4-42 本当の敵
不死者の王の大規模な攻撃はとまったものの、すでに不死者の王とその軍勢は帝国軍部隊に追いついていた。
不死者の兵に襲われ死んだ兵士がまた不死者の軍勢に加わり、生きている者に襲いかかる。すでに惨劇がいたる所で展開されはじめていた。
「早くとめないと」
イーアが呼ぶとすぐに巨大な怪鳥オーロガロンが崩壊しかけたヨルヴァ城の上空に出現し、イーア達の傍に降りてきた。
ここから召喚しても、個々の兵士達を助けるのは難しい。生者と死者の乱戦が繰り広げられる地表に降りなければ。
イーアは兵士達を助けるために、オーロガロンにつかまって平地へ降りようとした。だけど、ベレタが止めた。
「お待ちください。帝国軍はあなたを攻撃するでしょう。あなたが彼らをどう思おうと、あなたは彼らの敵です」
イーアはベレタに言った。
「今はそれどころじゃないよ。目の前で仲間が不死者の王にどんどん殺されているんだから。でも、ベレタはアラムを助けに行って。アラムも危ないかも」
「おう。イーアにはおれらがいるからな」
とオッペンは言ったけど、イーアは言った。
「オッペンとマーカスも避難して。悪いけど、二人がいない方が戦いやすいから」
「んなひでーこと言うなよ。おれは戦場でダチを置いて逃げるくらいなら、死んだ方がましだぜ。マーカスだって、もう死体みたいなもんだから、もう一回死んだって気にしねぇよ」
オッペンが勝手にそう言うと、マーカスはぶぜんとした声で言った。
「俺も逃げる気なんてなかったけどな。お前に死体扱いされる覚えはないぞ」
オッペンは何も聞かなかったかのようにマーカスに言った。
「ふっとんだパーツはおれが後で拾ってやるよ」
「その時までお前が生きてたらな。俺はお前の骨なんて絶対に拾わないぞ!」
オッペンとマーカスが言いあう声を無視して、ベレタが言った。
「たしかにアラム様の警護状況は心配ですが、私は残ります。このままあなた方を放っておいて、アラム様との約束を果たせるか、はなはだ疑問です」
その時、突然、低いがらがら声が聞こえた。
「いいや。行けよ、ベレタ。イーアの護衛は俺がやる」
城のがれきの向こうから、大剣を持った大男があらわれた。
「バルゴ?」
のぼってきたバルゴは、大剣を床に突き刺すようにおいて宣言した。
「ミリアの子は俺の子同然だ。敵がどんなバケモノだろうが、イーアは俺が絶対に守る」
・・・・・・
トートフはぼう然と後方の様子を見ていた。
兵士たちはすでに、恐怖にかられただ全力で逃げているだけだ。
だが、不死者の王がその王杓を叩きつけるたびに地面が大きく揺れ、歩くこともままならない状態だったため、いまだに撤退はほとんど進んでいなかった。
戦況は絶望的だった。退路は険しい。このままではいずれ大勢の兵士達があの死者の軍勢の一員となって、不死者の王とともに大地をさまようことになるだろう。
荒城の向こうに見えたオーロラ色のドラゴンはすでに幻だったかのように姿を消していた。
どぎつい色の巨大な怪鳥が空に舞い、その手につかまり、ダークエルフと数人の男達が地上に降り立った。
彼らはすぐに不死者の王と死せる兵士の軍勢相手に戦いはじめた。
「連隊長。いかがしますか? ダークエルフは最優先で抹殺しろと言われていますが。攻撃を指示しますか?」
「いや、待て」
「ダークエルフは我々全員の命に代えても抹殺すべき対象だと聞いていますが」
たしかにその通りだった。
自分達の命恋しさにダークエルフを見逃したとなれば、ここにいる全員、厳罰を受けるだろう。
それに、軍人として命をかけることを覚悟しているトートフは、ダークエルフを殺すために自分の命を捨てることに迷いはなかった。
だが、今ここでダークエルフとあの化け物の両方を相手に戦えば、兵士の大半が死ぬ。
愛国心から兵士になった者もいれば、食べるに困り兵士になった者もいるが、若い彼らは誰一人ここで死にたいとは思っていない。
あの若者達には彼らが帰ってくるのを待っている家族や恋人がいるのだ。
「ダークエルフではないかもしれない。あの人物は銀色の髪ではない」
トートフがしぼり出すようにそう言うと、すぐに副長が白々しく同調した。
「たしかに、あの少女の外見は噂のダークエルフとは異なります。ダークエルフではないでしょう」
あんな強力な精霊を使役する者が、ダークエルフの他にいるはずがないことは、ふたりとも承知の上だった。
ふたりとも現実的な判断ができる軍人だっただけだ。
今、この状況で兵士達に生き残る希望があるとすれば、それは、あのダークエルフだけだった。
その時、トートフの耳に思いもよらない者の声が聞こえた。
「トートフさん!」
「侯爵様!?」
振り返ったトートフは心底驚いた。
数人の部下を連れたアラムがトートフに近づいてきた。
若きギルフレイ侯爵の後ろでは、執事姿の従者が悪態をついている。
「あーあー。まったくおバカな坊ちゃんわ。わざわざ戻ってきちゃうんだから。やってられんわ。まったく」
普通の貴族であれば従者をただちに叱責して処罰、場合によっては手討ちにしてもおかしくないが、少年領主は召使いの悪口をまったく意に介さぬ様子だった。
トートフは我が子ほどの年齢の若きギルフレイ侯爵に頭を下げた。
「侯爵殿。申し訳ありませんでした。あなたの言葉を信じていれば、こんなことには。あの怪物はいったい……」
「あれは<白光>が古代魔術で作りだしたものです」
「<白光>? そんなばかな。我々は何も聞いていない。ありえない……」
帝国軍と協力関係にあるはずの<白光>は、危険な魔導兵器を使用する場合は事前に政府と軍に通知を出すはずだった。
当然、指揮官であるトートフに連絡がきていないとおかしい。
だが、同時に、あれだけのものを作り出せるのは、<白光>のほかにはいない、とトートフは知っていた。
それが、意味するのは、つまり……
「我々は捨て駒か……」
心当たりがないわけではなかった。トートフが指揮する連隊は、ほとんどが平民で占められている。大貴族の子弟はいない。
そのため、今までも実力や実績のわりに冷遇されてきた。貴族の子弟がいる部隊を助けるために、犠牲者が多くでる作戦を命じられたこともある。
ギルフレイ侯爵は幼さの残る声で言った。
「兵士を殺して不死者の王の兵士にするつもりかもしれません。不死の兵士は無敵ですから」
トートフは、命からがら逃げる大勢の兵士、その向こうに見える巨大な化け物を見た。
死せる兵士に殺されていく兵士達の姿。
そして、不死者の王の前に立つ、ひとりの少女。
(本当の敵は誰だ?)
トートフがそんな問いを戦場で考えたのは、初めてのことだった。




