように尋ねても、バルトルは表情ひとつ変えなかった。
「その通り。我々は新政府と協力関係を築かねばならない。そのために、革命勢力とパイプをもつ君に協力してほしいのだ」
ユウリは以前、<白光>内の噂話を聞いていた時に聞いた「保険」という言葉を思い出した。つまり、ユウリが見逃されていたのは、反乱勢力側が勝利した時の「保険」。
「革命が起きたら、ウラジナル団長を切り捨てて、頭をすげかえて、そうやって何事もなかったように<白光>は生き続ける……。そのために、僕に協力しろと?」
バルトルは力強くうなずいた。
「その通り。<白光>とはそのような組織だ。そして、そのために我々は君を守ってきたんだ。もちろんホスルッド君だけはいつも理屈ではない情で動いているが。我々は彼とは違う。君はまだ若いから我々のやり方が汚く見えるかもしれないが、これが最善だと理解はできるはずだ。君は一時の感情に流される愚か者ではないはずだからね」
バルトルは笑みを浮かべ、頭を使えというように指で自分の頭を叩いた。
ユウリは沈黙した。
はらわたが煮えくり返っている。
だけど、理解していた。イーアを守るためには、これが最善だと。
ユウリが<白光>を掌握すれば、<白光>はもう二度とイーアの敵にはならない。
イーアが作ろうとしている新しい国のためにも、アグラシアのトップ魔導師が集まる<白光>の協力は必要だろう。
怒りと苦みを飲みこみ、ユウリは決意した。
「わかりました。協力します」
バルトルはユウリの肩を叩き、転移水晶を手にしながら言った。
「君ならそう言ってくれると思っていたよ。君は感情を制御できる、稀有なクローだ。ウラジナルの後はひとまずレイゼ派が団長を出し、いずれはこちら、つまり君に団長の地位を譲ってもらう、ということで話がついている。そうスムーズにいくかはわからないがね。君には期待しているよ」
これまでとは違う戦いが始まったことを理解しながら、ユウリはうなずいた。




